ピート・ドクター氏

ピクサーCCOが語る“クリエイター”としての思い “社会的責任とやりたいこと”のバランスは「非常に難しい」新作『インサイド・ヘッド2』秘話も

2024.08.03 11:10
ピート・ドクター氏

頭の中の感情たちの世界を舞台に“カナシミは、必要なのか?”という深いメッセージで世界中に感動の渦を巻き起こし、「第88回米国アカデミー賞」長編アニメーション賞を受賞した「インサイド・ヘッド」(ディズニープラスで配信中)の続編であるディズニー&ピクサーの新作「インサイド・ヘッド2」が8月1日に公開された。日本に先駆けて6月14日から全米をはじめ世界各国でも公開されていて、ピクサー作品史上最高の世界興行収入を記録している。このほど前作の監督であり、本作では製作総指揮を務めているピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)のピート・ドクター氏にインタビューを実施。新しく加わった“感情のキャラクター”たちの誕生秘話や物づくりにおけるクリエイターとしての思いなどを語ってもらった。

同作では、前作で小学生だった明るく元気な女の子・ライリーが高校入学を控えたティーンエージャーに成長。これまでの「ヨロコビ」や「カナシミ」などに加え、「シンパイ」「ハズカシ」「イイナー」「ダリィ」といった大人の感情たちが新たに登場し、思春期ならではの悩みや葛藤が描かれる。

続編も「素晴らしい反響」

――早くもピクサー作品史上最高の世界興行収入を記録しています。周囲の反響はいかがですか?

心理学者の方々から、子どもたちだけではなく大人たちにとっても“心配”という感情を表現する1つの方法になる、というようなお話を伺ったり、とても素晴らしい反響を頂いております。

心配という感情は、切り捨てなければいけないような捉え方をすることが多いんです。でも、実は私たちの助けにもなる感情でもありますから。それを理解することが第一歩だと思うんです。そういう感情たちがあると自覚するきっかけになっているところがいいのかなと。感情というのはただ湧いてくるだけで、決して自分たちがこういふうに感じたいからといって生まれるものではない。そういうことを理解する手立てになっているのかなと感じています。

映画を見た方たちからも「心が温まりました」や「人生が変わりました」というお手紙をたくさんいただきました。

――「インサイド・ヘッド」では監督を務め、続編の今回は製作総指揮。「モンスターズ・インク」シリーズでも同じパターンでしたが、そのときとの違いは何かありますか?

経験としては似ていたと思います。ただ、今回の作品に関しては俳優組合のストライキがあったりしてスケジュールがかなりタイト。他にもいろいろな理由があって、当初計画していたよりも製作に関わることになりました。

アニメーターさんとのやりとりも多かったですし、役者さんの演出も一部ですけど担当したり。そこは「モンスターズ・インク」シリーズのときと違うところでした。でも、基本的には監督に力を渡して背中を押したいなと思っています。

――今回から新たに登場した“大人の感情”たちはすぐに決まったんですか?

この映画の推進力となっていて核にあるものは、自分はもしかしたら頼りないのではないか。失敗したのではないかという気持ち。

ライリーの頭の中にある「司令部」が爆発してしまって彼女と連絡が取れなくなるというバージョンをはじめ、結構ラジカルなストーリーを考えていたので、その気持ちをどういう感情で表現したらいいのか。罪悪感なのか恥なのか、キャラクター作りには時間が掛かりました。

自分には何かが不足している、足りていないんじゃないかという感情は最終的に「シンパイ」というキャラクターに。彼女はライリーのためを思っていろいろなことを準備しているんだけど、ついついやりすぎてしまう。「ハズカシ」や「イイナー」もそうですけど、結果的には恥ずかしいとかうらやましいといった社会と関係がある感情のキャラクターが残りました。

「それぞれのやり方でいろいろなことを学んでほしい」

――本作を手掛けたケルシー・マン監督の印象はいかがですか?

ケルシーは「モンスターズ・ユニバーシティ」(2013年)や「2分の1の魔法」(2020年)でストーリーのヘッドを務めていて、ダン・スキャンロン監督と密接に仕事をしている様子を見ていました。

アニメーション作りの中でストーリーを作る作業はすごくトリッキーなんですけど、ケルシーは難しいプロセスを非常にうまくこなしていて。それと、このシリーズにはユーモアを期待する人も多くて、その点においてもケルシーはユーモアを持っているからぴったりだなと。

ただ、より深い意味合いというものを作品に持たせることができるのかっていうことだけ未知数。だから、みんなが気に入れば作るかもしれないくらいの軽い感じで続編のアイデアがあったら出してくれと伝えたんです。その時にケルシーが“シンパイ(心配)”というアイデアを持ってきてくれて。自分は不適切なんじゃないか、足りていないんじゃないかという気持ちは僕も彼も子どもの頃に経験していたんです。お互いにいろいろ話をしていく中で、ここには何かあるかもしれないという感じで続編の製作がスタートしました。

――監督に製作の過程で何かアドバイスをされたんですか?

僕は監督の邪魔をしたくないし、それぞれのやり方でいろいろなことを学んでほしい。ウォルト・ディズニーと仕事をしていた監督の1人が言っていたけど、何かを学ぶときというのは学ぶ心の準備ができていなければ何も吸収できないと。だから、僕が何かを言っても相手に学ぶ準備ができていなかったら身にならない。そういう意味では、常にケルシーがどんな状態にあるのかを見ながら、ちょっと苦労しているみたいだからこれをやってみたらどうかって助け舟を出すような形。なるべく、彼の役に立つようなやり方で接していきたいと思っていました。

全ての監督がそうなんですけど、ディテールに凝ってハマっていってしまうと全体の構図を忘れがちになるんです。僕はエグゼクティブプロデューサーとして、監督たちに一歩下がってこのシークエンスは何についてのものなのか考え直すきっかけを作ってあげることが重要なのかなと。アニメーション作りに参加しているみんなをサポートしていきたいと考えています。

――映画を作ることに伴う責任と、アーティストとしてやりたいことのバランスについてはどうお考えですか?

自分が若い頃は、そこまで社会的責任を考えずに物づくりはできたと思います。真実に迫るものであればよかったという時代がありました。ストーリーテラーとしての第一の責務は自分たちが見る世界を表現すること。でも、今の観客は新しくてユニークなものを求めていると同時に慣れ親しんだものも求めている。

そのバランスを取るのが非常に難しいと感じています。そんな中で、それぞれ違った背景を持った人間たちがユニークなものを作っていけたらいいなと。たとえその背景を知らなくても、見ている人がそこに意味を見いだせるような作品を作れたらいいですね。

◆取材・文=小池貴之

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