熱海駅の“超絶すぎる発車標”が誕生した「奇跡的な理由」と、制作者が語った「思い」とは

2025.11.22 20:35
提供:All About

歴代の国鉄車両をはじめ、過去から現在までの車両をアイコン化した熱海駅のLED発車標。その精巧な描写や職人技は、SNSでもたびたび話題となっている。今回は、この発車標がどのように作られているのか、制作の裏側に迫る。

「超絶すぎる」と話題の熱海駅のLED発車標。SNS上ではその制作者にも関心が寄せられており、いくつもの呼び名が存在する。「熱海駅のLED職人」「スーパードッター」「時々現れる野生の達人」「ピクセル画の貴公子」などである。

その人の名前は、吉澤哲彦さん。熱海駅に勤務するJR東日本の社員だ。2007年に異業種から転職し、勤続18年目。熱海駅勤務になったのは2020年からで、現在は運輸業務に携わっている。主な業務は、回送電車の車内点検、熱海駅を発着する特急「踊り子」の切り離し・連結作業や誘導、電車遅延時の調整などだ。“ファミコン世代”で、かなりの鉄道好きである。

そんな、「熱海駅のスーパードッター」に話を聞いた。

「熱海駅のスーパードッター」とは

熱海駅公式キャラクター「あたゆ丸」アイコン制作画面
熱海駅公式キャラクター「あたゆ丸」アイコン制作画面


「発車標の制作は業務の一環として行っています。電車の到着が少ない時間帯を活用して、カシャカシャカシャッと集中してやっています。

列車アイコン1つを作るのにかかる時間は、今はだいぶ慣れたので20分くらい。パソコンのソフトを使って、ドット打ちしています。色が512色から選べるので、列車の写真を参考にしながら近い色を再現しています。

例えば赤でも、ピンクっぽい赤、白っぽい赤などさまざまなので、色選びにはこだわりを持っています。単色にせず、いろんな色を並べてキラキラさせるようにしていますね。マス目が限られているので、何度も調整をかけて完成させていきます」

実は、熱海駅の発車標にはかなり前から列車のアイコンが描かれていた。作っていたのは歴代の社員たちだ。「これをドバーッと並べたらイケてるのでは……」吉澤さんのそんな発想から生まれたのが、話題となった列車アイコンを並べた発車標だ。

ソフトの専門知識やドット絵の制作経験があったわけではなく、絵を描く趣味もない。熱海駅勤務になってから独学でスキルを身につけた。

列車アイコンを並べた発車標を最初に制作したのは、2024年秋のこと。手がけたのは、吉澤さんと、吉澤さんの後輩社員である佐藤晃さんの2人だ。佐藤さんは元運転士で、国鉄時代を含めたJRの車両にとても詳しい。列車アイコンが鉄道ファンの心をつかんだのは、窓の数まで正確に再現する彼の細部へのこだわりによるものも大きい。

2人で44のアイコンを制作したが、完成させるには、1つ20分の計算でも15時間ほどかかる。当然だが残業になった。

列車アイコンは、JR東日本や熱海駅に関連するキャンペーンやイベントの告知を目的に制作されている。結果として、かなりのPR効果も得られた。だが、思いつきを実現させるには、制作者の人並でないセンス、技術が必要だ。周囲の理解も不可欠である。そして、労を厭わない「思い」があったはずだ。

熱海駅の発車標は、これらが全てそろい、奇跡的に誕生したのだ。

懐かしい! 国鉄車両をアイコン化したLED発車標
懐かしい! 国鉄車両をアイコン化したLED発車標



発車標が3色から512色フルカラーに

熱中症予防を呼びかけた発車標。暑さで赤く染まっている熱海駅キャラ「あたゆ丸」をグラデーションで表現
熱中症予防を呼びかけた発車標。暑さで赤く染まっている熱海駅キャラ「あたゆ丸」をグラデーションで表現


吉澤さんが熱海駅勤務になったころは、熱海駅の発車標は3色LEDだった。JR東日本管内で512色LEDの発車標が導入されている駅は、実はそれほど多くない。

彼は、3色LEDのころから個性的な発車標を作っていた。例えば、東北PRのために制作した「なまはげ」のアイコンなどだ。それらは社内SNSで紹介され、鉄道好きな社員たちから反響があったそうだ。熱海駅の発車標が「かなり目立っていた」ことが、フルカラーLED導入の1つのきっかけになったのかもしれない。

さらに、熱海駅には特別な事情があった。JR東日本管内のほとんどの駅では、発車標の表示は社内システムで自動制御されている。だが、熱海駅はJR東日本とJR東海の境界駅であるため、そのシステムが導入されていない。全て駅でのマニュアル操作のため、自由に発車標を制作することができたのだ。

3色LED時代に制作した「なまはげ」アイコンはインパクト絶大
3色LED時代に制作した「なまはげ」アイコンはインパクト絶大



制作物に込められた思い

これまでに描いた黒板アート。「だんだん画力が上がってきました」とのこと
これまでに描いた黒板アート。「だんだん画力が上がってきました」とのこと


熱海駅では、LED発車標のほかに、改札脇などに置かれている黒板アートもぜひ見てほしい。この黒板アートは、吉澤さんと佐藤さん、「あたゆ丸」のデザインを手がけた熱海駅勤務の社員である川井遥さんの3人で描いている。臨時列車を迎えたり、熱海出身の力士・熱海富士関の星取表をつけたり、春には受験生への応援メッセージを掲げたりと、目的はさまざまだ。発車標と連動しキャンペーン告知をすることもある。

過去に描いたものは「容赦なく消す」とのことだが、思い入れのある作品を残すこともある。その1つが、2021年に熱海の伊豆山で発生した土石流災害の復興支援のために描いた作品だ。

3年前に描いたものだが、発生日である7月3日や、犠牲となった人々の月命日などに掲げている。黒板には伊豆山の海から昇る朝日と、天に上る踊り子号が窓越しの風景として描かれ、「New Dawn of Atami Izusan」の文字が添えられている。

当時、熱海駅では伊豆山の観光支援のためにチームを作り、PR動画を制作した。動画の編集作業も初めての試みだった。地元の駅として伊豆山の復興を応援したい、そんな気持ちが合わせて制作した黒板アートにも込められている。

伊豆山の海から昇る朝日、天に上る銀河鉄道となった「踊り子」を描いた黒板アートに思いが詰まっている
伊豆山の海から昇る朝日、天に上る銀河鉄道となった「踊り子」を描いた黒板アートに思いが詰まっている



鉄道4社のアイコンを描いた理由

伊豆エリアで運行する鉄道4社のアイコンが描かれた発車標
伊豆エリアで運行する鉄道4社のアイコンが描かれた発車標


現在見られるJR東日本のキャンペーン「TOHOKU Relax」をPRする発車標には、4社の列車アイコンが描かれている。左からJR東日本、JR東海、伊豆急行、伊豆箱根鉄道で、各社の車両が4つずつ並ぶ。

伊豆箱根鉄道は、熱海から2つ目の三島駅から修善寺駅までを結ぶ駿豆(すんず)線を運行している。これまでの発車標でJR東海、伊豆急行の車両アイコンは描かれていたが、熱海駅に乗り入れていない伊豆箱根鉄道の車両が登場するのは今回が初めてだ。

そこには、鉄道各社一丸となり、「オール伊豆」で伊豆エリアを盛り上げたいという思いがある。吉澤さんが発車標や黒板アートを制作するのは、熱海駅に勤務する鉄道会社社員として熱海を、伊豆を応援したい、その思いからなのだ。

「いずれ自分が異動しても、この発車標を熱海駅の伝統としてつなげていきたい。そのためにも、後輩たちとともに作品を描き続けていきたいと思っています」吉澤さんはそう語ってくれた。

毎日多くの人々が利用する熱海駅。訪れたときには少し足を止めて、思いの込もった「超絶すぎる」発車標と黒板アートを眺めてみてほしい。

毎日多くの旅行者や住民が利用する熱海駅は東京駅から新幹線で40分ほど
毎日多くの旅行者や住民が利用する熱海駅は東京駅から新幹線で40分ほど



取材・文:細谷朝子
フリーランス編集、ライター。雑誌、Web、広告等で記事編集、コンテンツ企画、取材、執筆などに携わる。全国の自治体や官公庁の観光サイトディレクションを約10年間担当。インバウンドサイトのディレクション経験も豊富。2021年より熱海在住。


執筆者:細谷 朝子

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