「1980年5月に何があった?」と聞かれたら韓国人は皆こう答える、「光州事件」…戦いの軌跡をたどる

2025.05.30 20:35
提供:All About

1980年の5月に何が起こったかを聞かれたら、韓国の人は皆「光州5.18民主化運動(光州事件)」について語るだろう。5.18民主化運動は、1980年5月18~27日までの10日間、全斗煥(チョン・ドゥファン)率いる新軍部の軍事的弾圧に抵抗した光州市民による抗争のことだ。今回は事件と関係のある史跡のうち、代表的なものをいくつか紹介する。

5.18民主化運動に関連する場所には、写真右側に写る円形の史跡碑が置かれている
5.18民主化運動に関連する場所には、写真右側に写る円形の史跡碑が置かれている


1980年の5月に何が起こったかを聞かれたら、韓国の人は皆「光州5.18民主化運動(光州事件)」について語るだろう。光州民主化運動は、1980年5月18~27日までの10日間、全斗煥(チョン・ドゥファン)率いる新軍部の弾圧に抵抗した光州市民による民主化抗争である。

戒厳軍はデモに参加した学生や市民だけでなく、無関係の多くの市民をも無差別に攻撃した。多くの死傷者を出したこの事件は、戒厳軍が光州を制圧したことで終結を迎えたが、韓国のその後の民主化運動に大きな影響を与えることとなった(この事件が光州で起こった経緯と抗争の詳細ついては後述する)。

韓国は1987年に民主化を実現したが、2024年12月、45年ぶりに戒厳令が発令されたことで韓国に激震が走った。その時多くの人が光州で起こった悲劇を思い出した。そして今、民主化に至る歴史を振り返るために、改めて光州を訪れる人が増えている。

光州広域市は抗争当時の建造物、跡地などを史跡として保存、公開している。史跡は2025年5月現在29号まで(2025年6月に1カ所追加され30カ所になる予定)あり、各史跡には史跡碑が置かれている。史跡巡りの案内パンフレットは、光州広域市内の観光案内所などで入手可能だ。

隣国の民主化はどのような過程を経て実現したのか、それを知ることは日本の民主主義の在り方について考えることにもつながる。今だからこそ、私たちも光州を訪れて、「光州5.18民主化運動」の軌跡をたどってみるのはどうだろうか。

今回は事件と関係のある9つの史跡を5項目に分けて紹介する。

5.18民主化運動記録館

関連資料が多く展示されており、光州で起こった事件の真実を知ることができる
関連資料が多く展示されており、光州で起こった事件の真実を知ることができる


5.18民主化運動記録館は、2011年にユネスコ世界記録遺産に登録された「5.18民主化運動記録物」をはじめ、民主化関連の資料を所蔵する記録館だ。

ユネスコ世界記録遺産に登録されたのは、政府機関作成資料、国会の5.18民主化運動真相究明議事録、白黒フィルムと写真資料、軍司法機関裁判記録と金大中(キム・デジュン)内乱陰謀事件資料、国家による被害者補償資料、市民による記録と証言、市民たちの声明書・宣言文・日記・記者の取材手帳 、アメリカの5.18関連秘密解除文書。これらは全て館内に展示されている。

銃弾が撃ち込まれて割れた光州銀行旧本店のガラス窓や、戒厳軍の攻撃から逃げる際に脱げた靴がちらばる様子を再現した展示などが抗争の激しさを今に伝えている。地下1階のVRゾーンでは、映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』のように、車内から抗争の現場を体験できる。光州で起こった民主化運動を知るうえで一度は絶対に訪れたい場所だ。

<DATA>
・5.18民主化運動記録館/5.18

光州YMCAとYWCA跡

錦南路(クムナムロ)の大通り脇にある光州YMCA。光州の民主化運動では市民軍指導者たちが集まった
錦南路(クムナムロ)の大通り脇にある光州YMCA。光州の民主化運動では市民軍指導者たちが集まった


光州YMCA(光州広域市にあるキリスト教青年会)は現在も1980年当時と同じ場所にある。道庁(5.18抗争本部が置かれていた場所)と並び、状況収拾と抗争において核心的な役割を果たした。5月26日には、市民軍市民たちを対象とする銃器の使用訓練が行われている。

また、 光州民主化運動を率いた代表的な人物、尹祥源(ユン・サンウォン)と彼の仲間たちは、YWCA(キリスト教女子青年会)で市民の士気を高め、抗争の方向性を示すための「闘士会報」を作り市民に配布した。こうした会報は、歪曲された偽の情報が多く流布する中、市民たちにとって貴重な情報源となっていた。27日早朝、戒厳軍によるYWCA銃撃で、市民軍の死傷者が多数出たことが確認されている。

<DATA>
・光州YMCA/YMCA
・光州YWCA跡/YWCA

旧全羅南道道庁と尚武館跡、5.18民主広場、錦南路

写真奥に見える建物が旧道庁、その手前が民主広場、大きな噴水台と時計台が見える
写真奥に見える建物が旧道庁、その手前が民主広場、大きな噴水台と時計台が見える


5月27日早朝、戒厳軍は道庁内に進入。激しい銃撃戦の末、多くの市民軍若者が銃弾に倒れた。現在1980年当時の姿に戻す復元工事が行われている。

すぐそばには犠牲者の遺体を安置した尚武(サンム)館がある。遺体は後に望月洞(マノォルドン)の墓地に埋葬された。身元が確認できない遺体などは、清掃車で運ぶというずさんな扱いであった。

旧道庁前には5.18民主広場がある。広場中央には大きな噴水台があり、市民の代表はこの噴水台の上に立って演説をした。ここでは市民たちによる決起集会が何度も開かれている。噴水台すぐそばにそびえる時計塔からは、毎日夕方5時18分になると光州民主化運動の象徴的な抵抗歌『あなたのための行進曲』が流れる。

また、道庁正門から民主広場の方向へまっすぐに伸びる大通り錦南路(クムナムロ)も、戒厳軍を相手に市民たちが抗戦した代表的な場所の1つである。これらの場所は、全日ビルディング245の屋上から全景をよく見渡せるので、そちらにもぜひ足を運んでほしい。

<DATA>
・旧全羅南道道庁/
・尚武館跡/
・5.18民主広場/5.18
・錦南路/

全日ビルディング245

ヘリコプターからの射撃跡が残る全日ビルディング245(旧全日ビルディング)。5.18民主広場すぐそばにある
ヘリコプターからの射撃跡が残る全日ビルディング245(旧全日ビルディング)。5.18民主広場すぐそばにある


1968年の建造当時には珍しい10階建ての高層ビル。過去には光州地域の日刊紙である「全南日報」や地域民放放送局の「全日放送」などが入居しており、錦南路で最も高いビルとして知られていた。建物の老朽化にともない解体作業の計画が持ち上がっていたが、外壁および屋内から多くの銃弾跡が発見されたことで保存が決まる。

壁に残る銃弾跡。専門家の解説を聞きながらの見学もできる
壁に残る銃弾跡。専門家の解説を聞きながらの見学もできる


全斗煥はヘリコプターからの射撃はないと主張していたが、この銃弾跡は当時ビル内に潜伏していた市民軍に対して、ヘリコプターからの射撃があったことを証明するものであった。全斗煥は、射撃の事実を証言した神父を侮辱したことによる名誉棄損罪で有罪判決を受けている。

現在は「全日ビルディング245」として生まれ変わり、歴史を証明する貴重な史跡として、銃弾跡も一般公開されている。館内ガイドによる説明を聞くことも可能(時間指定有、韓国語)。展示を見た後、ぜひ立ち寄ってほしいのが9階のヘリコプター射撃VR体験コーナーだ。建物の中にいた市民軍の視点で射撃当時の現場を追体験できる。この事件における軍事的弾圧がいかに残虐なものであったか知っておきたい。

<DATA>
・全日ビルディング245/245

望月墓地公園

写真は国立5.18民主墓地。光州民主化運動の英霊たちは、望月洞墓地から移され、現在この場所で眠っている
写真は国立5.18民主墓地。光州民主化運動の英霊たちは、望月洞墓地から移され、現在この場所で眠っている


5.18民主化運動当時、命を落とした市民たちが埋葬された場所が望月洞墓地だ。光州の抗争だけでなく、それ以降の民主化運動で犠牲となった烈士もこの場に埋葬されており、全国各地から参拝者が訪れる民主化運動の聖地でもある。

墓地を訪れる市民に踏みつけられ、全斗煥の名前はすでに消えかけている
墓地を訪れる市民に踏みつけられ、全斗煥の名前はすでに消えかけている


墓地の一角には、全斗煥の名が刻まれた碑石が道に埋め込まれている。元は別の場所にあったものだが、独裁者全斗煥を足で踏みつけることができるよう、この場所に移された。

彼の名は今では擦り切れ一部文字はすでになくなっており、石にも亀裂が入っている。この碑石を見るだけでも全斗煥に対する市民の怒りがどれほどのものであるかを察することができる。

1997年、光州民主化運動の英霊たちの遺体は隣接する現国立民主墓地に移葬された。5.18民衆抗戦追慕塔前には焼香台が置かれており、訪問者は誰でも参拝ができる。毎年5月18日には追慕式が行われており、遺族や多くの市民が参加している。敷地内にある5.18追慕館と遺影奉安所も併せて訪れておきたい。

<DATA>
・望月墓地公園/

この事件が光州で起こった経緯と10日間の抗争

5.18民主化運動はいまだ全容が明らかになっておらず、真相究明は今後も続く
5.18民主化運動はいまだ全容が明らかになっておらず、真相究明は今後も続く


1979年、軍事独裁政治を行ってきた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が射殺されたのち、崔圭夏(チェ・ギュハ)が大統領に就任した。 朴正煕政権下で政治活動を制限されていた政治家たちが再び活動をはじめ、学生・労働運動も活発に行われるようになった。

「ソウルの春」と称されるこの時期、ついに民主化に向けて歩み出すかと思われたが、12月12日全斗煥が自身の組織メンバーとクーデターを起こし政権を掌握する。翌年5月17日には戒厳令を布告し、金大中をはじめとする有力政治家を連行。光州では民主化、大統領直接選挙の実現を目指しデモ活動が盛んに行われた。

5月18日、全南大学正門で戒厳令に抗議する学生と戒厳軍が衝突したことによりデモは拡大し、学生だけでなく光州市民も多く参加するようになる。戒厳軍は武力で鎮圧を図ろうとしたために抗争は激化した。

5月21日には戒厳軍の作戦により光州市と外部の通信回路が遮断され、光州は孤立状態となる。戒厳軍による武力弾圧は、市民の頭を棍棒で殴る、銃剣で突き刺しえぐるといった残虐なものであったが、こうした光州の実態は韓国の他の地域に報道されることはなかった。

過酷な状況の中、光州市民で結成された市民軍は必死の抵抗を続ける。27日には戒厳軍が市内全域を制圧し、市民軍の抗争本部が置かれた道庁に進入、激しい銃撃戦の末多数の死傷者を出し、生き残った者も逮捕された(5.18民主化運動真相究明調査委員会によると、1980年5月18~27日の間の死亡者数は166人であるが、実際にはその数倍という見解もある)。

この10日間に及ぶ一連の抗争を政府側は当時、デモをする市民を北朝鮮に煽動された暴徒とみなし、光州事態、光州暴動などと表現していた。しかし、盧泰愚(ノ・テウ)政権下の1988年、暴徒による反乱ではなく民主化運動であったと再定義されたことで、以後韓国では「5.18民主化運動」と呼ばれるようになった。

2019年から4年間5.18真相究明調査委員会により大規模な調査が行われたが(2019年以前にも政府による大規模調査が4度行われている)、事件の全容が明らかになることはなかった。現在も諸団体が真相究明活動を続けている。

松田 カノンプロフィール

在韓18年目、現地のリアルな情報をもとに韓国文化や観光に関する取材・執筆、コンテンツ監修など幅広くこなす。著書に『ソウルまるごとお土産ガイド(産業編集センター)』などがある。All About 韓国ガイド。


執筆者:松田 カノン(カルチャーライター・コラムニスト)

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