松山ケンイチはなぜハマったのか『テミスの不確かな法廷』制作陣が明かすキャスティングと徹底設定の裏側
火曜日22:00~22:45のNHKのドラマ放送枠「ドラマ10」にて、1月からスタートした『テミスの不確かな法廷』。直島翔氏の同名小説を原作にしており、ASDとADHDを持つ特例判事補の安堂清春(松山ケンイチ)が主人公のドラマだ。松山の演技力が絶賛されるなど、SNSではキャスティングを評価する声が多く、上質な芝居を見られるドラマとしても注目度が高い。視聴者の心を鷲掴みにする役者の演技力に注目が集まる本作だが、演出を務める吉川久岳氏、制作統括の神林伸太郎氏と橋立聖史氏に、本作をドラマ化した背景や、キャスティングに関する裏話など、話を聞いた。(前後編の前編)
♦発達障害を持つ主人公を描く
――まず小説『テミスの不確かな法廷』をドラマ化した経緯を教えてください。
神林伸太郎氏(以下、神林):原作を読んだ際、安堂がASDのために、集中できずに法廷でそわそわしてしまった時に六法全書を使った圧迫刺激で衝動を抑える様子が描かれていたのですが、そういった一つ一つの描写がとても新鮮に感じたんです。以前制作したドラマ『宙わたる教室』(NHK)でも、ディスレクシア(読み書きがうまくできない学習障害)を持っている役が出てきましたが、最初は詳しくなかったASDやADHDのある方が社会に出た時に「普通」を装うことがあったり、そのためにしている工夫を知って驚きがありました。本作でも、「自分が得られた気づきを多くの人に知ってほしい」という気持ちになり、そこが出発点になりました。
――主人公が発達障害のある作品なので、ドラマ化する際のハードルもありそうですが。
神林:企画を提案する前に、今回、考証を担当して頂いた精神科医の岩波明先生に、「小説で書かれている特性表現は、どれくらいリアリティがあるのでしょうか?」と取材したんです。すると、本作で描かれている安堂の言動は、決して小説上のフィクションではなく、十分あり得るということがわかり、「それならドラマ化する意味がある」と思いました。
――岩波先生の言葉に背中を押されたのですね。
神林:ただ、特性の出方は人によって異なるため、正解はありません。「ASDの人はこう、ADHDの人はこう」と決めつけるのではなく、「あくまで安堂という一つの事例を描いている」という部分を意識しながらプランを練りました。
――ドラマ制作の話が来た時の心境は?
吉川久岳氏(以下、吉川):まず原作小説を読んだ時に、すごく面白くて、「いろいろなテーマで描ける内容だな」と思いました。ただ、小説で描かれている安堂の内面や思考、世界に対する感じ方を映像化することの難しさも感じました。
橋立聖史氏(以下、橋立):描き方もそうですが、ドラマ化する際に、当時出版されていた小説は3つのエピソードしかなかったんです。全8話なので、「残りの5話をどうすればいいのか?」という点は悩みました。ただ、原作には安堂の特性がとても細かく描かれています。原作を読み込みながら、「安堂ってどういう人なんだろう?」ということを想像して、それを具現化するようにオリジナルのエピソードを考えていきました。
――オリジナル要素を加えるとなると、いろいろ配慮すべきことが生まれそうですが。
神林:エピソードが3つしかなかったため、直島先生には早い段階で追加エピソードについて、方向性や描き方も含めて相談させて頂きました。直島先生も「小説とテレビドラマは媒体が違うので、安堂というキャラを守ってくれればお任せします」とおっしゃっていただきました。
――NHKのドラマは全話が10話だったり、3話だったりと異なるケースも見られます。3~4話で放送する、というアイデアはなかったのですか?
神林:土曜ドラマは本数が決まっていないのですが、「ドラマ10」は10話と決まっています。今クールはオリンピック中継との兼ね合いで8話になりましたが、本作は「ドラマ10」で描きたい内容だったため、この枠で放送することにしました。
♦絶妙なキャスティングはチーム一丸が要因?
――松山さんの演技を絶賛する声など、SNSではキャスティングに関する反応が目立ちます。キャスティングにおけるこだわりなどを教えてください。
神林:「キャスティングがハマっている」という声はよくいただくので、素直に嬉しいですね。ただ、脚本家の浜田秀哉さんが、1人1人のキャラクター像を非常に緻密に作っているので、「このキャラなら、この人が合いそうだな」とイメージしやすく、キャスティングが本当に考えやすかったです。また、監督は「このキャラなら映像化した時にこう動くだろう」、メイクさんは「安堂の髪型はこうかな?」など、キャラクターを作り上げるために、制作陣が同じ方向を向くことができました。
――それぞれのキャラクターを各スタッフが一丸になって作り上げていったのですね。
神林:そうですね。各スタッフがそのキャラクターに適切な肉付けをしていって、結果的に視聴者に納得してもらえるキャラになったのではないかなと。キャスティングはあくまで要素の一つであり、各スタッフがキャラクターを理解しアイデアを加えてアウトプットしていることが、安堂をはじめとしたキャラクターの魅力を引き上げるのだと思います。
橋立:もちろん、役者さんがそれぞれ台本をしっかり読み込んで、周到な事前準備をしてくれたのも大きいです。松山さんも東京地裁に行って、実際の雰囲気を知ろうとしてくれたりしていました。役者さん自身の取り組み姿勢も、キャスティングが評価されている要因の一つかなと思います。
――「良い作品を作るぞ!」といった機運が高そうな現場ですね。
吉川:松山さんの存在は大きいですね。撮影現場でも、積極的にコミュニケーションを取って場を和ませてくれましたし、Xで共演者とじゃんけんする動画をアップしたりと、座長として良い流れを作るように振る舞ってくれています。
――共演者同士の仲が良いと、かえって現場の緊張感を損なわせてしまうリスクもありそうですが。
吉川:長セリフや普段言わないセリフが多く、登場人物間の対立構造も頻繁に描かれます。難しく複雑な芝居が要求されるため、そのことが緊張感を生み、仲の良さがあることで、化学反応が起きやすい空気感になっている印象です。
♦下着の素材まで設定されている
――安堂の描き方によっては、当事者を傷つけたり、誤解を招いたりと、さまざまなリスクが想定されます。安堂を描くうえで、現場で意識していることは?
吉川:今回難しいのは、安堂が特性を持ちつつも、それを周囲に隠して“普通”を装って生きている点です。特性を隠そうとするけれど、それでも不意に漏れ出てしまう。その塩梅は常に悩みながらやっています。分かりやすさを優先して過剰に描くことは避けたい。しかし、抑えすぎると安堂が感じている生きづらさが伝わらない。そのバランスを探るのに、撮影初期は特に苦労しました。
――明確な正解がないから大変そうではありますが……。
橋立:松山さんを含め、制作陣はいつも「ああでもない、こうでもない」と頭を悩ませています。安堂の歩き方を探る時、スタジオ内をみんなでゾロゾロ歩いて、「こうじゃない?」「いやいや、こうでしょ」と言い合っていて、「この人たちは一体何をしているんだ」と、思わず笑ってしまったこともあります。
吉川:また、安堂が喫茶店でケチャップライスを食べるシーンがあるのですが、最初に撮影した時はスプーンが鉄製だったんです。ただ、松山さんが「スプーンと容器が当たってカチカチ音が出ることを、安堂は嫌がるのでは?」と言ってくれて。「たしかにそうだな」となり、木のスプーンに替えて、そのシーンは後日撮り直しました。
――現場が一丸になって安堂を理解しようとしているのですね。
吉川:はい。また、「安堂ノート」と呼ばれる、安堂の設定が細かく書かれた資料があり、それが安堂を描くうえでの一つの指針になっています。
橋立:内容は本当に細かくて、穿いている下着の素材まで書かれているんです。
『テミスの不確かな法廷』一挙再放送の日程第1話 2月23日(月祝)後3:05~3:50第2話 2月24日(火)前0:35~1:20 ※2月23日(月祝)深夜第3話 2月24日(火)前1:20~2:05 ※2月23日(月祝)深夜第4話 2月24日(火)前2:05~2:50 ※2月23日(月祝)深夜第5話 2月24日(火)前2:50~3:35 ※2月23日(月祝)深夜
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