

芸事の〝正解〟を選びたかった私「間違えてばかりの芸人だと思っていたけれど」【連載:しょぼくれおかたづけ 第6夜】

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわしによる、日々の「しょぼくれ」をしたためながら、気持ちの「おかたづけ」をするエッセイ「しょぼくれおかたづけ」。
間違いが怖いのに、間違いばかりを選んでいる気がして。ずっと自信はない、ずっと自分は不甲斐ない。
そう思っていたし、そんな人生が続いていくのだとあきらめていたけれど。
あこがれの姉さんの舞台で、努力家のあの子の漫談で、情熱家の彼とのトークイベントで、私が見た知らない表情。
途端に熱に動かされた、この気持ちの正体はいったい……?
正解ばかりが気になっては肩を落としてしまうあなたにこそ聞いてほしい、いわしが知った大切な気づきとは。
第6夜「私だって、やったるで」
しばらく動けなかった。今、この余韻をできるかぎりきっちりと、隅から隅まで味わいたくて、新しい情報を入れたくなくて、私は動けなかった。というか、意思とか思考とかより先に体がそうしたいと思っている。あくまで意思と思考はそれを優しく見守っているようだった。
他のお客さんもみんな同じ現象なのだろうか、しゃべりだす人たちはおらず、ゆっくりゆっくりと会場を後にする。座席から立ち上がり、階段を降りたところでやっと正気を取り戻していくお客さんたち。出口に向かうにつれて、通行人の顔に戻るべく前を向いて歩いてはいるが、明らかに余韻を体内で巡らせているように見えた。みんなの体は透けていて、脳内を見破るのが簡単だった。私ももちろん透けていた。
抜け殻をぼーっと見つめる。まだあたたかさが残っている抜け殻。もう抜け殻だけど、この抜け殻は、確かに誰かの何かを確実に変えた抜け殻だった。
気がつかないあいだに、勝手に息を止めていたようだ。息をするのでさえ、両隣の方々の余韻の邪魔になってしまうような気がしたのだろう。だんだんと、見つめていた抜け殻に先ほどまでここで見ていたシーンが鮮明に浮かび上がって、ようやく酸素不足なことに気がついた。もう一度、あの感覚を味わいたい。脳に酸素を送るために、各臓器に無理を言って少ない酸素でどうにかやりくりしてもらって思い出してもらった。
「関係者の方々はごあいさつできます」とご案内してもらい、先ほどまで目の前で誰かの何かを変えた張本人に会わせてもらった。
「すごかったです!」と一目散に伝えた。いつものはつらつとした笑顔に見えたが、私には少し、安堵しているように見えたような気がした。気のせいかもしれない。でもいつもと同じ笑顔の中に少しの安心を感じられた。
「単独の準備はどう?」と聞かれて「0%です」と茶化したときには、もういつもの笑顔で、この人はこれからも小麦を抜き続けるんだろうなと思った。
私は圧倒的な作品や、ネタや、トークを見るとまず自分の不甲斐なさに目がいく。他人と比較して、自分の愚かさを痛感する。自分は間違っていたんだとつらくなる。
普段、自信を保存しているタッパーには、最後のひと口くらいの自信は残っている。これだけはずっとなくならない。なくならないというか、なくならせないように死守しているだけ。でも、失敗したとき、周りがすごかったとき、自分が情けなかったとき、そう、自分が間違ってしまったときに、誰かが蓋を開けちゃって、私は遠慮の塊の自信を指でつまんで、ゴミ箱に捨てようとする。
自分が生み出す作品よりも圧倒的な作品を見たとき、自分の不甲斐なさに目が行くとき、私は、自分の行いすべてが間違っているような感覚になる。急に自分の芸事に対する思いや取り組みが間違いだったのではないかと思う。そして、周りはずっと正解を出し続けていて、私だけずっとコツをわかっていないような感覚になる。そしてみごとに自信を失う。
私は間違いを犯すのが怖い。でも今の自分は間違いだらけのように感じる。
いつごろからこんなに正解できなくなったのだろうか。2択を間違える、3択も間違える、あえて間違えた方の道に逆張りする。
あわてて後ろを振り返ってもとの道に戻ろうとするが、選んだY字路の起点はもう見えない位置にあって、その場でしゃがみ込んで頭を抱える。
大阪から出るタイミングはこれでよかったのか?
フリー芸人でよかったのか?
NSCを辞めてよかったのか?
芸人としての方向性は? キャラは? 見た目は?
もっともっと間違ったかもしれないと思うことはたくさんある。私はなぜか分岐点で、ずっと間違った方を選んでいるのではないだろうか。自分の選択がずっとずっと正解だと思えない。不安だ。だから何をしても、何を成し遂げても、報われていないような気持ちになるのではないだろうか。
過去に戻れるなら戻りたい、そんなこと言ってしまったら、ここまで歩いてきた私の道が間違っていたことを証明してしまう。
そんなことでは私がかわいそうだ。でも、そうと言わざるを得ない日が続くこともある。
「早くネタを書かないと」
その日はそう、強く思いながら帰った。
これは、いつも感じる、焦燥感とか責任感とかから湧いてくる気持ちではない。
どうせ自分はできないかもしれないとうっすら思っていながらやる、あの気だるくてしんどくて情けない気持ちではない。
あんなにすごい人の安堵の表情が脳裏に焼き付く。
創作は不安ととなり合わせだ。それでもこれがおもしろいと信じてやるだけだ。その気持ちが強い人間がずっと創作を続けられるんだ。表現するときはみんな不安なんだ。でもそんなことを払拭するくらい頑張ればいいだけだ。正解とか不正解とかじゃない。大丈夫だ。
「私だって、やったるで」と、声に出さずにつぶやいた。早く書かないとまた弱い私に戻ってしまうから、急いで喫茶店に入った。
正解をせっせと選ぶこと、からの脱却
スマートなのに努力家で芸達者な後輩の漫談のライブに出させてもらった。コンビで活動しているのに漫談をやっている。漫才のときと同じように、イキイキと漫談をやっている。どうしてやるのか?と尋ねると彼はただ、これをやりたいと言ってやっている。すばらしい漫談の数々だった。正解を叩き出してるな、と感じる。私のタッパーの蓋が開きそう。
でも、漫談の後に舞台袖に帰ってくる表情を何度も見ながら、彼にとっては正解を出すことが目的でないように感じた。ひとまず、来月もその次も、このライブはできるかぎり続けるそうだ。
器用で繊細なのに情熱的な別の後輩とサシで2時間トークライブをした。お客さんは10人くらい。トークが白熱するに従ってお客さんとの一体感を大層かってに感じた。会場に溶けていくように話した。今私たちは、お客さんに口しか見えてないかもしれないと思った。私の段差のある言葉をなだらかにしてお客さんに伝えてくれる後輩、脳みそのあれこれも脱帽してしまう。この人も正解を叩き出している。やばい。
でも、「楽しかったです!」と伝えてくれたその顔に、正解も不正解も感じていないような気がした。
この日も、あの日も、私は「やったるで」と思って帰った。少しの不安はあったけど、それを跳ねのけるようなパワーが十分にあった。
タッパーもぴっちり閉まっている。中身は少ないけれど。
私みたいな人間、簡単に「私だってできんねん、やったるで!」という気持ちにさせることはできない。私みたいな間違いだらけの人間、自信を持つ方が難しい。先輩や後輩の芸を見て私にもできるなんて、横柄に思ったわけではない。いつだってどこだって私は圧倒させられて自信をなくす。
創作したものを表現することは、いつも不安ととなり合わせだ。
だけどそれは、なんと、私だけじゃないみたいだ。びっくりするが、そうなのだ。
誰だってそうなのだ。どんなにすごい人たちだって。でもそれを乗り越えた先に、誰かの何かを変えられるような芸事ができる。
まぎれもなくこれが芸事のパワーだ。そうだ、このパワーを出したくて、芸人になったんだった。
芸事は間違いとか正解とかそんなこと、そもそも存在しないのかもしれないと気づかせてくれる。
存在しないのに、せっせと正解ばかり選ぼうとしていた私に気づきをくれる。
単独を終えた私は、誰かを「やったるで」と思わせられているだろうか。
そして、自分自身に「やったったで!」と思えているだろうか。
多分大丈夫だ。間違いや正解なんてないことに気がついたから。
芸事はいつだって圧倒的だ。私も圧倒的な芸事をする。必ずする。私は、いつだっていろんな芸事に支えられているから。
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