中村倫也、20代前半のこじらせっぷりを回顧「“中村倫也”ってそんなにいいもんじゃないんですよ(笑)」
雑誌「ダ・ヴィンチ」に2018年から2020年の2年間かけて連載された「中村倫也のやんごとなき雑談」が書籍化。中村にとって初のエッセイ本となった「THE やんごとなき雑談」は、3月18日に発売されて以来、重版を繰り返し、現在、累計発行売上部数7.7万部を突破。すでに読んだ人はもちろん、まだ手に取っていない人にも向けて、中村倫也“大先生”が連載時のエピソード、そして出版から約1カ月半経った今の思いを語ってくれた。
「ダ・ヴィンチ」連載は、サッカーをやったことがないヤツが日本代表に選ばれた、という感覚
――「まえがき」で書かれていましたが、連載を始まる前に、まず「エッセイ」という言葉の意味を調べられたそうですね。本書を読み進めていくとよく分かるのですが、それこそ「考えないと前に進めない」という中村さんらしいなと。
僕はある程度、枠組みがあった方が楽なタイプなんですよね。ある定義の中で遊んだり、そこからはみだしたりする方が楽というか。なので、「エッセイ」の意味についても調べてみたんですが、これがもう自由すぎて(笑)。ただ、言葉を調べることで、そこに決められた意味を知れば、その上でできる遊びもあると思うんですよね。なので、どうしても調べてしまいますね。
――連載されていた「ダ・ヴィンチ」は本好きな方が読む雑誌ということで、読者も文章に対して目の肥えている方が多いと思うのですが、そこに対する怖さはなかったですか?
最初に連載のお話をいただいたときは、サッカーをやったことがないヤツが日本代表に選ばれた、という感覚でした(笑)。僕自身、そんなに本を読んできたわけではないですし、物書きのプロでもないですからね。だから、ちょっとした不安はありましたが、できるふりをしてもできないのがバレバレなので、背伸びしても意味がないなと思い、できるふりをしないでやろうと思いました。
いろんな葛藤を抱えて泥道を歩いてきたからこそ、分かったこともある
――中村さんはよくインタビューなどで「20代前半はこじらせていた」と話されていますが、それがよく分かるのが「種と鎖」(2018年12月号)ですね。
実際のこじらせ方はあんなものではなかったですけどね(笑)。
――「隙がない」と言われるのに対し、「隙は見せるものではなく、見抜くもの」という返答など、正論でありながらもこじらせている感じが面白かったです。
今となっては、皆さんから「穏やかそう」とか「優しそう」と言っていただけていますが、“中村倫也”ってそんなにいいもんじゃないんですよ(笑)。もちろん、そう言っていただけるのはうれしいですが、20代前半にいろんな葛藤を抱えて泥道を歩いてきたからこそ、分かったこともあるのかなと。だからこそ、「太陽になりたかった男」の回(2019年12月号)でも書いているように優しい人に憧れますし、自分もそうなりたいですね。
――逆に、「呼吸」(2019.6月号)、「めぐる」(2020.7月号)では、「男」「僕」という一人称の違いはあれども小説的な書き方をされていますね。
「呼吸」は、あれを書く直前に平野啓一郎さんの小説を読んでいたこともあって、それに影響を受けたのかな(笑)。
――ただ、「呼吸」は「ああ、息継ぎがしたい」という言葉から始まります。この回の連載の掲載時期は俳優業がものすごく多忙だったと思うので、それと重なるのではないかと思いました。
確かにあの時期は忙しくて、軽く自律神経をやっちゃっていた感じがありましたね(笑)。だからこそ、「男」という一人称でワンクッションを置くことで、別人格の目線で話を進めた方が自分的に書やすかったんだと思います。かつ、読んでくださる方からしても、そのほうが重くならないのではないかと思ったので、あの書き方にしました。それはコロナ禍のことを書いた「めぐる」に関しても同じですね。
大人になると、どうしても現実なことを考える
――連載の2年間、中村さんの日々への思いがネタや書き方に直接的な影響を及ぼしていたということですか?
そうですね。連載時には毎回“色”が変わるものになればと思っていました。連載ごとに何を真ん中のネタにもってくるのかもそうですし、この2年間は僕にとっていろいろと目まぐるしい時期だったので、それを含めての変化を楽しんでいただければと思い、本としてまとめるときにも時系列で並べることにしました。
――その中で「少年のころの思いをなくしてはいないか」という自問が何回か出てきたのですが、中村さんの中で変らないものと変わっていきたいものとは?
僕は自分に悩みがあるときに、極力シンプルに考える作業をするんですけど、その最たるものが「少年のころの思い」。それこそ、子どもの頃は何も考えずに楽しんでいたし、素直に「これがほしい」と自分の欲望のままに発していたと思うんですよね。でも、大人になると、どうしても現実なことを考えるし、天秤にかけてしまうところもありますね。それが大人社会で経験を積むということなんだと思いますが、最終的には「すっきり」と言い張れるぐらいの純粋さが強い気がしていて。
――確かに子ども時代の無邪気な気ままさを懐かしく思うことがあります。
今、僕が面白いと思うのは、役者はいろんなものを総動員してもの作りをしていく仕事じゃないですか。そのときに計画的に演出したものよりも「こうしちゃった」「こうなっちゃった」というものの方がいろんなものを打破する力が強く、シンプルに楽しいんですよね。そのためにも純粋さがあった方がいいと思うので、「少年のころの思いをなくしてはいないか」と見つめ直すようにしています。
“恥”以外のなにものでもない(笑)
――2年間の連載とそれをまとめたエッセイ本の出版を通して、自分の中で変わったこと、もしくは改めて気づいたことはありますか?
キーボードを打つのが早くなりました(笑)。あと、途中でキーボードの「M」と「N」が壊れて。そのときは大変でしたが、「N」の右上をちょっと押すとうまく打てることに気づきました。この話、今、この場では誰にも響いてないですけど、経験したことがある人なら深くうなづいてもらえると思うんですけどね(笑)。
――最後に、役者は役を演じるのが仕事で、自分を見せるわけではないと思うのですが、エッセイでは自分をさらけ出さないといけない。そこに恥ずかしさはなかったのでしょうか?
自分が書いたものを読まれて知られるということ自体は恥ずかしくないのですが、“恥”みたいなものはありますね。だって、こんなの“恥”以外のなにものでもないですから(笑)。別に人に見せる必要がないというか、自分でグダグダやっていればいいものを、わざわざ時間と労力をかけて本にする。それを1200円も出して買ってもらうなんて、“恥”でしかないですよ。だから、ほんの一瞬でもいいから1200円払ってよかったと思ってもらえるものになっていれば、意味があったのかなと思っていて。
――意味があったからこそ、7万7千部を突破しているんだと思います。
ありがたいですね。ただ、読んでくれた人にどう思ってもらいたいとか、こういう人に読んでほしいというのは全くなくて。それでも、もし興味があって、お金と時間がたまたまあるときに読んでもらえたらうれしいですし、そこに何らかの意味があったらいいなと思っています。
取材・文=馬場英美
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