「おちょやん」第113回より

<おちょやん最終回>“千代”演じきった杉咲花、小柄で童顔な体に秘めた圧倒的なエネルギーと演技力

2021.05.14 08:16
「おちょやん」第113回より

“朝ドラ”こと連続テレビ小説「おちょやん」(NHK総合ほか)が、本日5月14日に最終回を迎えた。最終週「今日もええ天気や」では、ラジオドラマ出演をきっかけに人気俳優となった千代(杉咲花)が、別れた一平(成田凌)と一回限りの再共演、一平の不倫が元で離婚したふたりが演劇を通して負の感情を水に流した。喜劇俳優を題材にした「おちょやん」は劇中劇がふんだんに挿入され、演じる側には従来の朝ドラ以上に高いスキルが求められたといえるだろう。難しい課題をやり遂げた杉咲花の実力を、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)

最終回は千代の人生と重なる“人情喜劇”

半年にわたり放送された「おちょやん」のクライマックスは、離婚した千代と一平が一回限りの再共演。

一平が若い劇団員との間に子どもを作って離婚することになったとき、千代は芝居の本番でセリフに詰まってしまった。

これまでどんなことがあっても持ち前のガッツと機転で舞台のアクシデントを乗り越えてきた千代が芝居を続けることができなくなったのは、よっぽど精神的にダメージを受けていたのだろう。

千代が失意のまま道頓堀を去ってから約2年。ラジオドラマで復帰した千代は人気者になる。そして亡くなった父テルヲ(トータス松本)と継母・栗子(宮澤エマ)の孫で千代の姪に当たる春子(毎田暖乃)を養女にして人生の再出発をしていた。

新たな生活にも慣れてきた頃、鶴亀新喜劇に特別に出てほしいと頼まれ、悩んだ末、承諾。「たとえ1日でもやるからには手ぇ抜けへんで」「望むところだす」と一平と千代は長年の遺恨を捨てて俳優として対峙する。

演目は、千代が芝居を止めてしまった因縁の芝居「お家はんと直どん」。かつて愛し合いながら、ちょっとしたすれ違いで別れてしまったふたりが、歳月を経て再会する話で、千代と一平の人生とも重なって見えてくる。

いろいろな出来事に悔し涙にくれたこともあったけれど、お互い別々の道で、仕事も順調、それぞれの家庭をもって前向きに生きていくことを噛みしめる。人情喜劇を見るような味わいだった。

ハードルの高い“劇中劇”も巧みに演じた

杉咲花は23週間、全115回に渡り、千代の十代から四十代くらいまでを演じきった。

5月7日の「あさイチ」プレミアムトークに出演したときは厚めの前髪のボブスタイルで白いワンピース、鈴のような声で笑い語る姿は少女のようで、ちゃきちゃき大阪弁でしゃべっていた千代とは別人だった。

千代は比較的、おばちゃんになっても若く見えたが、実際の杉咲花と比べると断然違う。いつまでも若く見える元気なおばちゃんを杉咲花は見事に演じていたのである。

もっとも主演俳優が役の人生の長いスパンを演じることは、女性の人生ないし半生を描く朝ドラでは当たり前のこと。たいてい二十代の俳優が役の十代から四、五十代まで演じることを課せられる。

また、主演俳優は、半年間の長期間の撮影で、毎日、毎日、出ずっぱりで体力的にもキツイ。これらの重労働の分、終わったときはぐっと成長もしているのだけれど。「おちょやん」ではこの基本的なハードルのほかにさらに劇中劇という難関が用意されていた。

昭和の名脇役・浪花千栄子をモデルにした千代は人生の大半を俳優として過ごす。そのため千代が俳優として演じる芝居の場面もしょっちゅう出てきた。

初舞台から、代役とはいえ初主演作「正チャンの冒険」、一平との結婚のきっかけになった「若旦那のハイキング」、辛い思い出になった「お家はんと直どん」、ラジオドラマ「お父さんはお人好し」まで何作か劇中劇の場面があって、そのセリフや段取りを覚えることは難儀であったことだろう。

短い場面とはいえ、舞台劇とテレビドラマのナチュラルな芝居とは動きも発声も違う。にもかかわらず、杉咲花は、若い女中やお嬢さん、いじわるな娘に年をとったお家さん、子だくさんの母親まで器用に次々と演じ替えていった。しかもモデルの浪花千栄子の口調にまで近づけていたようなのでやることは山積みであったことだろう。

とりわけ「お家はんと直どん」で千代が演じるお家はんが昔のことを思い出して直どん(一平が演じている設定)にしなだれかかる所作など抜群に巧みであった。

その意味では、一平役の成田凌や、千之助役の星田英利の舞台演技も絶品。後半のキーマンだった寛治役の前田旺志郎も、舞台上では阿呆ボンの滑稽な芝居も堂に入っていた。

圧倒的なエネルギーと演技力

杉咲花の芸歴は長く、子役として、本役の幼少時などを演じた後(のち)、中学生のときに改めて芸能事務所に所属し本格的に俳優活動をはじめた。

2013年、湊かなえ原作のドラマ「夜行観覧車」で鈴木京香の娘役で注目され、2015年、映画「トイレのピエタ」の孤独なヒロイン、2016年、朝ドラ「とと姉ちゃん」のヒロイン常子(高畑充希)の妹役、同年、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」では宮沢りえの娘役と次々に重要な役を任されていった。

杉咲花の特性はメリハリの効いた動きと、澄んだ声。そしてなんといっても小柄(153cm)な体から想像のつかないほどの太い火柱を燃え上がらせるエネルギー。前述の「夜行観覧車」も「トイレのピエタ」も「湯を沸かすほどの熱い愛」もいろいろ苦しみを抱え込んでそれを爆発させる姿が圧倒的だった。

だからこそ、「おちょやん」で千代という貧困に苦しみ、家族から離れたったひとりで道頓堀や京都で俳優として身を立てるような“ど根性”のある人間を演じることができたのだろう。

苦労して苦労してようやく見つけた幸せは夫の浮気で崩壊し、長年夫を信じて尽くしてきたことを裏切られた悔しさを抱えてなおも生きていく強さも杉咲だから嘘がなく見えた。彼女の童顔や澄んだ声によってそのヘヴィな境遇が幾分緩和もされた。媚びずにきりっと背筋を真っ直ぐに伸ばした杉咲花の千代はハードボイルドだった。

余談ではあるが、杉咲花は「おちょやん」のクランクイン前に初舞台を踏む予定だったが、残念なことに、コロナ禍による緊急事態宣言で公演が中止になってしまった。

本来なら、舞台を経験した上で、舞台女優・千代の役を演じる絶好のタイミングが失われたことは惜しまれるが、大竹しのぶ、宮沢りえ、黒木華など舞台経験豊富な先輩俳優たちと共に稽古したことは千代を演じるうえで大いに役立ったことであろう。

いつか上演してほしいと思うその作品はチェーホフの「桜の園」という。この作品、「おちょやん」とも少し関係がある。

千代の夫・一平のモデルであろう渋谷天外は「桜の園」を喜劇としてやりたいと長年思い続けていたのだ。だが残念ながら実現しないまま亡くなった。

とすると、幻になった杉咲花の初舞台はまるで渋谷天外のかなわなかった夢のようではないか。千代が演劇と出会い、演劇に救われて、人生と芝居を重ねながら生きていく物語「おちょやん」と不思議に重なるエピソードである。

<NHKオンデマンドでは「おちょやん」全エピソードが視聴可能。また、5月17日(月)からは清原果耶がヒロインを演じる連続テレビ小説「おかえりモネ」がスタート>

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