綾瀬はるか主演、地下鉄脱線事故の実話がベース『人はなぜラブレターを書くのか』が問う“生きた証”
『茜色に焼かれる』(2021)や『愛にイナズマ』(2023)などで、人間の本質や生の意味を独自の視点から描いてきた石井裕也。監督・脚本・編集を務めた最新作『人はなぜラブレターを書くのか』が、4月17日より公開されている。主演は綾瀬はるか。
本作には原作小説はなく、2000年3月に発生した日比谷線脱線事故で亡くなった当時高校2年生の富久信介さんに関するスポーツ紙などのノンフィクション記事を原案としている。実際の出来事をベースにしながらも、単なる再現ドラマにとどまらない視点が与えられている。
特徴的なのは、富久さんの出来事を軸にしつつも、物語の中心が別の場所に置かれている点だ。毎朝の通学電車で顔を合わせ、恋心を抱きながらも想いを伝えられなかった寺田ナズナの視点から物語は進む。いわゆる“闘病もの”的な感傷は意図的に抑えられ、あくまで残された側の時間と感情にフォーカスが当てられている。大人になったナズナを綾瀬はるかが、学生時代を當真あみが演じ、その想いは娘・舞(西川愛莉)へと静かに受け継がれていく。
とりわけ印象的なのは、綾瀬の佇まいだ。いわゆる「演じている」という感触よりも、限りなく素に近い自然さが画面に漂う。序盤こそ、その力の抜けた表現に違和感を覚える瞬間もあるが、それこそが作為を削ぎ落とした結果だろう。実家が農業を営んでいることでも知られる綾瀬だが、本作で印象的に描かれる農の風景は、彼女自身の背景とどこか重なり、役柄が“あてがき”のように感じられるほどの説得力を帯びている。
近年の邦画では、過剰な演出で涙を誘うのではなく、遺された者の視点から喪失を見つめ直し、前を向こうとする作品が増えている印象がある。今年の公開作に限っても、『ほどなく、お別れです』『君が最後に遺した歌』、そして5月29日公開の『箱の中の羊』など、同様のテーマを扱う作品が目立つ。とりわけ東宝配給作品に多いのは、単なる偶然だろうか。
人の一生には、遅かれ早かれ終わりが訪れる。それが寿命であれ、不慮の事故や災害であれ、生きた痕跡そのものが消えてしまうわけではない。一人の死は、宇宙的なスケールで見れば取るに足らない出来事かもしれない。しかし、その“小さな出来事”もまた世界の一部として確かに存在し、無数の積み重ねによって世界は形づくられている。
もし、あの日いつもの電車に乗り遅れていたら――。わずか数分の差が、まったく異なる未来をもたらしていたかもしれない。本作はそうした偶然と必然を内包しながら、生命の連なりを俯瞰的に捉えた物語でもある。描き方こそ異なるが、5月1日公開のスティーヴン・キング原作『サンキュー、チャック』とも、どこか通底するテーマを感じさせる。タイトルの「人はなぜラブレターを書くのか」が示すものは、単なる恋文の意味にとどまらない。手紙という形式、あるいは記憶そのものが、人の存在を記録し、残し続ける装置として機能しうることを示唆している。
物語の舞台は現代だが、その感触は20年以上前にある。スマートフォンやパソコンといった記録媒体はほとんど登場せず、印象的に使われるのはラジオだ。この選択は明らかに意図的だろう。たとえ記録デバイスがなくとも、人は他者の記憶を保持し続けることができる――そんな感覚を呼び起こす。そして振り返れば、人の記憶とは常にそうして受け継がれてきたものでもある。
【ストーリー】寺田ナズナ(綾瀬はるか)は、とある青年に手紙を書きはじめる。24年前、17歳のナズナ(當真あみ)は、いつも同じ電車で見かける高校生・富久信介(細田佳央太)にひそかな想いを抱いていた。一方、信介は学校帰りにボクシングに夢中な生活を送り、プロボクサーを目指していた。そんな彼らに、運命の日、2000年3月8日が訪れる。―― 2024年、ナズナからの手紙を受け取った信介の父・隆治(佐藤浩市)。その手紙の中に亡くなった息子の生きた証を確かに感じ、知りえなかった信介の在りし日が明らかになっていく。そして、隆治はナズナに宛てた手紙を綴りはじめる。愛する者を亡くして生き続けた隆治とナズナとの邂逅により、24年前の真実とナズナが手紙を書いた理由が明らかになる。人はなぜラブレターを書くのか ――。 その手紙が“奇跡”を起こす。
監督・脚本・編集:石井裕也出演:綾瀬はるか、當真あみ、細田佳央太、妻夫木聡、音尾琢真、富田望生、西川愛莉、菅田将暉、笠原秀幸、津田寛治、原日出子、佐藤浩市ほか製作幹事:日本テレビ放送網制作プロダクション:フィルムメイカーズ配給:東宝公開日:2026年4月17日(金)~
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