“伝説的スーパースター”エルトン・ジョン「舞台では別人になれる」約50年の音楽キャリアと“人間エルトン”を感じられる傑作<エルトン・ジョン:Never Too Late>
2023年に公演活動のフィナーレを迎えた“伝説的スーパースター”エルトン・ジョンが、最後の北米コンサートに臨むにあたり、自身の人生と50年にわたる音楽キャリアを振り返るドキュメンタリー「エルトン・ジョン:Never Too Late」が12月13日に配信された。彼がいかに逆境や虐待、依存症を克服して今のようなミュージシャンの象徴になったかを、インタビュー映像や秘蔵の未公開映像でつづる。これまで語られることのなかったエルトンの物語を、音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
タイトルは知らなくても誰もが耳にしたことのある音楽
同作は、去る9月に開催されたトロント国際映画祭でプレミア上映され、大きな反響を巻き起こしたドキュメンタリー作品。エルトンといえば、半世紀以上の長期間にわたってポップス~ロック・シーンのトップに立つシンガー・作曲家の1人だ。「僕の歌は君の歌(Your Song)」「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」「ロケット・マン」「クロコダイル・ロック」「ダニエル」などは、タイトルを知らなくとも、誰もがどこかで耳にしているに違いない。
また、12月20日(金)に超実写版「ライオン・キング:ムファサ」が劇場公開となる「ライオン・キング」シリーズでは、1994年のアニメーション映画「ライオン・キング」に楽曲提供した「愛を感じて」が第67回アカデミー賞で歌曲賞を受賞している。
今回のドキュメンタリーはディズニープラスのスターでの配信だが、ディズニープラスではすでにフェアウェル・ツアー“Farewell Yellow Brick Road Tour”の北米最終公演地となったアメリカ・ロサンゼルスのドジャー・スタジアムでのコンサートも「エルトン・ジョン・ライヴ:Farewell from Dodger Stadium」として配信中。今回の「エルトン・ジョン:Never Too Late」は彼のキャリアにフォーカスしたものとなる。
エルトンが8億ドルの収益をあげたという“Farewell Yellow Brick Road Tour”を最後にツアーから引退したのは、いわば、“スター音楽家=エルトン・ジョン”とは別個の1人の人間として、愛に生きようと思ったため。最愛のパートナーや、子どもたちと共に落ち着いた毎日を送ろうということ。「墓碑銘は“100万枚のレコードを売った”などというよりも、素晴らしい父親であり、素晴らしい夫だった”としてほしい」という言葉に私は深く感じ入り、「遅過ぎることはない(Never Too Late)」という表題の意味をかみ締めた。
作品では「レジナルド・ケネス・ドワイト少年がいかにしてエルトン・ジョンになっていったのか」について、かなりのスペースを割いて触れられている。家庭環境の話には胸が痛むが、とにかく彼が音楽の道に、ピアノの道に進んでくれたことは世界にとって幸運だった。打鍵しながらショーマンシップたっぷりに歌うスタイルの源にはリトル・リチャードやジェリー・リー・ルイスらアメリカ人ミュージシャンもいるのだが、この映画で特筆されているのはトリニダードに生まれ、英国で活動したウィニフレッド・アトウェルの存在。1950年代、エルトンが子どもの頃に2000万枚ものレコードを売り上げたというピアノ弾き語りの名人だ。このドキュメンタリーで一気にウィニフレッドへの再評価も進むのではなかろうか。
歴史的なジョン・レノンとの邂逅も
15歳の頃にはパブで演奏を始め、やがてロング・ジョン・ボルドリーが率いるジャズ~ブルース・バンド“ブルーソロジー”に加入。ドゥーワップの源の一つに数えられるアメリカの男性コーラス“インク・スポッツ”と共演もしたというのだから、少年のときから実力は明瞭だったのだろう。
ほか、生涯の名コンビとなる詩人バーニー・トーピンとの交流、歴史的なジョン・レノンとの邂逅(エルトンのマジソン・スクエア・ガーデン公演へのゲスト参加が、彼の生涯最後のライブとなった)、ポッドキャストを通じての次世代ミュージシャンとの語らいなどがテンポよく配され、アクロバティックでもある若き日のパフォーマンスから、フェアウェル・ツアーにおける円熟のピアノ弾き語りまで、演唱画像も豊富だ。
「ステージに現実は持ち込まない」「舞台では別人になれる」といった言葉に、共感し、勇気づけられる表現者も多々いるはず。また、エンドクレジットではアメリカのシンガーソングライター、ブランディ・カーライルと共同制作した新曲「ネヴァー・トゥー・レイト」も聴くことができる。まさに、もっとエルトンの音楽が好きになれると同時に、人間エルトンをしっかり感じることのできる傑作である。
◆文=原田和典
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