ケイト・モス けいともす

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ケイト・モスのプロフィール

ケイト・モス

キャサリン・"ケイト"・アン・モス(Katherine "Kate" Ann Moss 、1974年1月16日 - )はイギリスのファッションモデルである。彼女はこれまでに、300以上の雑誌の表紙を飾っている[3]。彼女はウェイフィッシュな姿、ファッションモデルとしては低い身長、多くの広告キャンペーンの出演で知られている。また、注目を集めるパーティ・ライフスタイルで有名でもある。2007年に雑誌『フォーブス』が発表した「最もリッチなスーパーモデル15人」のリストで2位になった。彼女は1年で推定900万ドルを稼いだとされる[4]

■生い立ち

ケイトはロンドンの旅行代理店の娘として生まれた[5] 。弟(ニック)がいる。両親はケイトが13歳のときに離婚した。ケイトはパーレイのリッジウェイ小学校、リドルスダウン高校に通った。勉強は不得意であったが、スポーツの成績は優秀であった[6]。

■キャリア

ケイトは14歳のときにジャマイカでバカンスをしていた帰り、ニューヨークのJFK国際空港でモデル・エージェンシー「ストーム」創設者のサラ・ドゥーカスにスカウトされる。最初の仕事は15歳のときのイギリスの雑誌『ザ・フェイス』の表紙の撮影でメラニー・ワードがスタイリングを務め、コリーヌ・デイ撮影による白黒の写真であった。ケイトはそれから、時の「スーパーモデル」(例えばシンディ・クロフォード、クラウディア・シファー、ナオミ・キャンベルなどの長身で曲線美を持つモデルたち)と対照的な1990年代の「反スーパーモデル」として活躍した。

ケイトは雑誌『マキシム』の「1999年のセクシーな女性50」の8位、そして『FHM』の「1995年のセクシーな女性100」で22位になった。2007年3月には、NME賞の最もセクシーな女性部門を受賞した[7]。2007年にイギリスの『サンデータイムズ』の「リッチな人リスト」で彼女は4,500万ポンドの価値があると推定された。彼女はイギリスで99番目の金持ちの女性とランクされた[8]。2009年の同リストで4,100万ポンドの自己資本で、イギリスで1348番目の金持ちと評価された[9]。

2007年7月に雑誌『フォーブス』が1年間で900万ドルを稼いだケイトは「世界のスーパーモデル15」の2番目にランクされた[4]。

■スタイル

ケイトを起用した1993年のカルバン・クラインのキャンペーンはウェイフ・ルックの到来を告げた。写真の中のケイトに対して当時のアメリカ合衆国のビル・クリントン大統領からの批評を得た。クリントンはヘロイン・シックな傾向に対して反対意見を述べた[10]。ケイトは体重について尋ねられたときに「あなたに何回、“私は摂食障害ではない”といわなければならないの?」とコメントした[11]。ケイトはファッションモデルとしては身長が低かったが、多くのファッション・ラインで働き商業的に成功した。

彼女は国際的なファッション・アイコンでもある[12]。アメリカのファッション・インフル賞を始めとする多くの賞を受賞した。21世紀初期には女優シエナ・ミラーと共にボーホー・シックの主な支持者の1人であった。ケイトは『ヴァニティーフェア』2006年9月号のスタイル号の表紙を飾った[13][14]。近年、彼女はデニムカットオフのショーツ、HUNTERのラバーブーツ、UGGブーツ、バレエ・フラット、ヴィヴィアン・ウエストウッドのパイレーツブーツ、スキニージーンズ、チョッキ、アレキサンダー・マックイーンのスカルスカーフ、ルイ・ヴィトンのレオパードスカーフ、バレンシアガのハンドバッグ[15]とジーンズのハイウエストスタイルとウエストを固く縛っているベルトを敢えて緩めるスタイルを大衆化させた[16]。

2008年にケイトは毛皮を頻繁に使用したとして、PETAの「ワーストドレッサー」に選ばれた[17]。

■キャンペーン

これまでグッチ、ドルチェ&ガッバーナ、ルイヴィトン、ヴェルサーチ、カルヴァン・クライン、ロベルト・カバリ、シャネル、ミッソーニ、ロンシャン、デイヴィッド・ヤーマン、ディオール、イヴ・サン=ローラン、バーバリー、ステラ・マッカートニー、リンメル[18]、ブルガリなどの広告に登場した。

イギリス、アメリカ、フランス版『ヴォーグ』、『アナザーマン』『ヴァニティ・フェア』『フェイス』『W』を含む主要なファッション雑誌のほとんどに登場し、いずれも大々的に取り上げられた。ケイトはイギリス版『ヴォーグ』の表紙を26回飾っており[19]、その他の国の『ヴォーグ』の表紙にも何度か登場している。『W』の表紙は17回飾っている。同誌はケイトを「ミューズ」とさえ呼んだ(2003年9月号)。彼女はこれまでにマリオ・テスティーノ、マリオ・ソレンティ、スティーブン・クライン、ヤーゲン・テラー、ピーター・リンドバーグなどファッション産業で最も有名なカメラマンと仕事をして、ファッションインスピレーションとして2005年7月にアメリカファッション協議会からヴォーグ/CFDA賞を贈られた。彼女が授賞式に着ていった衣装はジョン・ガリアーノがデザインしたクリスチャン・ディオールのものだった。

2005年4月、リンメルロンドンマスカラのTVCFが放送された。それはケイトが革のジャケットを身に付けてモーターバイクに乗り、『アナザー・コールド・ビール』の曲に合わせてロンドンの街中を走るという内容である。

彼女は薬物スキャンダルの12ヵ月後の2006年秋冬シーズンのリンメル、アジャント・プロヴォカツール、ヴァージン・モバイル、ベルスタッフ、ディオール、ルイヴィトン、ロベルト・カバリ、ロンシャン、ステラ・マッカトニー、ブルガリ、シャネル、ニコン、デイヴィッド・ヤーマン、ヴェルサーチ、カルバン・クラインジーンズ、バーバーリーなど18の契約を手に入れることで復帰した。ケイトはケイティ・イングランド、トップショップ[20]と協力してデザイン業界の進出に同意した。2007年にコティより自分の名前を冠にした香水とボディローションラインを開始した[21]。

雑誌『フォーブス』によるとケイトは薬物スキャンダルから以前にも増してより多くの収入を得た。彼女の2004 - 2005年の所得は500万ドル[22]、2005 - 2006年は800万ドルであった[23]。2007年には年収は900万ドルと見積もられ、ジゼル・ブンチェンに次ぐ収入を得たモデルと言われた[4]。

2006年11月にイギリス・ファッション・アワードでモデル・オブ・ザ・イヤーを受賞した。しかし、これは賛否両論を巻き起こし、新たな論争を生んだ[24]。2007年9月27日、『サン』はケイトの契約数が減り、彼女は「コカイン新婚旅行」で消えていくだろうと書いた。同記事は契約が徐々に減り始めており、「彼女はまだ偉大だが、蜜月関係は終わった」という関係者の声を紹介した[25]。しかし、これらの報道にも関わらずケイトは2008年春にダナ・キャラン、イヴ・サン=ローラン、ロベルト・カバリの新しい顔として起用された。こういった報道があるなかでも、ケイトはしばしば広告に現れた[26]。

2011年7月、日本のレディースアパレルブランド、ラグナムーン[27]のカタログモデルとして登場。日本でのモデル契約は約6年ぶりとなり話題を呼んでいる。

■薬物スキャンダル

2005年9月にイギリスのタブロイド紙のデイリー・ミラーがコカインを吸っているモスの写真を掲載したことを受け、ロンドン警視庁はこの件について調査を開始すると発表した。その影響からついには何年もの間広告塔役を務めてきたバーバリーやH&Mの広告からも降ろされてしまい[28]、「コカイン・ケイト」のあだ名までついてしまった。

また10月には恋人でコカイン摂取を公言していた元リバティーンズのメンバー、ピート・ドハーティが逮捕されケイト本人の逮捕も秒読み状態に入ったと言われているなどまさにこれからのモデルとしての将来だけでなく、人生そのものが危なくなってきたとされていた。

■カムバック

世間は彼女を非難する中でファッション雑誌、雑誌編集長、モデルなどファッション業界の関係者は彼女を擁護した。このおかげでカムバックを果たす[29]。

契約打ち切りとされていたバーバリーの広告や大手バッグメーカー・ロンシャンの広告で復帰。イギリスのコスメティックメーカー・リンメルのイメージキャラクターになり、日本でもテレビコマーシャルが放映され、キャンペーンのため来日も果たす。

2007年5月1日にはイギリスのハイストリートブランドである「Topshop」とコラボで“kate moss for Topshop”というコレクションを発表。当日のあまりの買い物客の殺到に入場規制が敷かれ、1人あたりの試着枚数、購入枚数まで制限されるほどになる。イギリス本土に数日遅れで、アメリカでも発売される。かの名高きバーニーズ・ニューヨークにてハイストリートブランドを取り扱う異例の事態だったのだが、こちらもイギリスと同じく早々に完売するアイテムがある人気ぶり。フランスでは有名高級セレクトショップ、コレットが取り扱う。

日本では原宿に唯一あるTopshopの直営店舗にて、5月25日より販売された。

■私生活

恋多き女性として知られるケイトだが、その中でもっとも有名なのが俳優のジョニー・デップとの交際である。デップの独特な私服のセンスはケイトに影響を受けたとも言われる[30]。3、4年と長期にわたり交際し婚約もしていたが有名なふたりは多くのパパラッチから注目をあびそのストレスから婚約破棄。ケイトはこの失恋の痛みを癒そうとアルコールに走り、アルコール依存症で入院したこともある[31]。
ビリー・ゼイン、マリオ・ソレンティなどとの交際歴もある。
イギリスの雑誌『デイズド & コンフューズド』の創設者であり編集長だったジェファーソン・ハックと交際し、2002年9月に娘・ライラを授かる。結婚はせずに、2004年に破局した。しかし、現在もハックと娘と3人で過ごす姿が目撃されている[31]。
ピート・ドハーティとは交際と破局を繰り返した。彼女の薬物スキャンダルはドハーティの影響ではないかと噂された[30]。婚約し2007年1月に挙式をするといわれたが、その後、破局。フランス版「VOGUE」にピートとのデュエット曲のCDが付録なる予定であったがその号の発売直前に2人が破局したため、CDはお蔵入りとなった[30]。
ピートと破局後、一時期、オジー・オズボーンの息子・ジャックとの恋仲が噂された[30]。
2007年頃からザ・キルズのジェイミー・ヒンスと交際している[32]。
コートニー・ラブと90年代にイタリア・ミラノにてレズビアン初体験をしている。[33]

2011.7.1日(現地時間)の午後、かねてから交際中だったロッカーのジェイミー・ヒンスとイギリスのコッツウォルズの聖ピーター教会で結婚式を挙げた。(シネマトゥデイ)

■関連書籍

『ケイト・モス 美しく呪われし者』(ブルース・インターアクションズ、2007年)

■脚注

・Kate Moss in the FMD-database. Accessed 2008-07-27.
・The Biography Channel. “Kate Moss Biography”. 2008年5月19日閲覧。
・“Kate Moss”. Marie Claire UK. 28 May 2009閲覧。
・ Kiri Blakeley (16 July 2007). “The World's Top-Earning Models”. Forbes. 28 May 2009閲覧。
・Family detective: Crack adict Kate Moss.[リンク切れ] The Telegraph. Retrieved on 2007-09-27.
・Fred Vermorel, Addicted to Love: Kate Moss, Omnibus Press, second edition, 2007, p. 12(ISBN 978-1-84609-755-3).
・“Awards - Winners 2007”. NME.com. 2007年3月7日閲覧。[リンク切れ]
・“Sunday Times - Rich List: Kate Moss”. The Sunday Times (2007年). 28 May 2009閲覧。
・“Rich List 2009: Kate Moss”. The Sunday Times (23 April 2009). 28 May 2009閲覧。
・“In Camera Kate Moss”. SHOWstudio. 2007年1月29日閲覧。
・“In Camera Kate Moss”. SHOWstudio. 2007年1月29日閲覧。
・“Kate officially a style icon”. The Sydney Morning Herald (7 June 2005). 2007年1月27日閲覧。
・Nick Gibbens (9 March 2006). “Kate Moss named top fashion icon”. 999 Today. 2007年1月27日閲覧。
・“Kate Moss Appears in Vanity Fair as 'Best-Dressed'”. Fox News (31 July 2006). 2007年1月29日閲覧。
・“Kate Moss receives Fashion Icon award”. MSNBC (21 June 2005). 2007年1月29日閲覧。
・“Celebrity Trend: Kate Moss in Waist-Cinching Belts”. Rogueconnect (19 May 2006). 2007年1月29日閲覧。[要高次出典]
・“Kate Moss is a "Super Tramp" say Peta”. Female First (21 February 2008). 28 May 2009閲覧。
・“Rimmel Advert featuring Kate Moss”. Rimmel (20 November 2007). 20 November 2007閲覧。
・“Vogue Magazine Archive”. Vogue UK. 28 May 2009閲覧。
・“Kate Moss Confirmed for TopShop”. Fashionising.com (20 September 2006). 20 January 2010閲覧。
・“Kate Moss Fragrance on the Horizon”. Fashionising.com (16 December 2006). 20 January 2010閲覧。
・“Kate Moss”. Forbes (2005年). 29 January 2007閲覧。
・“Kate Moss”. Forbes (2006年). 29 January 2007閲覧。
・Freeman, Hadley (3 November 2006). “Controversy as Moss wins fashion Oscar”. The Guardian 17 April 2007閲覧。
・Bizarre: Kate Moss dumped by 7 brands.[リンク切れ] The Sun. Retrieved on 28 August 2007.
・Models.com Database | http://models.com/models/Kate-Moss
・“LagunaMoon featuring Kate Moss” (2011年). 2011年閲覧。
・ZAKZAK. “英スーパーモデル、ケイト・モスにコカイン疑惑”. 2008年8月25日閲覧。
・彼女を擁護していた一人として最も有名なのが、デザイナーのアレキサンダー・マックイーンである。薬物スキャンダル発覚直後のパリコレで、「We Love You Kate」とプリントされたTシャツを着てランウェイに登場した話は有名
・「ノブ山田のファッション観察記Vol.59「ケイト・モス 史上最強のファッションアイコン 薬物スキャンダルから復帰したが・・・」」、『日経エンタテインメント!』第10巻第6号、日経BP社、2006年4月、pp. pp.164。
・エル・オンライン. “ケイト・モス伝説”. 2008年8月16日閲覧。
・エル・オンライン (2008年). “ブーツ&&ーティの履きこなし術をチェック!”. 2008年10月24日閲覧。
・エル・オンライン (2010年). “コートニー・ラブ、ケイト・モスとのレズビアン関係を告白”. 2010年5月21日閲覧。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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