「大事な話があるんだ」を僕が録音の途中で飲み込んだ理由
文字をやめて、声にした
その部屋の前の歩道で、彼女にメッセージを送ることにしました。文字で打ちかけてはやめ、ボイスメッセージに切り替えます。最初の一言も決めてありました。「大事な話があるんだ」。なのに録音ボタンを押した直後、その始め方では悪い知らせに聞こえる気がして、迷いが生まれました。息を吸ったまま、僕はひと呼吸だけ待ちます。出てきたのは用意した一言ではなく、彼女の名前のほうでした。
「今度の休み、空けておいてほしい」
それだけ言って、送信しました。自分の録音は、一度も聞き返していません。
先に全部、整えるつもりだった
部屋探しは、ひと月ほど前にひとりで始めました。仕事のあとに寄り道をして、候補を順番に見て回ります。その分だけ彼女への返信は短くなりがちで、前から決めていた約束も延ばしてしまいました。鍵を持って報告するくらいが格好もつくと、自分に言い聞かせていました。
考えが変わったのは、あの部屋を見たときでした。日当たりも間取りも、彼女の好みが先に浮かぶ部屋です。ここから先は、ひとりで決めていい範囲ではなくなっていました。
録音への返事は、すぐに届きました。
「わかった。空けておく」
内心では、こちらと同じ温度の返事を期待していました。何も知らせていない相手にそれを求めるのは、ずいぶん身勝手な話です。
3秒は、自分で聞くと長かった
当日、改札を出てきた彼女は、笑う前にこちらの鞄へ目をやりました。公園のベンチに並ぶと、先に口を開いたのは彼女のほうです。
「あのメッセージ、名前の前に間があったよね」
覚えはある間でした。ただ、録音に残っている自覚まではなく、僕はその場で初めて自分の耳で確かめます。聞いてみると、その3秒は言い訳のできない長さでした。
「大事な話があるんだ、って最初に言うつもりだった」
そう白状して、鞄から間取り図を取り出しました。
「ふたりで住める部屋、ずっと探してた」
短い返信の理由も、延ばした約束のことも、隠さず並べました。聞き終えた彼女は、ペンの丸印を指でなぞってから顔を上げました。
「その部屋、今から見に行ける?」
その声で、欲しかった返事はこれだったのだとわかりました。
そして...
不動産屋は、待ち合わせた駅の改札からすぐの場所にあります。歩きながら内見の都合を電話で尋ねるあいだ、彼女は間取り図を開いたまま、歩調を合わせてついてきます。
(20代男性・営業職)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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