「すぐ返すから」と言った僕が、あの傘をずっと返せなかった→口に出せない理由がありました
好きな人から借りた傘を、その日のうちに手放してしまいました
あの日、僕の傘が壊れて困っていたとき、彼女は「よかったら、これ使って」と自分の傘を差し出してくれました。僕は「ごめん、助かる。すぐ返すから」と受け取りました。
前から彼女のことが気になっていたので、自分の傘ではないその淡い水色を差して帰るだけで、不思議とあたたかい気持ちになりました。
会社を出ていつものバス停に着くと、別の部署の後輩がずぶ濡れで立っています。聞けば、傘を持たずに出てしまい、これから駅まで歩かなくてはいけないとのこと。
借りものの傘だと頭では分かっていました。それでも、目の前で震えている後輩を放っておけず、僕は手にしていた傘を差し出しました。
「これ、使ってください。僕はもうすぐバスに乗るので」
後輩は「必ずお返しします」と頭を下げ、傘を差してバス停を出ていきました。その後ろ姿を見送りながら、ようやく実感が湧いてきたのです。今渡したのは、あの人から借りた、大事な傘だったと。
返してほしいのに、なかなか後輩とタイミングが合いません
家に帰っても、後悔ばかりが押し寄せました。借りた傘だと分かっていたのに、その場の流れで渡してしまった自分。あんなに大事に思っていたはずなのに、いざとなれば他人に手放してしまう。
それでも、ずぶ濡れの後輩を見て見ぬふりはできなかった。助けたい気持ちと、あの傘を守りたい気持ちが、夜になっても片付きませんでした。
翌日、後輩になるべく早く返してほしいと頼みました。後輩は「必ず」と言ってくれたものの、こちらは外回り、向こうは内勤と、時間が合わずに数日がすぎていきます。
すれ違うたびに頭を下げられて、こちらも強くは言えませんでした。そのあいだも彼女とは毎日顔を合わせるのに、後ろめたさで目を合わせるのが怖くなっていきました。
遠回りでも、自分の足で取りに行くしかありませんでした
このまま待っていても変わらない。そう思い直して、僕は後輩の部署まで直接取りに行きました。後輩は「わざわざすみません」と恐縮しながら、その場で淡い水色の傘を返してくれました。
手元に戻った傘を見ていると、口実にしがみついていた自分が情けなくなりました。借りたものは、自分の手で守りきらなければいけなかった。傘があるから話せるのではない。話したいのなら、ちゃんと返したうえで、自分の言葉で伝えればいい。そう、やっと思えました。
そして…
それから、僕はようやくあの傘を返しに行きました。「これ、ずっと借りたままでごめん。本当に助かったよ」。彼女は「ううん、気にしないで」と軽く笑ってくれました。
本当は、この傘がどんな道のりで戻ってきたか、なぜすぐ返せなかったのか、全部伝えたかった。「あのさ、」とまで言って、けれどその先が続きませんでした。結局僕は「いや、ありがとう。それだけ」と、いちばん言いたいことから逃げてしまいました。
次に雨が降ったら、今度こそ自分の言葉で声をかけよう。たたんだ傘を見るたび、僕はそう心に決めています。
(30代男性・会社員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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