『実家に帰らせていただきます』の置き手紙→『自分史』を書き始めた俺が見つけた答え
思い当たる節が、思い出せない
便箋の他に、何の置き手紙もありませんでした。喧嘩をしたわけでもありません。最後に話したときも、俺はテレビを見ながら『今日も疲れた』と言って、いつも通りソファから寝室へ向かいました。妻はキッチンで皿を洗っていたはずです。スマホを開いて電話をかけました。コール音は鳴りますが、出てくれません。義実家にかける勇気は、まだありませんでした。何が悪かったのか、何が引き金だったのか、思い出そうとしても出てきません。それ自体が答えなのかもしれない、と、そのときの俺はまだ気づいていなかったのです。
検索バーに打ち込んだ言葉
ノートパソコンを開いて、検索バーに『妻が怒っているときの対処』と打ち込みました。出てきたのは、見飽きるほど見慣れた助言ばかりでした。『話を聞く』『感謝を伝える』『家事を分担する』。
次に『家事分担の平均』を調べました。共働き夫婦の家事分担は、女性側に7割以上が偏っているのが平均だと、画面に表示されました。俺は7割どころか、0割の側でした。言い訳のように『営業職の残業時間』も検索しました。確かに俺の残業は平均より多めでしたが、それを盾にしてきた自分が情けなくなったのです。『夫婦のやり直し方』『妻が出て行ったときの連絡』。検索を重ねるほど、画面の向こうにいるのは、俺と同じ立場の男たちでした。
『30代の自分史の書き方』
検索を続けるうちに、ふと手が止まりました。出てくる答えはどれも正しくて、どれも今の俺には間に合わない気がしたのです。新しいタブを開いて、『30代の自分史の書き方』と入力しました。30代でこれを検索するのは早すぎる、と思いました。でも、結婚してから今までの5年間で、自分が何をしてきたのか、妻に何を返してきたのかを、最初から書き出してみないと分からない気がしたのです。新規ファイルを作って、『俺の30年』というタイトルを付けました。一行目に、結婚した日のことを書きました。二行目に、新婚旅行のことを。そこから先は、書ける出来事がほとんどありませんでした。
そして...
書きながら、何度もキーボードから手を離しました。妻と過ごした5年間に、俺が主語の出来事がほとんどなかったのです。買い物に行ったのも、料理を考えたのも、両親の誕生日を覚えていたのも、ぜんぶ妻でした。俺は『今日も疲れた』を5年間繰り返していただけでした。書き終わる頃には、外が明るくなっていました。連絡する資格があるのかどうか、まだ分かりません。妻が戻ってきてくれるかも、分かりません。それでもこのファイルを、いつか妻に見せたいと思いました。あの便箋に書かれた『実家に帰らせていただきます』の意味を、俺はようやく、自分の言葉で受け止め始めたところです。
(30代男性・営業職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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