母の「犠牲にした」という言葉が重くて距離を置いた俺が、結婚式前夜に原稿を書き直した夜のこと
繰り返された「犠牲」という言葉
3歳のとき両親が別れ、俺は母に育てられました。父からの養育費は半年で途絶えたと、後になって知ったことです。母はパートを掛け持ちしながら、眠る時間を削って俺を育ててくれた母。感謝しかないはずなのに、ある時期から母の口癖が胸に重く刺さるようになりました。
「あんたのために犠牲にした」
一人暮らしを決めたとき、就職が決まったとき、結婚相手を連れてきたとき。節目のたびに、同じ言葉を聞きました。そのたびに俺は返す言葉を失い、食卓の会話は途切れました。
実家から逃げた数年間
就職して家を出てから、俺は実家に寄りつかなくなりました。電話も最低限。母を嫌いになったわけではありません。ただ、顔を合わせるたびに「犠牲」という言葉を受け止めるのが怖かったのです。自分の人生を選ぶたびに、母の人生を削っている気がする。その罪悪感が積み重なって、息苦しくなっていきました。同時に、こんな形で距離を取る自分を、心のどこかでずっと責めてもいました。逃げている自覚はあったのに、どう向き合えばいいのかは分からないままでした。
婚約者が気づいてくれた母の顔
婚約者を初めて実家に連れていった夜、帰り道で彼女がぽつりと言いました。「お母さん、犠牲にしたって言うたび、すごく不安そうな顔してたよ」。自分では気づけなかった視点でした。母は俺を縛りたかったわけじゃなく、縋るしかなかったのかもしれない。25年、一人で背負ってきた人に、「もう一人で背負わなくていい」と伝えてこなかったのは俺のほうでした。式の前夜、用意していたスピーチ原稿を白紙に戻し、最初から書き直しました。
そして…
マイクの前に立ったとき、手のひらは汗ばんでいました。「母さんは誰より強い人です。全部一人で背負って、俺をここまで育ててくれました」。会場の奥で、母の目が潤むのが見えました。続けて「だから俺は、母さんにもう一人で背負ってほしくない。これからは隣にいる人と一緒に、母さんのことも支えていきます」と伝えました。式を終えた夜、メッセージを送りました。「今日は来てくれてありがとう。これからは、母さんの時間も大切にしてね」。
翌日、返信は一枚の写真でした。久しぶりに本屋へ寄ったと、短く添えられていました。25年分の時間を、母がゆっくり自分のものに戻していけたら、それでいい。今はそう思っています。
(20代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。(ハウコレ編集部)
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