

人間の“リアル”を追い求めた成瀬巳喜男監督作品の驚くべき普遍性 いま見つめ直すべき映画史に刻まれたリアリズムの凄み

日本映画界を代表する名匠・成瀬巳喜男監督が生誕120年を迎える2025年。繊細な人間観察で描き出された数々の名作は、今なお多くの映画ファンや映画人を魅了し続けている。成瀬監督の世界観、静かで丁寧な描写、圧倒的な説得力がもたらす魅力は、令和のいまにも普遍的な輝きを放つ。節目の年である2025年に、リアリズムから掘り起こされた“現実の美しさ”を描く成瀬監督作品の凄みに迫る。
成瀬巳喜男監督のリアリズム
成瀬巳喜男監督は1905年、東京で生まれた。映画業界でのキャリアとしては1920年、松竹蒲田撮影所へ小道具係として入社が始まりとなる。それから10年という下積み時代を過ごしたのち、1930年に短編喜劇「チャンバラ夫婦」で監督デビューを果たす。
その後、1934年に新興のPCL(後に東宝と合併)へ移籍して無声映画時代から映画制作に携わり、戦前・戦後を通じて多くの名作を手掛けた。現場主義を重んじ、俳優やスタッフとの信頼関係を大切にした監督として知られている成瀬。過度な指示を控える傾向があった一方で、裏には綿密な計算と確かな映画観を持ち合わせていた。
成瀬は俳優の自然な演技や生活感溢れる描写を巧みに引き出す。セリフの言い回しや立ち居振る舞いに対して細やかな注意を払いながらも、あくまで演出は俳優の個性や自然な演技を重んじた。すると登場人物の内面や日常に生まれる微妙な感情の揺れが、俳優たちの“リアル”を通して生々しく伝わってくる。成瀬監督は映画を技術や演出で彩るのではなく、人間の生身…ありのままを捉えて映し出す舞台としたのだ。
そんな成瀬監督の作品といえば、特に女性の生き様や家族、日常の中に潜む哀愁や葛藤を描き出すタイトルが多い。彼の作品は主婦や労働者、家族の絆や崩壊、日常の些細なできごとを通じて人間の本質に迫る。
稀代の名監督・小津安二郎がこぼした「俺にできないシャシンは溝口の『祇園の姉妹』と成瀬の『浮雲』だ」という言葉も、成瀬の評価を表す一端として有名だ。胸を躍らせるスペクタクルではなく、静かな視線でじっと人生を見つめ続けるような成瀬作品。そのリアリズムは現代にも通じる普遍的な人間ドラマとして、常に見つめ直されている。
高く評価される主な作品の特徴とは
成瀬巳喜男監督の代表作は多岐にわたるが、有名な「浮雲」以外に国内外の映画評論家から高い評価を受けてきた作品は枚挙にいとまがない。特に有名な作品は単なる感情劇や設定の面白さに頼るのではなく、登場人物の内面や生活の細部にまで丁寧にカメラを向けた成瀬のリアリズムを体現したタイトルが挙げられる。
たとえば成瀬が手掛けた「君と別れて」では、芸者の身で1人息子を育ててきた“母”とその妹芸者のやり取りが目を惹く。芸者である菊江(吉川満子)は息子・義雄(磯野秋雄)を苦労して育てたものの、水商売を生業とする母に反発する息子は不良仲間とつるむようになる。しかし妹芸者の照菊(水久保澄子)と義雄は親しい仲になっていた。
菊江が持つ母としての苦悩、そして貧しい実家のために仕送りをしなければならない照菊。どちらもよくあるテーマのように見えるが、さすが成瀬監督作品というべきところは“女性が聖母として描かれないこと”にある。
昭和の価値観で描かれる苦労人の女は、理不尽のなかでも愛のために耐え続けるのが美徳とされてきた。だが成瀬監督作品では、女たちはその苦悩を“当たり前”に投げ出したいと願っている。恋のため、生活のため、自分のため…どこにでもいる人間として描かれる彼女たちがもがく姿は、まさに成瀬作品の真骨頂と言えるだろう。
また「乱れ雲」も、高く評価されている成瀬作品の1つ。妊娠中に夫を事故で失った女性とその加害者である男性が、憎しみと愛情、罪悪感と救いを求める気持ちの間で揺れ動く。ドラマチックな設定のなかにあって、そこに生々しいまでの説得力を持たせる繊細な演出と名優たちの演技は見事だ。
成瀬監督は加害者・被害者の関係にある2人が、互いに惹かれ合いながらも“過去の重さ”に縛られて前に進めない心理を、言葉だけでなく生活の細部や自然描写を通じて表現する。観客は被害者と加害者の双方が抱える苦悩や、日常に潜む残酷さ、そしてそこから生まれる新たな感情に引き込まれてしまう。
音楽や風景、役者の表情1つにいたるまで計算し尽くされた成瀬監督の映像。観る者の胸へ静かに、そして力強く迫るリアリズムの凄みがそこにある。
「上海の月」と「勝利の日まで」をテレビ初放送
多様な作品を世に残した成瀬巳喜男監督の生誕120年を記念して、CS放送「衛星劇場」では同監督の特集を放送。なかでも山田五十鈴が中国人アナウンサーを演じ、上海ロケで製作されたサスペンス「上海の月」(7月4日[金]夜7:30~ほか)はテレビ初放送となる。オリジナルフィルム約114分のうち、現存する約53分を放送。
また「勝利の日まで」(7月3日[木]昼11:15~ほか)も同じく、テレビ初放送。戦時中に制作された慰問用ミュージカル映画で、“ロケット砲に俳優やスターを詰めて発射する”という多くの成瀬作品とは趣が異なる奇想天外な設定が見ものだ。こちらもオリジナルフィルム約59分のうち、現存する約15分が放送される。
さらに従来の成瀬節を楽しめる「生さぬ仲」(7月4日[金]夜6:00~ほか)、「腰辨頑張れ」(7月3日[木]昼11:45~ほか)、「君と別れて」(7月4日[金]深夜1:15~ほか)といった名作もオンエア。成瀬監督の生誕120年という節目の2025年。貴重な名作に触れる機会を逃がす手はないだろう。
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