映画『ミス・シャンプー』より

ヤクザ映画で見る台湾エンタメ最前線 『我、邪で邪を制す』『角頭-彷徨人』『ミス・シャンプー』ほか

2024.12.24 19:00
映画『ミス・シャンプー』より

アクションやサスペンス、ラブストーリーに青春物語、果てはホラーまで……。暴力団やチンピラの抗争や仁義を描く「ヤクザ映画(任侠映画)」は、ただ暴力を描くだけでなく、ありとあらゆるストーリーを受け入れてきた映画界の一大ジャンルだ。日本でも観客から熱狂的に愛され、同時に作り手たちが映画づくりの技術を磨く場でもあった。日本と同じく、台湾のヤクザ映画も多種多様。今回はNetflixで気軽に観られる作品のなかから、いま特に注目しておきたい2本をはじめとする個性豊かな作品をご紹介したい。

実在の極道がモデル、衝撃アクション『我、邪で邪を制す』

狙ったターゲットを公然の場で襲撃し、台北の裏社会でも凶暴と恐れられる男・陳桂林。台湾全土で指名手配犯のトップ3に入る彼は、愛する祖母の死後、自身も末期ガンのため余命宣告を受ける。しかし、もはや失うものがなくなった陳桂林には考えがあった。同じくトップ3の残り2人を自らの手で殺し、せめて人々の記憶に残りたいと考えたのだ。数少ない手がかりを頼りに、彼は「香港人」こと許偉強と、「牛頭」こと林祿和の行方を追いかける……。

いかにも突飛なストーリーだが、本作『我、邪で邪を制す』の原題は『周處除三害』。中国三国時代、乱暴者だった呉の武将・周処が、村の長老から「虎と龍、そしてお前という“三害”がいなくならないかぎり安寧はない」と告げられ、虎と龍を退治しに出かけたという故事が物語のベースになっている。

しかも興味深いのは、本作に登場する“三害”、すなわち陳桂林と「香港人」、「牛頭」がそれぞれ実在の人物をモデルとしていることだ。陳桂林のモデルは、台湾三大暴力団のひとつ・竹聯幇(ちくれんほう)にかつて所属した劉煥榮。1980年代から数々の銃撃事件・殺害事件に関与した疑いで指名手配を受け、のちに逮捕されるが、被害者は全員極道者であり、罪なき人物は誰も殺していなかったともいわれる人物である。

歴史的故事から実在の殺人犯・極道者まで、さまざまなエピソードにインスパイアされた本作は、まさか実話がモデルとは思えないほど予測不可能なストーリーが見どころ。陳桂林がライバルを追い、その陳桂林を刑事が追いかけるなか(この刑事にもモデルが実在する)、物語の舞台や登場人物の顔ぶれ、さらに作品のテイストもゴロゴロと変化していくおもしろさがある。

監督・脚本は、香港映画界から台湾進出を飾ったウォン・ジンポー。ドローン撮影を駆使した市街地でのダイナミックな追跡劇でオープニングから観る者を惹きつけ、激しいアクションやショッキングな暴力描写にも真正面から挑んだ。息もつかせぬ展開と卓越した演出力で、アクションとサスペンス、ブラックユーモア、かすかな恋愛要素などがぎっしり詰まった134分を一気に観せてくれる。

主演は、同じく台湾を代表するヤクザ映画『モンガに散る』でも知られるイーサン・ルアン。共演はエドワード・ヤン作品でもおなじみの名優で、作家・映画監督でもあるチェン・イーウェン、『返校 言葉が消えた日』などの人気女優ワン・ジンら。

本作はまさに台湾ヤクザ映画の最前線として、ジャンルに収まらない高評価を獲得した。2024年の台北映画祭では長編映画作品賞を含む14部門にノミネートされ、主演男優賞・助演男優賞(リー・リーレン)を受賞。現代の台湾映画を知るうえでも欠かせない一作である。

大人気シリーズのスピンオフ『角頭-彷徨人』

台湾映画界でいま最もヒットしているのが、ヤクザ映画『角頭』シリーズだ。日本語では「ヤクザの親分」という意味で、2015年の第1作『角頭(原題)』を皮切りに、2018年に続編『角頭2:王者再起(原題)』が製作され、今年(2024年)8月には最新作『角頭—大橋頭(原題)』が公開された。

2021年公開の『角頭-彷徨人』はシリーズの第3作にして、前作『角頭2』の6年前を舞台とした前日譚。台北の“北館”を拠点とするヤクザのシンこと林玉慶は、“湳坑”を率いる組長の娘の誕生日パーティーで、撮影にやってきた女性カメラマンの詩淇と出会う。両親がいなかったばかりにヤクザとなったシンと、よく似た境遇ながらカタギとして暮らしてきた詩淇はたちまち惹かれ合う。しかしそのころ、湳坑の跡継ぎであるセカイが麻薬ビジネスで勢力の拡大を図り、北館に異変が訪れる……。

極道が関与する台北の都市開発を背景に、北館と湳坑の間に流れる抗争の気配、そしてシンと詩淇の恋模様を描いた本作は、もちろんヤクザ映画ではあるものの、アクションや暴力描写は比較的抑えめ。立場を超えたラブロマンスを主軸に、男たちの信頼と友情をサブストーリー的に据えた人間ドラマとなっている。過去作からの登場人物も多いが、物語は独立しているので、シリーズの流れを気にすることなく観られる一本だ。

『我、邪で邪を制す』はトリッキーな脚本と細部まで凝った演出が冴え渡る娯楽作だが、この『角頭―彷徨人』はオーソドックスでベタなドラマティックさがポイント。王道の少年漫画を思わせる安心感は、このシリーズがコアなジャンル映画ファンのみならず、一般層にも広く受け入れられている理由のひとつだろう。

本作は興行収入2億台湾ドルの大ヒットとなったが、『角頭』シリーズは新作のたびに前作を上回る興行収入を叩き出すのがスゴいところ。最新作『角頭—大橋頭』では2.24億台湾ドルを記録し、週末ランキングでは『デッドプール&ウルヴァリン』を超える4週連続No.1を獲得した。残念ながら本作を除くシリーズ作品は現在配信されていないが、いずれ全作が日本語字幕で鑑賞できる日が来ることを期待したい。

まだまだあるぞ、台湾ヤクザ映画

Netflixでは、『我、邪で邪を制す』と『角頭―彷徨人』のほかにも、台湾発のヤクザ映画や、個性豊かなヤクザやチンピラたちが活躍する台湾映画がいくつも配信中だ。

『君が最後の初恋』は、韓国映画『傷だらけのふたり』を台湾でリメイクしたラブストーリー。借金取りのアーチョンが、父親の借金を肩代わりするハオティンに一目惚れし、ともに借金を返済するため動き出すが……。主演は『先に愛した人』のロイ・チウと「次の被害者」のティファニー・シュー、なんと本作をきっかけに私生活でも結婚した。監督は長編デビューとなったイン・チェンハオ、プロデューサーは『僕と幽霊が家族になった件』監督のチェン・ウェイハオ。

青春映画『あの頃、君を追いかけた』で知られる監督・脚本家のギデンズ・コーは、実はヤクザ映画にも取り組んでいる。原作・脚本・監督を務めた恋愛コメディ『ミス・シャンプー』は、暗殺者に命を狙われたヤクザのタイが、命の恩人である美容師見習いのフェンとの熱い恋を繰り広げながら、親分殺しの犯人を探す物語。ストーリーこそ王道ながら、ハイテンションでクセのある笑い(+下ネタ)が全編を覆ったカオティックな異色作だ。しかし、その先に浮かび上がる人間と恋のあたたかみにギデンズ流の美学がある。

ギデンズが脚本・プロデュースを担当した、『ミス・シャンプー』にも出演している俳優クー・チェンドンの長編監督デビュー作が『黒の教育 ディレクターズ・カット版』。高校を卒業したばかりの男子3人の悪ノリが、やがて恐ろしい事態へと発展してゆく陰惨なブラック・コメディで、幼稚な高校生たちの前に大人のヤクザが立ちはだかる。暴力表現やグロテスクな演出も含め、今回紹介したなかでは本作が一番ハードな仕上がりだ。

ひとことに「台湾ヤクザ映画」とはいえ、そのバリエーションの豊富さは、これらの作品を観てみるとすぐにわかるはず。台湾の都市空間や路地裏、ローカルな風景が随所に映り込むのも醍醐味のひとつ、日本とは異なる味わいをぜひ楽しんでほしい。

文/稲垣貴俊

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