宮藤官九郎にインタビューを行った

宮藤官九郎「社会派コメディーで、考えさせる物語があってもいいんじゃないか」、劇場版「ゆとりですがなにか」誕生秘話を明かす

2023.10.27 10:01
宮藤官九郎に「ゆとりですがなにか インターナショナル」の誕生秘話についてインタビューを行った

2016年、“自身初の社会派作”と銘打ち、20代後半の「ゆとり第一世代」の悩める日常を鮮やかに切り取った連続ドラマ「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)で芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)を受賞した宮藤官九郎。高評価を受け翌年2週連続でスペシャルドラマも作られた同作が、令和になりコロナ禍を経て、6年ぶりに映画「ゆとりですがなにか インターナショナル」(公開中)として帰ってきた。

既に30代半ばにさしかかる正和(岡田将生)、山路(松坂桃李)、まりぶ(柳楽優弥)の3人を取り巻く状況は、この6年で様変わり。新たなZ世代の台頭や、ハラスメント問題、LGBTQへの向き合い、在日外国人の増加など、価値観のめまぐるしい変化にさらされてきた。そんな実社会の世相をまるごと煮込んで提示した宮藤本人は、本作で「社会派コメディーとしての原点に戻った」と述懐する。自ら生み出したヒット作も意外なほど冷静に分析する、当代随一のトップランナーに聞いた。

松坂桃李の一言「~みたいなのできないですかね?」で生まれた劇場版

――今回の映画「ゆとりですがなにか インターナショナル」は、松坂桃李さんからリクエストを受けたことがキッカケだそうですが、キャストの要望を受けて脚本を書くのは、珍しいことですよね?

キャスト発信っていうのは、初めてだと思います。もちろんゼロからじゃなく、既に世界観があるからというのもありますよね。元々、前回スペシャルドラマが終わったあとにも水田(伸生)監督から映画化のお話はあったんですが、僕がなかなか乗らなくて。というのも連続ドラマで始まったものだし、連続ドラマを書く醍醐味がある作品だと感じていたんです。

でも「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019年NHK総合ほか)の打ち上げの時に桃李くんが「“ゆとり”のメンバーで『ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2010年米)みたいなの、できないですかね?」って、それだけ言って帰ったんですよ。

それで「確かにハングオーバーだったら面白いかもな、だったらインターナショナルな設定でまりぶを追ってみんなで上海に行って、酒飲んで分かんなくなっちゃう話を」と水田さんに話して、プロットも書いたんです。それが2020年の2月ごろ。ちょうどダイヤモンド・プリンセス号が横浜沖に到着した頃でした。そしたらコロナがどんどん流行ってきて、海外ロケはダメということになり、でも最近は日本にも外国の方がたくさん住んでるし、そういう話をいろいろ盛り込んで、結局高円寺(正和の元職場だった居酒屋)から八王子(正和の実家)あたりの間でインターナショナル感を出すことになったんです。

――ご自身もコロナに罹患されて。病み上がりで最初に書き上げたのが本作だ、とシナリオ本の「ゆとりですがなにか インターナショナル」の前説にも書かれていますね。

そう、病み上がりで、予定していた劇団の公演も飛んじゃったし、何やっていいか分かんなくて、途中まで書いてたコレを、しょうがない、続き書こうかなって書き始めました。本当は2020年の秋に撮影しようとしていたんですが、それもダメになっちゃいました。

――そこからコロナ禍が3年続いたことでリライトも多々あり、最終的な脱稿まで社会情勢もさらに変化しました。かなり翻弄されたという印象ですか?

それもあるし、時間があったお陰で、本来の「ゆとりですがなにか」にちょっと戻ったような気がしてますね。最初は本当にハングオーバーをやろうとしてて、もっと登場人物が多くて広げた話を想定していたんです。勘が戻ってなかったのかもしれないんですけど(笑) 、正和の会社を買収した韓国企業の上司チェ・シネ(木南晴夏)の話は、もっと重たかったし。でも延期になって水田さんとやりとりしていくなかで、もう少し話を絞り込む方向で改訂して、この形になったんですよね。

前はゆとり世代が社会問題そのものだったんだけれど、今回は、ゆとり世代はもう社会の真ん中にいて、他の問題――男女同権とか、LGBTQとか、格差とか――を目の当たりにするという形に、最終的になっていきました。

そういう社会情勢も、今のエンターテインメントでは触れないでおくのが安全じゃないですか。でも触れないと「これがいい/これが悪い」っていうことすら言えない。例えばハラスメントはいけない、ということを言うためには、ハラスメントの場面を描かなくちゃいけない。でもそれだけで「けしからん」って目で見られる…まぁ、そもそも僕はそういう目で見られがちなんですが。しかも、コメディーにしないとやる意味がないんで、そのさじ加減がすごく難しかったですね。でも2016年に連続ドラマをやった時も「コメディーだけど社会派だ」っていうことは常に頭の中にあったので、そこに戻ったのかなっていう気はしますね。

コンプライアンス時代だからこそ…社会派コメディーをもう一度

――連ドラ執筆時にはゆとり世代にいろいろ取材を敢行されました。今回も取材をなさったとうかがいましたが、シナリオに反映されていますか?

前ほど取材は多くはないけど、中国人の方にも会いましたね。あとは前回会って、正和のモデルになった酒屋さんにもう1回会いました。でも具体的にエピソードをそのまま使うというよりは、会ったことで刺激されて、こうだったら面白いな…と考えていきました。でもそう言えば、その酒屋さんの社長は正和みたいにYouTubeやってたんですよね。やっぱそうだよね、今ならみんなやるよねって、そういう確認はしたかな。Z世代が出てきて、あのゆとりモンスターだった山岸(仲野太賀)がどちらかっていうと調整役になる展開とかは、実際に社会がそうなっているな、と感じたところから発想している感じです。

――フィクションであってもコンプライアンスがうるさい昨今、「社会派コメディー」は一番難しそうで、でもうまくいけば最高に楽しいジャンルですよね。

昔は邦画にも社会派とか、風刺喜劇っていうジャンルがあったと思うんです。山田太一さんのドラマでも、社会現象をそのまま描いていたりしたし。今は帰ってテレビつけて、頭使わずに見られるものがいいんだよ、なんて言われると、僕なんかあまり必要とされてないんじゃないかという気になりますよね。考えさせるものも、あってもいいんじゃないかなって思って書いたのが「ゆとり-」の始まりでした。そうしたら特に自分の身の回りで面白いって言ってくれる人が多くて、映画にもなった。でも昔はもっと多かったと思います。

――セリフにもコンプライアンスチェックが多く入ったとうかがっています。でも今回宮藤さんは、登場人物が問題発言をした直後に、隣の人物に「それ、問題発言」などと言わせて否定をさせる、という荒技を編み出したとか。

水田さんに言われて気づいたんですけど、確かにそうしているかも。セクハラとかパワハラみたいな会話って、本当はみんな言い合ってるのに、メディアにはあんまり出てこないところで、書いてみて分かったけどすごく面倒くさいし、難しいところではあるんですけどね。

――むしろそういう規制が多いほうが、反動で創作意欲が燃えるものなんでしょうか?

「この表現はちょっとマズいです」という意見って、クリエイティブじゃないですからね。そこ削ったら、面白くないじゃんって分かるはずなのに。「LGBTD」、山路の童貞をまりぶがからかうところなんて、僕は半分諦めてたけど、水田さんがすごく戦ってくれたんです。「これは“ゆとり”で散々やってきたことだし」って。童貞いじりをストレスに感じる人が多いのは肌で感じています。「笑えない」っていう意見も分かる。それで傷つく人がいるんじゃないかって思うと笑うに笑えない。僕だって、ハートフルで、誰も傷つかない系のやつを書けなくは……ないんですけれど、でも、みんなと同じもの書いてもしょうがないし。

ゴールがないドラマだからこそ「社会の変化が見えてくるんじゃないか」、老後編もありかも!?

――そもそも、6年も間が空いて続編を書くというご経験も、初ですよね?

初めてですね。続編的なものを(書き下ろしで)作るのって、これと「木更津キャッツアイ」(2002年TBS系、映画は2003・2006年)ぐらいだと思うんですが、「木更津」は岡田准一くんが演じたぶっさんって役が死んじゃうっていうゴールが最初に決まっていたから、無理して続けても、死ぬまでを延ばすか、死んだ後を描くしかないじゃないですか。それ両方やっちゃったし。でも「ゆとり」は前回スペシャルドラマをやった時も「ゴールがないドラマだな」って思ってたんです。ゴールを決めてまとめなくてもいいし、彼らがいる限り話が続いていくようなタイプの作品だなって。だから定点観測みたいに、一定の期間を置いてやることで社会の変化が見えてくるんじゃないかと思っていました。

あと、演じる彼ら3人がすごく仲が良くて、それぞれの役を演じることに思い入れを持ってくれているから「続けたい」って気持ちが伝わってくるし、現場もそういう気持ちだし、僕も「だったらこんな話が」って思いついていった感じですかね。6年経って、変わってたほうが面白いところと、変わっていないほうが面白いところ、両方あると思います。

――その間のキャストの皆さんの成長、変化も作品に落とし込んだりしましたか?

役に戻った時の瞬発力なんて、柳楽くんだったらまりぶが憑依したときの勢いみたいなのは「これこれ!」って思うし、それぞれ役割がハッキリしてきましたね。3人とも同世代で、今や全員主演をバンバンやっているわけです。他作品のキャスティングでもこの3人の名前はよく挙がるんですよ。実際僕も、他でも一緒に仕事しているし(岡田とは2023年の映画「1秒先の彼」、松坂とはNetflixの配信ドラマ「離婚しようよ」ほか)。そんな3人が戻ってくると、ただ続編やってるだけなのに、ちょっとスペシャル感ありますよね。責任も3分の1になってるから、いい感じで「3人から生まれるもの」を毎回やっていけるといいですね。その先は……衰え、老いみたいなのをもしテーマにやれるなら、それがアリなら、本当に面白いなと思います。

――完成した映画をご覧になっての感想は?

連続ドラマを観ていない人に対して、ささっと挿入される回想シーンがちょうどいい具合で補足してくれていて、水田監督の配慮だと思うんですが、さすがにうまいなと思いました。この映画だけを楽しむ人にも、山岸の頭おかしい感じも十分出てるし(笑)、「あいつが今はこんなにまともになったんだな」って分かるようになってる。あと、僕が一番楽しみにしていたのはハロウィーンのシーン。本当にケガしている人がいるのに、人が多すぎて相手にしてもらえないところ。撮影は大変だろうと思っていたけれど、思った以上の仕上がりになりましたね。

木南さんの韓国語も素晴らしかった!あんなに上手にしゃべってくれるんだ!って。笑いの間とかコメディーセンスも、あのチェ・シネ役は彼女で間違いなかったなと思いました。正和の妻・茜役の安藤サクラさんは、こういうセリフを書いたらこういう風に言ってくれるかな、こういう風に言ってくれたらうれしいなっていうのを全部確実にやってくれたましたね。お陰で最後はちゃんと夫婦の話に戻って行けました。山路の元カノ・佐倉悦子(吉岡里帆)さんも、スペシャルドラマではあまり登場できなかったので、今回お願いしてちゃんと出てもらえて、最後に出番が来るようにしたんですが、あそこもうまくいってよかったです。

宮藤官九郎のシナリオ本へのこだわり…「役者ってすごいんだな」と感じてもらえるはず

――本作の興収が良ければ次回作も、と水田さんはおっしゃっていましたが、もし続編をやるとしたら、どんな構想になりそうですか?

僕はやるんだったらやっぱり連続ドラマがやりたいんですよね。ちょっと物語が停滞するのが面白いと思うんで。2時間の映画だと、停滞しないで先に進めなきゃいけない。でも飲み屋で3人が喋ってるシーンの面白さって、停滞と迷走ですよね。寄り道して、先に進んでいないのに1時間楽しかった、考えさせられたっていう。自画自賛になっちゃうんですけど(連続ドラマの)第1話で、正和が山岸を叱責したあと、山岸が電車に飛び込んだと思って駆けつけて、2話で遺族の方に「すみません僕のせいです」って言っちゃったのが、実は全く他人だったけど、その他人(遺族の母・真野響子)との関係性がなんとなく続くっていう、それが「ゆとり-」ならではだと思うんですよね。あれができたのは連ドラだからだと思うんで…だから僕は連ドラがいいです(笑)

――今回もシナリオ本を出版されていますが、シナリオ本として楽しんでほしいところは?

映画を見たあとに「こういうト書きがあって、ああいう画になってるんだな」とか、木南さんにやっていただいたチェ・シネのセリフは、英語と韓国語と日本語とを「こういう風に書き分けてあって、それをあんなに完璧にやっているんだな」って読んでほしいですね。これを渡された役者さんたちがどんだけ頑張るとああなるのかが、シナリオ本を読むことで分かると思うので。そういう想像を膨らませるような読み方なら、スタッフ・キャスト以外の人が読んでも楽しいですよね。僕らもチェーホフやシェイクスピアの戯曲をありがたがって読むけど、シナリオってもっと一般の人が読んでもいいものなんじゃないかなと思っていたので、僕はずっと、出版するならノベライズじゃなくてシナリオ本にこだわってるんですよね。楽譜を読むみたいに「これをあの役者さん=演奏者がやると、こうなるのか」って読んでもらえれば。きっと役者ってすごいんだな、とかいろんなことを考えられるんじゃないかと思います。

◆取材・文=magbug

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