『ちょっとだけエスパー』が描いた“使い捨てられる人”の心情と優しさ

恋人の四季（宮崎あおい）が亡くなる未来を変えるため、1000万人の命が犠牲になることもいとわない兆（岡田将生）を見ていると、“トロッコ問題”が想起され、命の価値について考えたくなる。また、文太（大泉洋）を中心としたBit5のゆるい会話劇も面白く、さまざまな魅力が詰まったドラマだった。

ただ、行き場を失った人たちが、どのように利用され、使い捨てられるのかという点を、丁寧に映し出していたように思う。中でも、堕ちていく過程を、状況ではなく心情に焦点を当てていたことは特筆すべき点だ。人が堕ちていく様を描いた作品は珍しくないが、往々にして状況が悪化していく展開がメインに描かれやすい。ただ本作では、その過程の中での心情の揺れ動きを、細やかに見せていた。

1話で、主人公・文太は、兆が社長を務める謎の会社・ノナマーレの採用面接を受け、その際にちょっとだけエスパーになれる“Eカプセル”を飲んで無事に就職する。一般的に考えれば、よくわからない錠剤は飲まないし、そもそも実態が不明な会社の採用面接など受けに行かない。それでも文太が足を運んだ背景には、過去に会社のお金を横領したことにより、家族もお金もすべて失った限界サラリーマンという事情があったからだ。これは文太に限らず、ノナマーレの社員は後ろ暗い過去を抱え、ここに就職する以外に道がなかった。

そして、文太は「目覚まし時計を5分早める」などのミッションを課せられ、兆からはこれがより良い未来を作るための“善行”だと聞かされる。最初は訝しげだった文太も、徐々にやりがいを見出し、仲間と一緒に“働く喜び”を感じていく。ただ、その善行の裏で、2話では千田守（小久保寿人）が交通事故により死亡するなど、凄惨な事態を招いている。一応、市松（北村匠海）らYoung 3との出会いをきっかけに、自分たちのやっていることに不信感を覚え、兆に対抗するようになる。とはいえ、市松と出会わなければ、千田を間接的ではあるが死に追いやったことも知らぬまま、Eカプセルの副作用で亡くなっていたかもしれない。

闇バイトの末端にいた人の供述の中には、「最初は闇バイトとは知らず、気付いた時には抜け出せなかった」というものが少なくない。そうした話を聞くと、「事前に怪しいと思わなかったのか」「なぜすぐに引き返さなかったのか」と疑問符がつく。しかし、怪しい案件にも飛びつくしかないほど、ひっ迫していたのではないか。「またすぐに新しい働き口が見つかるかわからない」という不安から、目を背けたかったのではないか。文太たちを見ていると、そうした心情を察したくなり、使い捨てにされる人の気持ちに寄り添いたくなった。

だからこそ、最終回序盤に、かつて自分を嵌めた結城隼人（吉田鋼太郎）に復讐しようとするシーンが印象的だ。公私ともに結城を支え、結城の罪を被り、業務上横領と詐欺罪、公文書偽造で10年間も刑務所に服役することになった。

円寂（高畑淳子）は結城を家のガレージに閉じ込め、自身の“温めるエスパー”を駆使し、焼き殺そうとする。円寂の憎悪が溢れ出してしまったのか、ガレージの中から文太には、「私は幸せになりたいだけだったのに」「必要とされたかった」「誰かに愛されたかった」「この世界に愛されたかった」「愛したかった自分を」「この世界を愛したかった」と、円寂の心の声が届く。人を殺害しようとしている行動とは裏腹に、頭の中ではさまざまな未練を巡らせている。

円寂はノナマーレ社員の中でも兆に対する忠誠心が特に高く、加えてホームレスと一緒に食事をするなど、他者とのつながりを重んじていた。「必要とされたかった」「愛されたかった」と願い、「私は幸せになりたいだけだったのに」という思いが浮かんでいたことを鑑みると、誰かに愛され、必要とされることが、円寂自身の幸せだったのかもしれない。ただ、その優しさは結城、さらには手を差し伸べてくれた兆にまで利用されていた。

先ほど「怪しい案件にも飛びつくしかないほど、ひっ迫していたのではないか」など、使い捨てにされる人の心情を想像したが、円寂を見ていると「人に必要とされたいがために、引き返せなかった人も少なくないのではないか」という考えも浮かぶ。つまり、使い捨てられる人の中には、自分が何をやっているのかには気づかず、ただただ求められていることに喜びを見出している人もいるのかもしれない。行き場のない優しい人が利用されている、そんな悲しい可能性も感じた。

これらを真正面から描けば、説教臭くなりかねない。ただ、SFという非現実的な要素を加えることで、そういった“お叱り感”は和らいでいた。非現実的ではあるが、とても現実的で、さらには人間的なドラマだったように思う。