精神医療に寄り添う新ドラマ『Shrink(シュリンク)-精神科医ヨワイ-』の魅力と制作秘話
心の健康やメンタルヘルスに対する関心が高まっている昨今、精神科医を主人公にした新ドラマ『Shrink -精神科医ヨワイ-』(NHK総合、毎週土曜22時〜)が話題を集めている。原作・七海仁、作画・月子が手がける同名漫画が原作で、8月31日から放送開始された本作。精神科医・弱井幸之助(中村倫也)と看護師・雨宮有里(土屋太鳳)が毎回精神疾患を抱える人達に寄り添い、治療していくヒューマンドラマだ。
本作の監督を務めるのは、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ系、フジテレビ系)など話題作を制作してきた中江和仁氏。優しい雰囲気が流れ、精神医療の現実を丁寧に描いた本作について幅広く伺った。
一般的な連続ドラマは全10話ほど放送されるが、本作は全3話である。その理由として中江氏は「ドラマ化の企画を依頼された際、『8月31日に放送する単発ドラマとして制作したい』と提案されました」と説明を始める。
「8月31日は翌日に夏休みが明けるということで、子供の自殺件数が最も高くなりやすい日です。『そのタイミングでドラマを放送したい』と言われたのですが、さすがに1話のみでは多くの病を描けません。原作の魅力を伝えるためにも2〜3は登場させたいのですが、それだと単発ドラマでは難しい。加えて、最後に希望が見える展開にしたいのですが、90~120分の内容であれば中盤の重苦しいシーンが長くなり、『視聴者は見ていると苦しいだろうな』と考えました。そこで『せめて3話に分けて放送できませんか?』と話し合いました」
原作はすでに13巻まで出版されており、エピソード自体は豊富だ。その中で今回「パニック症」「双極症」「パーソナリティ症」の3つを選んだ理由は何なのか。中江氏は「まず『パニック症』は作品の世界観や弱井達の役割などを説明しやすいと考えました。また、実際に『パニック症』である人が私の周囲に多かったことも採用した要因の1つです」という。
「また、中高生を意識して制作を始めているので、発症が彼らの身近である『摂食障害』『パーソナリティ症』を選びました。ただ、この2つは原作通りに描くと登場人物の背景や展開が似通ってしまう。10話の連続ドラマであればそこまで気にしませんが、全3話ですのでそこは避けようと思い、話し合って『パーソナリティ症』を選択しました。残りの1話ですが、『パニック症』も『パーソナリティ症』も原作内の当事者が女性ですので、男性が当事者のエピソードということで『双極症』を選びました」
ちなみに、原作のタイトルは「パニック症」「双極症」ではなく「パニック障害」「双極性障害」となっている。ドラマでは「症」という言葉に変えた理由を聞く。
「WHO(世界保健機関)が作成している精神医療を含む医療全般の疾患を分類したマニュアル『ICD-10』が現在の日本では出回っています。ただ、最新版の『ICD-11』の日本語版が現在準備されており、その中では『パニック障害』『双極性障害』から『パニック症』『双極症』と言い換えられるようです。最新の表現を使用したかったことに加え、やはり『障害』という表現は『一生付き合わなければいけないもの』という印象を抱かせてしまいます。ただ、医療が進歩したことにより、治る可能性が高いものに変わりつつあるため、『障害』という言葉は使わない方向にしました」
次はドラマの内容を掘り下げる。1話「パニック症」では、雪村葵(夏帆)は原作ではなかったシングルマザーという設定が追加されており、息子・翔(白鳥廉)や元夫の母・文世(余貴美子)とのやり取りが見られた。オリジナル要素を足した理由について、「原作の『パニック障害』は1話で終わる短い内容だったため、『何かしらの要素を足さなければいけない』『誰かのために頑張る姿を描きたい』ということで、オリジナル要素を追加しました」と回答。
また、オリジナル要素で言えば、弱井と雨宮が葵の症状を確認するため、一緒に外で階段に上るシーンも印象的だった。「精神科医ってこんなに寄り添ってくれるの?」という疑問も浮かぶが、中江氏にとってはこだわりのシーンだったようだ。
「監修で入っている精神科医の先生は『病院内の階段で患者に付き添ってやることはあるけど、わざわざ外出して一緒にやることはほぼない』と話していました。また、『初診以外は5〜10分で診察は終わる』『そうしないとお金にならない』と精神科医の実情も教えてもらったのですが、『弱井のポリシー的にそういう接し方はどうなのか?』という疑問が浮かびました。
とはいえ、弱井はもともと看護師を雇っておらず、住居(兼医院)も大家さんの好意で格安で借りている設定です。そこで『診療時間が5〜10分ではなくてもクリニックは運営できるのか?』ということを実際に計算したところ、何とか雨宮を雇い、かつギリギリの生活をすれば弱井が生きていけるだけの収入を得られることがわかりました」
「リアリティを重視しつつも“患者にしっかり寄り添う”という理想も示したい」という思いから描かれたシーンであると語った。
精神医療を扱っている作品ということで、当事者に納得してもらい、誤解を与えない作品にしなければいけない。ドラマを制作するうえで注意したことは何なのか。中江氏は「監修で精神科医の先生には入ってもらっていますが、さらにいろいろな病院に行き、精神科医の先生方に取材させていただきました。役者陣も先生方に話を聞いたり、直接指導してもらったりなど、リアリティを追求するように努めました」と振り返る。その中でも特に苦労したシーンは2話「双極症」だったという。
「双極症は躁状態、鬱状態が反復する症状ですが、躁状態と鬱状態の間の状態“混合状態”というものもあります。ただ、混合状態にある人の動画を見せてもらったのですが、外見でパッと識別できるものではありませんでした。そこの撮影はかなり苦労しました。監修の加藤先生に丁寧に指導していただいて何とか演じていただくことができました」
多くの視聴者に癒しを与え、さらには精神医療の知識も学べる本作。最後に本作で伝えたいことを聞いた。
「3話で雨宮が『若い時に精神医療の知識を持っていれば……』と悔やむシーンがあります。私も近しい人を何人も亡くしており、雨宮のように『自分に何かできることはなかったのか?』『あの時何かしておけば今もあいつは生きていたんじゃないか?』と考えることは少なくありません。ただ、精神医療を身近に感じてもらえれば、当事者だけではなく、その周囲の人達の苦しみを和らげられると思います。本作を通して精神医療に対するハードルが下がれば嬉しいです」
少ない話数ながらも確実に多くの人の心に残っている。どのような結末を迎えるのかもしっかり見届けたい。
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