三中元克(さんなかもとかつ)

誕生日:
1990年7月24日
星座:
しし座
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三中元克のプロフィール

三中 元克(さんなか・もとかつ)

生年月日:1990年7月24日
出身:大阪府
血液型:A型

のお笑いタレント、俳優。2018年1月までは、お笑いコンビ『dボタン』のボケを担当していた。愛称は三ちゃん。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。トレードマークは、「岡村オファーがきましたシリーズ」でナインティナイン・岡村隆史が着用しているオファージャージを模して自ら作った青いジャージ。

■経歴
・めちゃイケレギュラー入り
2010年10月、フジテレビのバラエティ番組・『めちゃ²イケてるッ!』(以下、『めちゃイケ』)が行った新メンバーオーディションで、唯一"一般素人"から新メンバーに選出される。

元々は、根っからの『めちゃイケ』のファンであり、オーディションにおいては、中心メンバーである岡村のファンであることを公言した。『めちゃイケ』新メンバーに選出された際、同じくレギュラーメンバーである極楽とんぼ・加藤浩次から「これってすごいことだと思う。今日の合格発表まで素人で、合格した瞬間からプロになるわけだから」とコメントされ、矢部浩之からも「オカムランドリームですよ」と評された。その後、同年12月、『2011年フジテレビ新春キャンペーン』のイメージキャラクターに抜擢、後述のプロ転向宣言以前まで、タレントとしての活動は基本的に『めちゃイケ』のみであった。

フジテレビの番組『コンちゃんテンちゃん』の企画として、『お台場合衆国presents キラキラ WINTER LAND』(2012年12月15日 - 2013年1月6日)で出品するためのオリジナルメニュー・三中丼(人体に害のない着色料を使った青いご飯にたこ焼きを載せた丼)を開発し、2012年12月1日に放送された『めちゃ²イケてるッ! 冬も食べすぎ働きすぎ涙の2時間スペシャル!!』にて披露した。三中丼は見た目こそ悪かったものの、出演者からは美味しいとの称賛を得るも、岡村からは。「『めちゃイケ』を宣伝に使うな!」と突っ込まれ、同イベントで他のめちゃイケメニューと競わせることを宣言される中で「三中丼の売り上げが最下位だったらクビ」との通告を受ける。三中は、クビ回避のため連日屋台に立つことになり、2013年1月26日放送で発表された売り上げの結果では、6店中4位となり、何とかクビを免れた。

2013年9月、東名高速道路・足柄サービスエリア(下り線)で行われた企画「『めちゃイケ』サービスエリア」の総支配人に任命。2014年9月までのイベント期間中、東京での収録以外は支配人として店舗に立っていた。

・みちのくプロレス修行企画放棄騒動
2014年10月某日、『めちゃイケ』の新たな企画として新崎人生率いるみちのくプロレスへ強制的に入団させられ、プロレスラーを目指して修行することになる。本来プロレスラーになるためには入団オーディションに合格して練習生にならないと道場での練習はできないが、番組企画であることから「テスト生」ということで、云わば仮入団という形でみちのくプロレスの人気レスラー野橋太郎に協力してもらい、マンツーマンで練習に取り組み1ヶ月後に行われる練習生テストへの合格を目指した。しかし、野橋がいない時の自主練習では手抜きをするなど本気で取り組まなかったことで練習生テストに合格できなかった。その後新崎に再テストのお願いをして承諾されるが、野橋は自主練習で手を抜いたことやテストでの姿勢[注釈 5]を問題視し、三中を注意した。そこから野橋はトレーニング中は三中に厳しく当たったが、それにより三中は次第に「練習の過酷さ」「人間関係の悪化」など企画に対する不満をカメラの前で吐露したり、練習中に突然狂乱するなどの奇行を繰り返し[5]、遂には同年12月に寄宿先から脱走してしまう。

その時は公私共に親しかったジャルジャルを中心とする『めちゃイケ』メンバーの説得や、『めちゃイケ』にゲスト出演した経験を持つ素人の蓬田修士の激励もあって立ち直り、見事みちのくプロレスの練習生の再テストに合格して、他のメンバーや新崎、野橋からも称賛されるまでに至った[6]。

しかし、その後は企画の進展が停滞した事に加え、27時間テレビの製作準備などにより、めちゃイケメンバー・製作陣の間でプロレス企画への関心が薄れてしまった事から、「自分が『めちゃイケ』から忘れ去られてしまう焦燥感」に駆られた三中は「自分が今やっていることが分からなくなり、タレントとしてのアイデンティティーに苦悩したこと」を理由に、27時間テレビの本番目前だった2015年7月中旬に2度目の脱走をしてしまう。

その際は、前述したとおり27時間テレビの準備で多忙だっためちゃイケメンバーに代わって、番組スタッフが再三に渡り説得するも、三中は「もう企画に取り組むことはできない」の一点張りを続け、断固として考えを改めようとしなかった。そして遂には、寄宿先に無理矢理連れ戻されることを恐れて無断で帰郷し、関係者との話し合いはおろか、番組の収録さえもボイコットしてしまう。さらには番組側の許可を得ないまま、お笑いコンビ結成に向け、芸能事務所へ履歴書を提出したり、説明会やオーディションに参加している事が発覚し、事は説得どころの話ではなくなってしまう。この独断行為に加え、指導役だった野橋も三中を見限り、匙を投げてしまった為、めちゃイケ、みちのくプロレス両関係者は「これ以上の企画継続は不可能」という結論に至り、2015年9月16日に同企画の打ち切りと、三中のみちのくプロレスからの退団が正式発表された。

同月下旬、フジテレビ上層部は一連の騒動に激怒し、「企画放棄によって番組側やみちのくプロレスに多大な迷惑をかけ、さらには無許可で芸能活動を行った」という理由の下、三中に然るべき懲罰を与える方針を固め、『めちゃイケ』の番組制作陣に厳命する。 そして、番組制作陣による検討の末、先述の独断行為が「極めて重大かつ悪質な規約違反」に値するとして、最終的に『番組降板』という追放処分を科す方向で決まった。しかし、番組制作陣やスタッフの中には、番組の面目を潰す程の不始末を犯した三中をただ単に降板させるだけでは溜飲が下がらず、「視聴者の持つ三中のイメージを意図的に下げ、二度と『めちゃイケ』(およびフジテレビ)に関われないようにすべき」と推す声もあった。 そこで降板に際し、番組側に寄せられる批判を極力避ける目的も兼ねて、『再オーディション』という名ばかりの形式を取ることが決定された。

三中の身勝手さに批判が集中砲火する一方、制作陣の取った制裁措置に対しても「自分達が三中を新メンバーに選んだにも拘わらず、最終的にトカゲの尻尾切り同然に降板させ、あまつさえその処遇を視聴者に責任転嫁させた」といった非難の声が根強い。また、一部の視聴者からは「三中がプロレスラーを目指すこと自体無理があった」、「いくらなんでも(企画内容が)過酷すぎる」などといった、三中に対して同情的な意見も少なからず見受けられた。

しかし、それらの点に関しては、岡村が「自分よりも後から入ってきた若手のAD・APに対して不遜な態度を取る」など、騒動以前より素行や礼節の面で三中自身に問題があったことを述べ、放送の際はそういったシーンを編集などで誤魔化していたものの、次第にそうした対応ではフォローしきれないほどにまでエスカレートしていき、「このような対応を続けて『めちゃイケ』に居させても、番組だけでなく、三中自身にとってもプラスにならないのではないか」という懸念がスタッフやメンバーの間で強まっていた経緯を、三中が『めちゃイケ』を降板した直後のラジオ番組で明かしている。

この点については、三中本人も、『めちゃイケ』出演中期から末期にかけて、番組の企画などでファンと接する機会があった際に、自らが自覚しないところで横柄な態度を取ってしまい、岡村から直接叱責を受けたことを認めており、プロレス企画が行われた理由の一つには、自身の『性格矯正』という意味合いも兼ねていたのではないかと推測している。

・波乱のプロ芸人転向宣言と再オーディション不合格
2015年末、高校時代の同級生である臼杵寛と共に「ワンハンドレッド」を結成。その後、2人のラッキーナンバーである「3」にちなんで、コンビ名を「サンプライズ」に改名する。

2016年2月19日、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属することが発表された。そして、翌20日放送回の『めちゃイケ』収録時、他のレギュラー陣にプロ転向の意思表明をする。しかし、誰1人として理解を示した者はおらず、そればかりか『プロレス企画放棄』の一件を引き合いに出され、「番組から与えられた企画を投げ出しておきながら、プロ芸人を目指すのは、筋が通っていない」「お笑いを(プロレスから逃げるための)言い訳にするな」などと、厳しく糾弾されてしまう。

中でもよゐこの濱口優、鈴木紗理奈の両名は「ナイナイのカッコいい部分をやりたいだけ。そんなズルいことは無理」「(プロになる意味を)分かってない。分かってたら、今の環境を捨ててまで芸人になろうとは思わない」と断じるなど、他のレギュラー陣よりも激しく憤慨していた。特に濱口に至っては、三中がめちゃイケを降板した後も『タレントとしてのプロ意識に欠けた悪例』として取り上げ、「芸能人があんな(無責任極まりない)ことをするのは、(信用問題に関わるから)危険」と酷評するほどであった。

同じく『新メンバー』である重盛さと美は、三中の存在意義について「三ちゃんは周りの芸人にイジられ、初めて成立する」と評し、その上で「自分は三ちゃん自身のトークだけでは笑ったことがない」と述べ、彼の芸人としての素質そのものを疑問視していた。

先述のプロ転向宣言については、他の芸能人や視聴者からも「お笑い芸人を舐め過ぎ」「自分勝手も甚だしい」などと多大な顰蹙を買う結果となってしまった。

『めちゃイケ』の放送で三中のよしもと所属が正式に決まったことが発表された際、ダイノジの大地洋輔から「(番組の企画が)しんどくて、素人(扱い)が嫌だから、プロになりたいなんて(理由として)おかしいだろ!?」「プロの土俵に立ちたいなら、“芸人”としてもう一度オーディションを受け直せ!」と本番中に一喝され、その一幕を表面上の理由として演出する形で、『めちゃイケ』残留を賭けた上記通りの“再オーディション”を行うことが告知された。

その翌週である同年2月27日、「めちゃ²イケてるッ! 真冬に汗をかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」にて、再オーディションが生放送で行われるも、視聴者参加の国民投票の結果、(案の定)不合格となり、三中の『めちゃイケ』降板が決定した。また、番組降板が決まると同時にフジテレビからも、同日をもって、それまで(アルバイト)勤務していたフジランドからの解雇及び、FCGビルをはじめとする全関連施設への無期限出入り禁止が言い渡され、完全に手切れされる形となった。

なお、番組終了後のフジテレビのネット配信番組『めちゃ²タメしてるッ!』にて残念会が開かれ、岡村、加藤や出川哲朗の助言もあり、コンビ名を正式に『dボタン』に改名する。

・イメージ回復へ向けて
『めちゃイケ』降板と同時に、仕事先をも失うという二重の痛手を受けた三中だったが、それ以上に、一連の騒動を通して「忘恩、軽薄、我侭、横着、驕慢」といった醜態を晒してしまった事で、「『めちゃイケ』を愛する純朴な青年」というイメージが一挙に崩壊。当然、『めちゃイケ』のファンを中心とした視聴者からの心象が殊更悪化した事は言うまでもなく、新たなアルバイト先に応募しようとするも先述の悪評を理由にすげなく門前払いされたり、インターネットのSNSサイトや一部の芸人仲間、果ては街で出会った見知らぬ人物などから、心無い罵詈雑言や誹謗中傷を浴びせられるなど、私生活において様々な悪影響が及び、2018年現在までそれが続くことになる。

その後、紆余曲折を経て番組制作陣の一人である鈴木おさむの経営する『ちゃんこ屋鈴木ちゃん』にアルバイト店員として入社する。面接時には、鈴木や面接官として立ち会っていた先輩芸人から、『めちゃイケ』出演時に犯した数々の愚行(特にプロレス企画放棄の一件)や、芸人としての見解・姿勢について「極めて短絡的で、自分に対する甘えが目立つ」と指摘され、こってりと油を絞られたものの、2017年6月の時点でも同店での勤務を続け、面接時は厳しい態度を取っていた鈴木からも、その働きぶりを高く評価されるようになる。

2016年3月3日、dボタンとして、『神保町花月新ユニット結成』概要発表会見に出席し、めちゃイケ卒業後初の漫才で新ネタを披露し、2017年2月14日には、劇団『三ランポリン4アター』を立ち上げ、舞台役者としての活動にも力を入れるようになる。また、先の一件から三中とは絶交状態と思われていた濱口も、三中の出演する舞台を観劇した上で、公演後楽屋の三中と面会し激励するなど、降板時と比べて態度を軟化させている節を見せはじめている。

コンビ解消
イメージ回復に向けて努力する一方、『めちゃイケ』に対する未練も残っている模様であり、2017年11月27日に開催された『よしもと47シュフラン2018』開催発表会見に参加した際には、2018年3月付で『めちゃイケ』が放送を終了する件について触れ、ネットニュースで事の次第を知るまで同番組側からは再出演の打診はおろか連絡すらされなかったとのこと。またニュースで知った際、個人的に親しかったスタッフにメールで真偽の確認をしようとするも、徹底的に無視されてしまったことを打ち明け、「6年もメンバーだったんですよ?」「(メンバーでもない)たむけんさんにさえ連絡がきたのに…」と嘆くも、同席していたとにかく明るい安村から「(スタッフからそこまで嫌われる程の迷惑をかけた)自分が悪い」と一蹴され、「メールが返ってこないのが(番組側の三中に対する)答え」として、『めちゃイケ』に再出演できる可能性が絶望的であることが示唆された。

芸能関係者や芸人仲間からは、『めちゃイケ』終了によって『元(番組)レギュラー』という数少ないアピールポイントが使えなくなることを危惧され、これを期に芸能界から身を引くべきだとする懸念や忠告を受けるものの、その懸念が現実化したかのように、2018年1月4日、めちゃイケ放送終了よりも3ヶ月早く、dボタンの解散が決定するが、今後も芸人として活動を続けていく決意を示し、2月1日より、ピン芸人としての活動名義を『dボタン三中』に変更する。 だが、その翌月の3月12日に開催された『よしもと47シュフラン2018』認定式において、5~6月を目処に新たな相方と共に新コンビを結成する事と、占い師から「運が悪いのは『dボタン』という名前が原因である」とする助言を受けた事を理由に『dボタン三中』からの改名を発表。コンビ解散から僅か一ヶ月で新コンビ結成や再改名という節操のなさや、発表の際に見せた『めちゃイケ』や、『dボタン』の名付け親である出川への恩義を無下にするかの様な軽薄な物言いから三度批判が集中する事となった。

芸人としての活動にいろいろ物議が醸されている一方、舞台役者として、2018年2月17日から18日に、『三ランポリン4アター』の旗揚げ公演『狂乱のSingたち』を開催した。これについてインターネット上では、「舞台役者としての活動に本格的に転向すべき」という声もある。

■出演
・テレビ番組
過去の出演番組
バラエティ
めちゃ²イケてるッ!(フジテレビ、2010年11月13日 -2016年2月27日 )
FNS27時間テレビ めちゃ²デジッてるッ! 笑顔になれなきゃテレビじゃないじゃ~ん!! (フジテレビ、2011年7月23 - 24日)
FNS27時間テレビ 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!徹夜でがんばっちゃってもいいかな? (フジテレビ、2012年7月22日)
FNS27時間テレビ 女子力全開2013 乙女の笑顔が明日をつくる(フジテレビ、2013年8月4日)
武器はテレビ。 SMAP×FNS27時間テレビ(フジテレビ、2014年7月26日)
FNS27時間テレビ めちゃ²ピンチってるッ! 本気になれなきゃテレビじゃないじゃ~ん!!(フジテレビ、2015年7月25 - 26日)
サザエさん(フジテレビ、2011年7月24日)本人役で出演
はねるのトびら(同上、2011年12月14日)めちゃイケメンバーの一員として出演
THE MANZAI 2011(同上、2011年12月17日)閲覧ゲストだがバイト先から抜け出した体だったのでスタッフと同じように最後まで立ったままだった
人志松本のすべらない話(同上、2012年6月23日)めちゃイケメンバーの後藤淳平を応援するため重盛さと美と共に閲覧ゲストとして出演。
カスペ!「プレタモリ」(同上、2012年7月17日)めちゃイケメンバーの一員として出演
コンちゃんテンちゃん(同上、2012年 - )「めちゃイケ三ちゃんのコンテンツご飯」のコーナーに出演
run for money 逃走中(2015年7月19日)めちゃイケメンバーの一員として出演

ドラマ
花ざかりの君たちへ~イケメン☆パラダイス~2011 第9話(2011年9月4日、フジテレビ)シェフの弟子役

・舞台
劇団名が記されていないものは全て三ランポリン4アターのもの。

竜馬を殺す(劇団PU-PU-JUICE、2017年11月17日-25日)
狂乱のSingたち(2018年2月17日-18日)

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.