萩本欽一 はぎもときんいち

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萩本欽一のプロフィール

萩本 欽一(はぎもと・きんいち)

生年月日:1941年5月7日
出身:東京都
血液型:A型

浅井企画、佐藤企画(業務提携として所属)、萩本企画(個人事務所だが浅井企画の関連会社)所属。身長164cm、体重65kg。血液型はA型。駒込高等学校卒業。2015年4月より駒澤大学仏教学部に在学している。

■概要
大衆からはもとより、芸能界でも先輩・後輩問わず「欽ちゃん」の愛称で呼ばれる。その他の愛称は「萩モー」「萩」「欽坊」「欽様」など。また、彼の番組や舞台から育った欽ちゃんファミリーや明石家さんまからは「大将」と呼ばれている(ビートたけしが弟子たちに「殿」と呼ばせているのは、萩本と周囲のこうした関係性への憧憬や敬意によるところが大きい)。ゴールデンゴールズの選手からは「欽督(きんとく)」と呼ばれている。

1970年代~1980年代に、「なんでそーなるの!」というギャグや、「欽ちゃん走り」と言われる独特の走り方(原点は師匠の東八郎)など体を使った笑い、さらに素人および素人っぽさを残す才能を開花させたり番組でユニットを作り曲を出すなど現在のバラエティの基本となるものを開発。本人によると「演技のボケは難しいから、素人を連れてくる方が簡単」。

「どっちらけ」「バンザーイなしよ」など、語り継がれるギャグも多い。後に普通に使われるようになった「ウケる」(ややウケ、バカウケなど)という言葉も、最初は『欽ちゃんのドンといってみよう!!』から広まったとされる(芸人言葉を一般にも広めた)。また、「天然ボケ」(略して天然とも)を初めて使ったのも萩本であるとされている。

■来歴・人物

■出演作品
・テレビ(単独での出演番組)
スター誕生!(1971~1980、司会、日本テレビ)
女・おとこ(1971年10月21日~11月18日、NETテレビ)
シークレット部隊(1972年4月7日、TBSテレビ/第1回)[注 8]
日本一のおかあさん(1972~1976、司会、TBSテレビ)
オールスター家族対抗歌合戦(1972~1984、司会、フジテレビ)
シャボン玉ボンボン(1973年、日本テレビ)
欽ドン!(1975~1980、1981~1986、フジテレビ)
欽ちゃんのドンとやってみよう!
欽ドン!良い子悪い子普通の子(おまけの子)
マイルド欽ドン!
欽ドン!お友達テレビ
欽ドン!ハッケヨーイ笑った!
欽ちゃんのどこまでやるの!?(1976~1986、テレビ朝日 ※番組開始当時はNET)
欽ちゃんのドーンと24時間(1977、フジテレビ)
欽ちゃんの向こう三軒両隣(1977年、TBSテレビ)
24時間テレビ 「愛は地球を救う」(1978~1980年は総合司会、1981年~1984年はチャリティーパーソナリティー、1986~1989年、1992年、1997年、2005年、2008年、2009年、2011年~は主要出演者の1人として参加、2007年はチャリティーマラソンランナー、日本テレビ)
欽ちゃんドラマ・Oh!階段家族!!(1979年、日本テレビ)
欽ちゃん劇場・とり舵いっぱーい!(1979年、日本テレビ)
欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞(1979年~、司会、日本テレビ)
欽ちゃんの全日本爆笑CM大賞(1982~1983、日本テレビ)
欽ちゃんの9時テレビ(1980~1981、フジテレビ)
欽ちゃんの週刊欽曜日(1982~1985、TBSテレビ)
たみちゃん(ドラマ、1984年、テレビ朝日)
日曜9時は遊び座です(日本テレビ)
TVプレイバック(1985~1989、司会、フジテレビ)
ドキド欽ちゃんスピリッツ!!(1986、TBSテレビ)
欽ちゃんの気楽にリン(1988年、日本テレビ)
欽きらリン530!!(1988年、日本テレビ)
欽ちゃんのどこまで笑うの?!→欽どこTV!!(1988年、テレビ朝日)
欽ちゃん走るッ!(1991年、フジテレビ)
悠々くらぶ(1991~1994、NHK)
よ!大将みっけ(1994~1995、フジテレビ)
連続テレビ小説 ひまわり(1996年、NHK) ※ナレーター/南田家の犬・リキの声
サザエさん パート6(1996年、フジテレビ)
欽ちゃんとみんなでしゃべって笑って(1998~2002、NHK)
キンさばっ!! -近所の裁き-(2008~2011年、三重テレビ)
欽ちゃんのワースト脱出大作戦→欽ちゃんのがんばる!日本大作戦(2010~2012.3、司会、NHK)
欽ちゃんのニッポン元気化計画(2011年~、三重テレビ)
火曜エンタテイメント!欽ちゃんスペシャル(2009~2010、テレビ東京)
悪いのはみんな萩本欽一である (2010年3月27日、フジテレビ「チャンネルΣ」) - 映画監督の是枝裕和が映像を手掛けた、フジテレビ独自によるバラエティ検証番組[46]
欽ちゃん!30%番組をもう一度作りましょう(2011年7月22日、日本テレビ「金曜スーパープライム」) - 同年7月24日のアナログ放送終了→デジタル完全移行を記念して放送された特番[47][48]
ニッポン美味しい笑顔紀行~東日本ギョギョうま編~(2012年2月19日 - 3月18日、BS-TBS)
プレミアムドラマ 欽ちゃんの初恋(2012年8月19日、NHK BSプレミアム)
ザ・テレビっ子 TV60年“懐かし番組”大集合!(2013年8月22日、NHK BSプレミアム) ※加藤茶と対談
熊野古道~お伊勢さんからもうひとつの聖地へ~(2014年3月 - 12月、全10回、三重テレビ) ※ナレーション
ファミリーヒストリー(2015年4月2日、NHK総合)
第48回 思い出のメロディー(2016年8月27日、NHK総合) ※総合司会[49]
欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)(2017年5月17日 - 6月7日、11月11日、NHK BSプレミアム)[50][51]
欽ちゃんのちょっと近所のお寺めぐり (2017年12月16日 10:25 - 11:40、フジテレビ)

・ラジオ
どちら様も欽ちゃんです(1972年4月~1972年9月、ニッポン放送)
欽ちゃんのドンといってみよう(1972年10月~1979年4月、ニッポン放送)
ラジオ・チャリティー・ミュージックソン(パーソナリティとしては1975~1985年、2008年、ニッポン放送)
欽ちゃんのここからトコトン(1979年10月~1984年3月のうち、ナイターオフ期間(10月~3月)のみ、ニッポン放送)
ニュースワイド 欽ちゃんのもっぱらの評判(1987年10月~1988年3月、ニッポン放送)
欽ちゃんのドンといってみよう!野球盤(2007年10月~2008年3月、ニッポン放送)
ミュージックメモリー(NHK-FM 2008年5月18日・25日放送分でゲスト出演。)
欽ちゃんのドンといってGO!GO!(2008年10月~、土・21:00~21:30)
はかま満緒の話しのネタ(2010年3月8日・15日、ラジオ日本 ゲスト)
ラジオ深夜便「萩本欽一の人間塾」(2014年4月 - 、月1回、NHKラジオ第1放送・NHK-FM放送サイマル放送 ホスト)

・アニメ
ウォレスとグルミット(ウォレス役 声の出演)
ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!(声の出演 2006年)

・映画
手(1969年)
俺は眠たかった!!(1970年 浅井企画・松竹)…製作・監督・脚本・音楽・主演
がんばれ!ベアーズ大旋風 -日本遠征- - 本人役(1978年)
第1回 欽ちゃんのシネマジャック(1993年)
第2回 欽ちゃんのシネマジャック(1994年)
月(2000年) - 富田良作役
タッチ(2005年・東宝)
We Love Television?(2017年)

・CM
サクラカラー24(小西六写真工業 1976年、「どっちが得かよーく考えてみよう」のコピー)
サラダ一番(森田あられ)
金ちゃんヌードル、金ちゃん焼そば、共に1973年~1975年頃、(徳島製粉)
霧ヶ峰(三菱電機)
バスクリン(津村順天堂、『I LOVE 湯(ユー)LOVE バスクリン』のコピー)
カルピス
アクサ生命
全国法人会連合会
公共職業安定所(ハローワーク)
カゴメ・カゴメソース(1982年)
江崎グリコ(1984年・企業、「I LOVE GLICO」のコピー)
日本コカ・コーラ(ジョージア 2007年12月~、舘ひろしと共演)
東京都「TOKYO2016」(2008年~2009年。2016年東京オリンピック招致キャンペーン)
総務省・Dpa「地デジ化応援隊」(2010年7月~2011年)
日本テレビ「がんばろう!ニッポン」(2011年3月20日~4月下旬。東日本大震災被災者支援のための3秒スポット)

・ゲーム
実況パワフルプロ野球12

・インターネット配信
欽ちゃんのドーンとゴールド! HIROPRO(2015年8月 - 2016年7月、ニコニコ動画)
欽ちゃんのドーンとプラチナ! HIROPRO(2016年8月 -、FRESH!)

■著書
『欽ちゃんつんのめり』読売新聞社 1980 のち光文社文庫
『欽ちゃんどこまで書くの』毎日新聞社 1984
『欽ちゃんの愛の世界45 一日一話で幸せづくり』小学館 1984
『欽ちゃんのはにかみ人間学 どうしてオレってばかなんだろう』主婦と生活社 1984
『テレビに恋して20年 泣いて笑って、笑って泣いて…』日刊スポーツ出版社 1988
『「笑」ほど素敵な商売はない』福武書店 1993 のち文庫
『まだ運はあるか』大和書房 1999
『快話術 誰とでも心が通う日本語のしゃべり方』飛鳥新社 2000 『人生が楽しくなる気持ちのいい日本語』飛鳥新社ゴマ文庫 2008
『欽ちゃんの人生コントだよ!!』実業之日本社 2004
『人生にはチャンスが三度ある 成功する人の演出力』ビジネス社 2005
『ユーモアで行こう!』ロングセラーズ 男のVシリーズ 2006
『欽言力』編著 日本文芸社 2007
『なんでそーなるの! 萩本欽一自伝』日本文芸社 2007 のち集英社文庫
『野球愛』ソフトバンク新書 2007
『欽ちゃんのダメをやって運をつかもう!! NHK知るを楽しむ人生の歩き方。』DHC 2009
『ダメなときほど運はたまる だれでも「運のいい人」になれる50のヒント』廣済堂新書 2011
『負けるが勝ち、勝ち、勝ち! 「運のいい人」になる絶対法則』廣済堂新書 2012
『ユーモアで行こう!』ロング新書 2012
『続・ダメなときほど運はたまる』廣済堂新書 2015
『ダメなやつほどダメじゃない 私の履歴書』日本経済新聞出版社 2015
『ばんざいまたね』ポプラ社 2015
『欽ちゃんの、ボクはボケない大学生。 73歳からの挑戦』文藝春秋 2016
『運が開ける欽言録』徳間書店 2017

・共編著
『欽ドン いってみようやってみよう』1-4 編 集英社 1975-76
(欽ちゃんのドンといってみよう!の番組で紹介されたネタを収録した本)

『欽ドン いってみようやってみよう』part5-6 萩本欽一&パジャマ党編 集英社 1976-78
『欽ちゃんのゲーム大革命』萩本欽一&パジャマ党編 双葉社 1977
『欽ちゃんのドンといってみよう』パジャマ党共編 集英社 モンキー文庫 1977
『とっておき十話』森光子、手塚治虫、木下恵介、正司歌江、増井光子、辻久子、大鵬幸喜共著 新日本出版社 1985
『小林信彦萩本欽一ふたりの笑タイム 名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏』小林信彦共著 集英社 2014
『運がよくなる仏教の教え』千葉公慈共著 集英社 2016

■連載
芸道54年 笑いと涙のドラマがいっぱい! 萩本欽一の「人生ってめぐり愛だよね」(『週刊アサヒ芸能』2013年7月11日号より、現在も連載中)

■何処かにお前が/手のテーマ(1970年2月)‐映画「手」サウンドトラックより
あーねむいなあー(深夜放送の為のボサ・ノバ/君は小さな恋人(1970年9月)‐映画「俺は眠たかった」より
山に登れば/今がチャンス(1972年9月)
拝啓おかあさん/あんちくしょうの唄(1975年7月)
妻は夫をいたわりつ/欽一・順子の子守唄(1978年5月)共演真屋順子‐テレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの」より
「欽ちゃんの」渡り鳥だよ/同カラオケ(1978年11月)‐フジテレビ「欽ちゃんのドンとやってみよう」より

■CD
コント55号黄金時代(キング、KICS2183)

■パジャマ党
パジャマ党は、萩本欽一の番組に関わる構成作家集団で、「欽ドン!」などのヒットにも貢献したブレーンでもある。構成員のうち、鶴間・大倉・益子・君塚の4名は「サラダ党」と称していたこともある。萩本自身も「秋 房子(あき ふさし)」の筆名で番組構成にも関わっていた。

大岩賞介
永井準
詩村博史
鈴木しゅんじ
鶴間政行
大倉利晴
益子強
君塚良一(後に『ずっとあなたが好きだった』『踊る大捜査線』などの脚本を手がける)
秋 房子(あき ふさし)というペンネームについて「番組を女性が書いているものと思わせたかった」とテレビ朝日の開局記念番組である『超大ヒット人気番組ぜ~んぶ見せます!スペシャル』内で語っていた。実際に視聴者から届いたハガキは女性と思っていた人が多かった。

■演じた俳優
小堺一機 - 『ゴールデンボーイズ 1960笑売人ブルース』(1993年8月24日、日本テレビ系)

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