織田信成 おだのぶなり

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織田信成のプロフィール

織田 信成(おだ・のぶなり)

生年月日:1987年3月25日
出身:大阪府
身長:167 cm

日本の元フィギュアスケート選手(男子シングル)。学歴は関西大学大学院文学研究科総合人文学専攻身体文化専修博士前期課程修了。学位は修士(文学)。

主な成績に2010年バンクーバーオリンピック7位、2006年四大陸選手権優勝、2008年全日本選手権優勝、2005年世界ジュニア選手権優勝、2009年・2010年GPファイナル2位、2006年世界選手権4位など。

アマチュア引退後の現在は、トラロックエンターテインメントに所属し、プロスケーター・スポーツ解説者・TVタレント・指導者などで活動中。2017年4月1日付で母校関西大学スケート部監督に就任した。

■経歴
母の織田憲子が元スケート選手で、兄や姉もスケートをしていたため、自然な流れで7歳からスケートを始めた。しかし、小学生の頃はスケートを続けているとお金がかかって親に負担がかかってしまう為、スケートを止めたいと思っていた。

1998-1999シーズン、全日本ノービス選手権8位。1999-2000シーズン、全日本ジュニア選手権27位。2001-2002シーズンは左腕を骨折したため競技会に出場しなかった。

2004-2005シーズン、城田憲子の紹介でカナダのリー・バーケルのもとへ渡る。初めのうちは英語も分からず苦しんだが、ジェフリー・バトルらとの練習を通じて成長した。世界ジュニア選手権で優勝。同大会男子シングルで日本人が優勝したのは、2002年大会の高橋大輔以来2人目。女子シングルの浅田真央とともに日本勢のアベック優勝となった。

・シニアデビュー以降
2005-2006シーズンから本格的にシニア参戦。グランプリシリーズスケートカナダで3位、NHK杯では初優勝を果たし、本田武史、高橋大輔に続く日本人男子3人目のグランプリシリーズ優勝者となった。トリノオリンピック代表がかかった全日本選手権では、初め優勝と発表されたものの、採点ミスが明らかになり2位に訂正される(詳細は第74回全日本選手権を参照)。この結果、代表選考ポイントでも僅差の2位となり、トリノオリンピック出場を逃した。年が明けてからは四大陸選手権を制し(同大会での日本人男子シングルの優勝者は本田武史以来2人目)、世界選手権でも4位入賞。日本男子シングル出場枠を1から2に増やした。また練習面で、体力面で他の選手に劣るという指摘を受け、松本整の下で筋力トレーニングに取り組み始めた。

2006-2007シーズン、スケートアメリカで優勝し、NHK杯では高橋大輔に次いで2位。2年連続で進んだグランプリファイナルでは銅メダルを獲得した。世界選手権ではSPで14位と出遅れたが、プログラムを『ミッション:インポッシブル』に変えて臨んだFSでは冒頭の3回転アクセル-3回転トゥループ-3回転ループから次々にジャンプを成功させて追い上げ、総合7位に入った。同時に、高橋大輔が2位になったため、2人の順位合計により、翌2008年大会の日本男子シングル出場枠は最大の3枠となった。2007年1月に開催された第62回冬季国体群馬大会スケート競技に出場し、SP・FS共に1位で優勝。

2007年3月の誕生日で20歳になったが、同年7月27日の未明、大阪府高槻市内でミニバイクの酒気帯び運転により警察に摘発された。織田は「前日に大阪市内で関西大学アイススケート部の顧問(同大学の学生センター長)などと酒を飲みながら競技活動と学業の両立を相談した後に、『(自宅のある高槻方面への)電車で寝過ごして時間も経っていたので、酔いもさめた』という自己判断でミニバイクを運転していた」とコメントしている。この摘発を受け、日本スケート連盟は、織田の大会への出場停止(国際大会5ヶ月、国内大会3ヶ月)と特別強化指定選手5ヶ月間解除の処分を通達し、スケートカナダやエリック・ボンパール杯への派遣を中止した。復帰戦として注目された11月の西日本選手権は、「調整の遅れ」を理由に欠場。代わって12月の全日本選手権での復帰を予定していたが、開催直前に「過度の精神的重圧」などの理由で欠場した。。これらにより、四大陸選手権・世界選手権の出場権利を得られず、年明けの各アイスショーにも参加しなかった。

2008年4月、ニコライ・モロゾフのコーチ就任を発表。アイスショーにも復帰した。2008-2009シーズンが始まると、ネーベルホルン杯、カールシェーファーメモリアルと立て続けに優勝。国内でも西日本選手権を制し、グランプリシリーズ復帰戦となるNHK杯でも優勝。全日本選手権でも優勝した。世界選手権では、SPでフェンスに激突し、FSでジャンプの回数規定違反を犯しながらも、初めて4回転トゥループ-3回転トゥループのコンビネーションジャンプを成功させ総合7位になった。同大会で6位だった小塚崇彦との順位合計が13となり、翌2010年バンクーバーオリンピックの出場枠を辛うじて確保した。

・バンクーバー五輪出場・7位入賞
2009-2010シーズン、エリック・ボンパール杯、中国杯とグランプリシリーズで連勝。グランプリファイナルでは2位と好成績を残しオリンピック日本代表に内定した。バンクーバーオリンピックでは、SPでは4位と好発進だったが、FSで後半靴紐が切れたことによる演技の一時中断と、転倒による計3点の減点が響いて7位入賞に留まった(高橋大輔が3位入賞・銅メダル獲得、小塚崇彦は8位入賞)。世界選手権ではSPですべてのジャンプに失敗し28位となり、FSに進めなかった。

2010-2011シーズン、スケートカナダ、スケートアメリカともに2位に終わる。グランプリファイナルではSPでは初めて4回転トゥループ-3回転トゥループのコンビネーションジャンプに成功し1位となったが、FSでは2度のジャンプの転倒があり3位。総合では2位となった。世界選手権ではSPで2位につけながらも、FSでまたもジャンプの回数違反を犯し、総合6位に終わった。

2011-2012シーズン、かねてからの左膝蓋骨靱帯炎の治療と、膝以外の使える筋肉を使ってのトレーニングを続けながら挑んだグランプリシリーズ初戦の中国杯では2位に入ったが、第2戦のエリック・ボンパール杯では7位と沈み、3年連続グランプリファイナル進出はならなかった。全日本選手権は左膝の故障のため欠場。

2012-2013シーズン、左膝の治療とトレーニングがほぼ完了。挑んだグランプリシリーズはスケートカナダ3位、ロステレコム杯5位となり、GPファイナル進出は叶わなかった。世界選手権代表をかけた全日本選手権では、SPでは転倒があり5位。FSでは4回転を決めたが、3回転アクセルの1度目で手をつき、2度目に転倒。総合で4位となり、世界選手権出場を逃した。2013年1月の第68回冬季国体(東京)に出場し、SP・FS共に1位で国体2度目の優勝。

2013-2014シーズン、ネーベルホルン杯ではSP、FSともに4回転ジャンプに成功。FSと合計スコアの自己ベストを更新し、2位に大差をつけ圧勝。スケートカナダでは、SPは2位発進するも、FSではジャンプのミスが響き、総合3位。NHK杯はSPは3位、FSは健闘し総合2位となった。GPシリーズ総合ポイントランキングは7位だったが、高橋大輔が怪我により欠場したため繰り上げとなり、3シーズンぶりのグランプリファイナル進出が決定した。グランプリファイナルではSP、FS共に3位で、総合3位に入った。ソチオリンピック出場を懸けて臨んだ全日本選手権ではSP冒頭の4回転が3回転になるなどし、5位とやや出遅れた。FSではほぼノーミスの演技を行い3位と健闘したが総合4位に終わり、2大会連続のオリンピック出場は逃した。

・現役引退後
2013年全日本選手権の終了直後、日本スケート連盟は2014年四大陸フィギュアスケート選手権(チャイニーズタイペイ)の日本代表選手の一人として織田を選出した。しかし「(織田自身のコメントに拠れば)これからは若い選手に頑張って欲しい」という意向から、四大陸選手権の出場権を辞退(代替選出の選手は無良崇人。結果は優勝)。全日本選手権のエキシビション(12月24日)で演技を終えた直後、織田選手自身がリンク上からマイクを通じて、現役を退くことを涙ながらに発表した。その後に開かれた引退会見では、「鳴かぬなら 泣きに泣きます ホトトギス」という自作の句を披露した。

現役を引退した直後のソチオリンピックの開催期間中、『FNNスーパーニュースアンカー』(関西テレビが平日の夕方に放送中のローカルワイドニュース番組)で自身初の「スポーツコメンテーター」を担当。その後もスポーツ関連番組やバラエティ番組のゲストとして、自身現役時代の体験談や、ライバル・新旧の日本代表選手に関するエピソードを語る機会が多い。 2014-2015年シーズンの開幕以降は、スケート大会の実況解説者として活躍が増えている。

またアイスショーやレギュラー番組など出演の傍らで、メダルウィナーズオープン・フィギュアスケートジャパンオープンのプロアマ混合大会に出場。ジャパンオープン2016においては、4回転トウループ-3回転トウループのコンビネーションを成功させ、非公認ながら現役時代のパーソナルベストを超える178.72点の得点を出した。

■表彰歴
文部科学省・国際競技大会優秀者表彰(2005年)
イクメン・オブ・ザ・イヤー 2015 - イクメンスポーツ部門(2015年)

■出演
・ニュース・スポーツ番組
リオデジャネイロオリンピック(2016年8月、テレビ東京) - 中継キャスター

・情報番組
ごきげんライフスタイル よ~いドン!(関西テレビ) - 2015年2月から水曜レギュラー
みんなのニュース ワンダー(関西テレビ) - 2015年4月~2017年3月 火曜レギュラー
あさチャン!(TBS) - 2015年4月から木曜レギュラー

・バラエティ番組
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(テレビ朝日)- 不定期出演
くりぃむクイズ ミラクル9(テレビ朝日)- 不定期出演
しくじり先生 俺みたいになるな!!(テレビ朝日)- 不定期出演
世界!ニッポン行きたい人応援団(テレビ東京、2016年4月 - ) - レギュラー(団長)

・テレビアニメ
ユーリ!!! on ICE(2016年12月14日) - 本人 役

・劇場アニメ
映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険(2017年3月4日公開予定) - パオパオ 役

・CM
コナミデジタルエンタテインメント「実況パワフルプロ野球2013」 阿須里家Ver. 「阿須里家」の一員として
アートネイチャー 阿須里家Ver. 「阿須里家」の一員として
マイクロソフト「Windows 8」 阿須里家Ver. 「阿須里家」の一員として
宝くじ「2014年 年末ジャンボ7億円&年末ジャンボミニ7000万」『ライバル登場篇』シリーズ(2014年11月) - 米倉涼子、原田泰造、大久保佳代子と共演
キリンビバレッジ「キリンメッツ」ローラーメッツ編(2015年3月)
コロプラ スマホゲーム「東京カジノプロジェクト」(2015年7月)
JOYSOUND 業務用通信カラオケ「JOYSOUND MAX」(2015年)
国勢調査2015(2015年) - 広報大使も務める
ほけんの窓口(2015年11月)「速水もこみち、信成と窓口体験。」篇 (30秒・15秒)「ご先祖さまのお言葉」篇 (WEB限定ムービー 30秒)
ショップジャパン(2016年3月)セラミックフライパン「セラフィット」 すべーる!スケート篇
大阪ガス エネファーム(2017年2月)「インタビュー・織田さん自家発電」篇 「インタビュー・織田さんエネシェア」篇

・イメージキャラクター
ミュージカル『TOP HAT』大阪公演オフィシャルサポーター(2015年)
シルク・ドゥ・ソレイユ『トーテム』日本公演スペシャルサポーター(2016年~2017年)

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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