浅田真央 あさだまお

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浅田真央のプロフィール

浅田 真央(あさだ まお)
1990年9月25日
2000年代から2010年代にかけて活躍した日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)。
2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。2014年ソチオリンピック日本代表(6位)。2008年、2010年、2014年世界選手権優勝。グランプリファイナル優勝4回。2010年バンクーバーオリンピックでは、女子シングル史上初めて、1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させた。姉はフィギュアスケート選手・スポーツキャスターの浅田舞。マネージメントはIMG TOKYO。

人物
愛知県名古屋市生まれ。中京大学附属中京高等学校卒業の後に、中京大学体育学部へ進学。血液型はB型。名前の真央は、父親が女優の大地真央のファンであったことに由来する。浅田の2005年のGPファイナル優勝と荒川静香のトリノオリンピック優勝の相乗効果で、日本はフィギュアスケートブームになった。
尊敬しているフィギュアスケート選手は伊藤みどり、エフゲニー・プルシェンコ。伊藤の衣装を着用して競技に臨んだこともあり、「みどりさんの衣装を着るといつも調子がいい」と語っていた。長野オリンピック金メダリストのタラ・リピンスキーにも憧れの言葉を寄せており、彼女の演技を見て自分もオリンピックに出たい思うようになったという。趣味はジグソーパズルとレゴ制作。DREAMS COME TRUEの「何度でも」は練習中や試合前によく聴いている曲である。2005年の世界ジュニア選手権で優勝した時からトイ・プードルを飼いだした。愛犬の「エアロ」は、ネスレのチョコレート菓子「エアロ」に由来しており、同製品のイメージキャラにも選ばれた。
オリコンによる「好きなスポーツ選手ランキング」の女性部門において、2007年、2009年、2010年、2011年 2013年 、2014年で1位となった。 バンダイが行ったアンケート「バンダイこどもアンケートレポート」によると、子供が好きなスポーツ選手として、2009年7月(集計は5月に実施)では総合2位女の子部門1位、2011年9月(集計は7月に実施)では総合1位に挙げられている。

ジャンプ
アクセルを含む6種類全ての3回転ジャンプを跳ぶことができる。

3回転アクセル
小学生のうちから3回転アクセルの練習を始め[25]、2003年の中部ブロック大会(ノービスA)で3回転アクセル-2回転トウループのコンビネーションに成功。
2006年世界ジュニア選手権でショートプログラム (SP) に3回転アクセルを取り入れ、2008年GPファイナルのフリースケーティング(フリー)で女子シングル史上初の2度の3回転アクセルに成功。2010年バンクーバーオリンピックでは、オリンピックの女子シングル史上初めてSPで3回転アクセルを成功させた。同一競技会でSP、フリーと合わせて3度の3回転アクセルを成功させたのも女子シングル史上初であり、ギネス世界記録に認定されている。 オリンピックの女子シングルで3回転アクセルを成功させたのは、伊藤みどりと浅田の2人だけである。他に成功した選手はトーニャ・ハーディング、リュドミラ・ネリディナ、中野友加里、エリザベータ・トゥクタミシェワ。

その他単独ジャンプ
ルッツやサルコウを苦手としている。ルッツはアウトサイドエッジで踏み切らなければならないとされているところ、インサイドエッジから踏み切る癖があり、2007年のルール改定でエッジ判定が厳格になってからは減点対象となっていた。同シーズン終了後にはルッツの矯正に取り組み、2008/2009 ISUグランプリファイナルのSPなどで正確なエッジでの踏み切りと判定されたが、苦手意識はぬぐえておらず、その後も3回転ルッツが2回転になるなどの失敗が重なったため、2009-2010シーズンにはプログラムから外した。6種類全てのジャンプの矯正に取り組み始めた2010-2011シーズンからは再びプログラムに取り入れているが、再び間違った踏み切りとして減点を受けるようになった。休養中にジャンプを修正し2015-2016シーズンには練習で跳べる所まで改善。2015年NHK杯のフリーではアテンションながら着氷。2015/2016 ISUグランプリファイナルのフリーで正確なエッジと判定され(GOEはマイナス)、第84回全日本フィギュアスケート選手権でも成功させるなど試合での精度も改善している。2016-2017シーズンには全日本選手権で成功(GOEは0.7)させた。
サルコウについては、2008-2009シーズンまで長い間プログラムに取り入れていなかった。2008年NHK杯では、久々に3回転サルコウに成功したが、その後の試合でも不安定なことが多く、3回転サルコウに挑まないケースが多かった。2010-2011、2011-2012シーズンでは全ての試合で3回転サルコウを取り入れたものの、完璧な成功はそれぞれ、1回だけにとどまっている。2012-2013シーズンには3回成功し、世界選手権では質においても申し分のないものであった。
一方、フリップやループは得意でフリップは全てのプログラム、ループは2009-2010シーズンのSPを除く全てのプログラムで取り入れている。コンビネーションジャンプにも使われ、基礎点が1.1倍になる演技後半において加点を得ることも多い。

コンビネーションジャンプ
3回転-3回転のコンビネーションジャンプは3回転フリップ-3回転ループを得意とし、第76回全日本フィギュアスケート選手権のSP(GOE1.80)や2008年世界フィギュアスケート選手権のSP(GOE1.57)など数々の試合で成功させている。2007年GPファイナルのフリーでは3回転フリップ-3回転ループ、3回転フリップ-3回転トウループの2種類を成功させた。しかし、2008-2009シーズン以降は成功率が下がっており、2009-2010シーズンからはプログラムから外し続けていたが、2013年四大陸選手権では成功はならなかったものの、久々にプログラムに取り入れている。2回転アクセル-3回転トウループは2012-2013年シーズンは3回成功し、世界選手権ではクリーンな着氷をみせている。

ジャンプ以外
しなやかさと力強さを兼ね備え、現行採点では評価のウエイトが大きい柔軟性を生かしたスピンやステップ、スパイラル(現在のルールでは技術要素から外されている)を行うことができ、高いGOEを獲得することができる。片手ビールマンスピンを行うこともできるがレベル認定の規定の二回転を行う前に体勢が崩れてしまい、レベルを取りこぼすことも多く2007年世界選手権以来しばらくプログラムに取り入れていなかったが、2009年エリック・ボンパール杯からフリーで用いている。ストレートラインステップシークエンスのレベル4を2007年の日米対抗戦のSP で、またサーキュラーステップシークエンスのレベル4を2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦のSPで獲得(2011-2012シーズンからステップのレベル取得の要件が緩和されたが、それ以前にレベル4を獲得していたのはカロリーナ・コストナー、レイチェル・フラット、鈴木明子、浅田の4人のみ)している。

経歴
ジュニア時代
5歳の時、姉の舞と共にスケートリンクに遊びに行き、スケートに出会う。舞と共に門奈裕子コーチが教える名東フィギュアスケートクラブに入会。当時、同クラブには安藤美姫も所属していた。3歳から12歳までは越智久美子によるバレエのレッスンを受けていた。
2000-2001シーズンからグランプリ東海クラブに所属し、山田満知子・樋口美穂子両コーチに師事。小学6年生の時に特例で出場した全日本選手権で不完全ながら3回転-3回転-3回転のコンビネーションジャンプ(3回転フリップ-3回転ループ-3回転トウループ)を跳び、「天才少女」と呼ばれた。全日本ノービス選手権では、2000-2001シーズンから2001-2002シーズンまでBクラスで、2002-2003シーズンから2003-2004シーズンまでAクラスで、それぞれ2連覇を達成した。
2004-2005シーズン、ジュニアグランプリ (JGP)で出場した3戦全てで優勝し、ジュニアデビューを飾る。JGPファイナルでは女子ジュニア史上初の3回転アクセルに成功。国内では全日本ジュニア選手権で初優勝し、シニアクラスの全日本選手権でも3回転アクセルを跳んで2位となった。世界ジュニア選手権でも初出場初優勝を果たした。
2005-2006シーズン、初のシニア国際大会となるGPシリーズ中国杯で2位、エリック・ボンパール杯では優勝した。GPファイナルでは世界女王のイリーナ・スルツカヤを破り、日本代表選手として村主章枝以来2人目の優勝を果たした。全日本選手権では女子シングル史上初となる2度の3回転アクセルに成功(ISU非公認)したが、他のジャンプにミスがあり2位となった。GPシリーズの実績からトリノオリンピック出場を期待する声もあったが、ISUの定めた「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に87日足りず、代表資格を得られなかった。連覇が期待された世界ジュニア選手権でもジャンプのミスが響き2位に終わった。

シニア以降
全日本選手権・世界選手権初優勝
2006年夏、コーチをラファエル・アルトゥニアンに変更し、米国カリフォルニア州レイクアローヘッドに拠点を移す。2006-2007シーズンが開幕すると、NHK杯で総合得点199.52点のISU歴代最高得点を叩き出して優勝。GPファイナルは、フリーのジャンプで2度転倒して2位に終わった。地元名古屋開催の全日本選手権では右手小指を骨折しながらも初優勝。東京開催の2007年世界選手権はSPで出遅れたが、フリーで当時のISU歴代最高得点を出して銀メダルを獲得した。
2007年夏はロシアに渡り、タチアナ・タラソワのもとでバレエなどに取り組んで表現力や芸術性の強化をはかった。2007-2008シーズンのGPシリーズは2戦とも優勝し、3季連続出場のGPファイナルではSP6位から巻き返して2位となった。全日本選手権のSPで、同シーズンにミスが続いていた3回転フリップ-3回転ループを成功させる。フリーでは冒頭の3回転アクセルが1回転半になったが、2連覇を達成した。同年12月、慣れない海外生活での心労[56] や、5月に中京大学のフィギュア専用リンクが完成し、国内で練習に専念できる環境が整ったことを理由に、練習拠点を米国から愛知に戻す。アルトゥニアンは定期的に来日することになっていたが、四大陸選手権の直前に電話で「責任を持てない」と伝えられたため、師弟関係を解消した。
2008年四大陸選手権で初出場初優勝。だが、この大会後に左足首を傷めてしまう。コーチ不在のうえ足首の怪我が完治していない状況下で臨んだ2008年世界選手権では、フリー冒頭の3回転アクセルに入ろうとした所で大きく転倒したものの、その後は落ち着いて演技をまとめて逆転優勝。日本人選手5人目の世界女王となった。
2008-2009シーズンからはタチアナ・タラソワに師事。苦手なルッツやサルコウをプログラムに入れること、フリーで2度の3回転アクセルを跳ぶこと、フリーの『仮面舞踏会』でこれまでとは違う傾向のプログラムを滑ること、と多くの課題に挑戦した。シーズン2戦目、NHK杯のフリーで2度の3回転アクセルに挑戦し、2度目が回転不足判定となったものの、他の出場選手に大差をつけて優勝した。そして、金妍兒の地元韓国という「完全アウェー」で開催されたGPファイナルで、国際大会では女子史上初となる2度の3回転アクセルに成功し、3季ぶり2度目の優勝を果たした。全日本選手権では3連覇を達成。世界選手権では、SPで3回転フリップ-3回転ループが認定される一方、3回転ルッツが2回転になり出遅れた。フリーは再び2度の3回転アクセルに挑んだが、転倒や小さなミスが重なって総合4位となり、シニア国際大会では初めて表彰台を逃した。2009年国別対抗戦はSPで3回転アクセルのコンビネーションに成功、フリーでは2度の3回転アクセルに挑戦(2度目が回転不足判定)し、自身初めて200点を越える総合得点を出して女子シングル1位となった。このシーズンはジャンプの回転不足が厳しく判定される傾向にあったため、3回転-3回転が成功と見なされないことが多く苦心した。GPファイナルの優勝後に、視聴者に「浅田選手よりもキム選手のほうが実力が上」と感じさせる報道をした日本のマスコミ(フジテレビ系番組「情報プレゼンター とくダネ!」、後に不適切な表現であったと謝罪)の評価がある事を聞いて落ち込み、一時期は練習の意欲を失った。世界選手権連覇の重圧に苦しむなど、メンタルコントロールの難しさも課題となった。

バンクーバーオリンピックで銀メダルを獲得
2009-2010シーズンはルッツ、サルコウ、3回転-3回転のコンビネーションジャンプをプログラムに入れず、SP・フリーで計3度の3回転アクセルを決めることに集中する構成を組んだ[63] が、GPシリーズでは、3回転アクセルが6回中1回しか成功せず、エリック・ボンパール杯は2位、ロステレコム杯は5位に終わった。シニア移行後初めてGPファイナル進出を逃すほどの不調に、国内外のスケート関係者からは「フリープログラムの『鐘』が合っていない。もっと浅田に合った滑りやすいプログラムに変えるべきではないか」との意見も聞かれた[64]。全日本選手権では復調を見せ、4連覇を達成してオリンピック代表に決定。韓国で開催された四大陸選手権ではフリーで2度の3回転アクセルを成功させ優勝[65]。なお、この大会で浅田は競技前に妨害予告を受けた[66][67] と報じられた。
バンクーバーオリンピックでは、ショートで1度、フリーで2度の3回転アクセルに成功したものの、フリーではこれまでの試合同様プログラムに3回転ルッツと3回転サルコウを取り入れなかったことに加え、3回転フリップが回転不足となり、3回転トウループが1回転となったため技術基礎点は全体の6位となったが、成功した要素のGOEと演技構成点では高評価を得て自己ベストを更新し、銀メダルを獲得した。
世界選手権では、オリンピック金メダリストの金妍兒を破って2年ぶりに金メダルを獲得。

変革と復調
2010-2011シーズンは6月から9月頃まで長久保裕をジャンプ専門のコーチにつけ6種類全てのジャンプの矯正に取り組む。9月から佐藤信夫コーチに師事し、ジャンプの矯正も続けた。GPシリーズNHK杯、エリック・ボンバール杯では新しく変えたジャンプに苦しみ、2大会とも表彰台に登れずGPファイナル進出を逃した。1か月後の全日本選手権では復調し、SP1位、フリー2位の総合2位となる。
四大陸選手権ではSPで冒頭の3回転アクセルが着氷に乱れたもののフリーでは成功させ、シーズンベストを大幅に更新し、安藤に次いで2位となった。連覇のかかった世界選手権は東日本大震災の影響により1か月先に延期、その間に被災地の惨状を目の当たりにし、「こんな時に大会に行ってもいいのだろうか?」と練習に身が入らなくなった。みかねた佐藤コーチから1週間の休養を与えられたが、重要な時期に食が細くなり、いつもより体重が4・5kg減少した。大会本番では佐藤コーチから3回転アクセル回避を提言されたが、浅田は自分の信念を貫き通した。結果はショート7位、フリー6位の総合6位に終わった。

2011-2012シーズンはGPシリーズ初戦のNHK杯で2位、ロステレコム杯では日本選手最多となるGPシリーズ8度目の優勝を果たし、3季ぶりにGPファイナル進出を決めた。だが、カナダでのGPファイナル開幕直前、以前から体調不良だった母親の健康状態が悪化したとの日本からの連絡を受けて帰国、ファイナルを欠場した。その後母は肝硬変のため死去、48歳没。浅田はその死の際に間に合わなかった。母親の葬儀翌日の12月13日から練習を再開し短期間の調整で臨んだ全日本選手権では、2年ぶり5度目の優勝を果たした。
四大陸選手権ではSP、フリー共に同シーズン中封印していた3回転アクセルに挑戦したが、どちらも回転不足と判定された。SPではトップに立ったものの、フリーではルッツやサルコウなどのミスも響き2位となった(ただし総合点ではシーズンベストを更新した)。世界選手権ではSP・フリー共に3回転アクセルを含むジャンプのミスが重なり、2年連続の総合6位に留まった。
シーズン終了後にはスケートへの意欲を失い、辞めることも考えたという。その後、ハンガリーでバレエの指導を受けるなど心身のリフレッシュを図り、8月に入ってから本格的に練習を再開した。
2012-2013シーズンは中国杯、NHK杯とGPシリーズで連勝、だがNHK杯後に疲労から発症した腰痛が悪化してしまう。腰痛が完治していない状況下で臨んだGPファイナルでは4年ぶり3度目の優勝を果たした。全日本選手権でも2度目の2連覇と6度目の優勝を果たし、世界選手権と四大陸選手権の代表に選出された。四大陸選手権では、SPで冒頭の3回転アクセルを成功させ、バンクーバーオリンピックでマークした自己ベストに迫る総合205.45点で3年ぶり3度目の優勝を飾った。世界選手権はSPで6位と出遅れたが、フリーでは自己ベストを6年ぶりに更新し2位となる。総合3位で3年ぶりの表彰台に立った。このシーズンは出場した国際大会と全日本選手権を合わせた6戦中5勝を挙げ、復活を印象づけた。
2013年4月、ソチ冬季オリンピックのシーズンを限りに引退する意向を表明した[75]。
2013-2014シーズン、スケートアメリカで優勝。シングルの選手でファイナルを含むグランプリシリーズ全7大会を全て制したのは史上初で、全体を通じても申雪/趙宏博組に続き2組目である。続くNHK杯も2連覇、ファイナルでは歴代最多タイ記録となる4度目の優勝を果たした。

ソチ五輪
ソチオリンピックでは、団体戦のSPで冒頭のトリプルアクセルを失敗し3位。女子シングルのSPでも転倒が相次いで16位と大きく崩れ、演技後のインタビューでは「何もわからない」と放心状態となった。しかし、翌日のFSでは冒頭のトリプルアクセルをクリーンに着氷し、また、女子史上初となる全6種類、計8度の3回転ジャンプを着氷し142.71点と自己ベストを更新し3位となる。またトリプルアクセルは前回のバンクーバーオリンピックでは計3回成功しており、2大会連続の成功は女子で初めての快挙となった。 演技を終えると感無量の表情で涙を浮かべ、歓声に笑顔で答えてリンクを去った。結果成績はSPの点差が響きメダル獲得にはならず、最終順位は6位入賞となった。フリー終了後、世界中から寄せられたエールについて「昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日はこうして自分の中で最高の演技をできたので、恩返しができたと思います」と答えた。
自国・さいたま市で開催の世界選手権ではSPで完璧な演技を披露して78.66点をマーク、歴代最高得点を更新する演技で首位に立った。FSでも首位を守り総合では自己ベストを大きく更新し216.69点で4年ぶり3度目の優勝を果たした。世界選手権の3回制覇は、日本男女シングル通じて最多となった。
今後の去就については、集大成と位置付けて臨んだ2月のソチオリンピックシーズンを終えても、進退についてなかなか結論が出せずにいたが、2014年5月19日に2014-2015シーズンの全試合出場を見送り、1年間競技生活の休養を発表した。その後は現役続行の可能性について「ハーフハーフ」と話し、引退するかどうかは、休養期間中にゆっくり決める予定であるとしていた。

競技復帰へ
2015年5月18日、公式ブログにおいて、現役続行の意思を明らかにした。
2015-2016シーズン、2015年ジャパンオープンで競技復帰し、141.70点という高得点をマークして女子1位となる。ISUグランプリシリーズ復帰戦となる中国杯を優勝で飾り、NHK杯では3位となりグランプリファイナルに進出するもグランプリファイナルでの出来はSPで3位、FSで6位と芳しくなく総合では最下位の6位に留まった。フリー当日は体調を崩しており、フリー演技後に医師の診察を受けた結果「胃腸炎」と診断され、出場が予定されていたエキシビジョンをキャンセルし緊急帰国した。全日本選手権では3位となり伊藤みどりに並ぶ、11個目のメダルを獲得した。四大陸選手権と世界選手権の代表に選出されたが、世界選手権に集中するために、四大陸選手権は辞退した。2季ぶりの出場となった世界選手権では、シーズンベストを記録し、7位に入った。
2016-2017シーズン、グランプリシリーズのスケートアメリカで6位、フランス杯では9位と不振続きで、トリプルアクセルの解禁も全日本選手権まで遅れた。全日本選手権も12位となり世界選手権代表を逃した。

現役引退
2017年4月10日、自身のブログ及び報道にて引退を表明した。

記録
スコア
女子ショートプログラムスコア世界記録 (78.66)、 2014年世界選手権.(2016年エフゲニア・メドベージェワが更新)
女子2人目となるISU大会での200点超え
女子フリースコア世界記録更新(133.13)、 2007年世界選手権.(2007年金妍児が更新)
女子合計スコア世界記録更新 (199.52)、 2006年NHK杯.(2009年金妍児が更新)
女子ジュニアフリースコア世界記録更新 (119.13)、 2005年世界ジュニア選手権. (2012年ユリア・リプニツカヤが更新).
女子ジュニア合計スコア世界記録更新 (179.24)、 2005年世界ジュニア選手権. .(2012年ユリア・リプニツカヤが更新).

トリプルアクセル
国際大会でのトリプルアクセル成功最年少記録(14歳70日、2016年紀平梨花が14歳66日で更新)
国際大会でのトリプルアクセル成功最年長記録(25歳)
女子5人目となる国際大会でのトリプルアクセル成功 (2004年ジュニアグランプリファイナル)
女子ジュニア初となる国際大会でのトリプルアクセル成功 (2004年ジュニアグランプリファイナル)
女子初となる世界ジュニア選手権でのトリプルアクセル成功
女子初となる1大会で3度のトリプルアクセル成功 (2010年 バンクーバーオリンピック)
女子初となる冬季オリンピックショートプログラムでのトリプルアクセル成功
女子初となる同じプログラムで2回トリプルアクセル成功 (2008年 グランプリファイナル)

他記録
史上初となるアジア人での世界選手権シングル複数回優勝
史上初となるグランプリサーキット現7大会シングルすべて優勝.
日本人初となる世界選手権複数回優勝.
グランプリシリーズシングル現役最多優勝歴代3位。
グランプリファイナル優勝女子最多タイ記録。
4大陸選手権優勝女子最多タイ記録.

主な戦績

                 大会/年 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09 09-10 10-11 11-12 12-13 13-14 15-16 16-17
International Skating Union.svg 冬季オリンピック 2 6
International Skating Union.svg 世界選手権 2 1 4 1 6 6 3 1 7
International Skating Union.svg 四大陸選手権 1 3 1 2 2 1
International Skating Union.svg 世界国別対抗戦 1 5
全日本選手権 7 8 2 2 1 1 1 1 2 1 1 3 3 12
International Skating Union.svg GPファイナル 1 2 2 1 棄権 1 1 6
International Skating Union.svg GPスケートアメリカ 3 1 6
International Skating Union.svg GPNHK杯 1 1 8 2 1 1 3
International Skating Union.svg GP中国杯 2 1 1
International Skating Union.svg GPロシア杯 5 1
International Skating Union.svg フランス杯 1 1 2 2 5 9
International Skating Union.svg GPスケートカナダ 1
CSフィンランディア杯 2
International Skating Union.svg 世界Jr.選手権 1 2
全日本Jr.選手権 4 4 1
International Skating Union.svg JGPファイナル 1
International Skating Union.svg JGPウクライナ記念 1
International Skating Union.svg JGPスケートロングビーチ 1
団体戦
International Skating Union.svg 冬季オリンピック 5

詳細
2016年12月22日-25日 第85回全日本フィギュアスケート選手権
2016年11月10日-13日 ISUグランプリシリーズ フランス杯(パリ)
2016年10月22日-24日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(シカゴ) 
2016年10月6日-9日 ISUチャレンジャーシリーズ フィンランディア杯(エスポー)

2015-2016 シーズン
2016年3月26日-4月3日 2016年世界フィギュアスケート選手権(ボストン)
2015年12月24日-27日 第84回全日本フィギュアスケート選手権(札幌)
2015年12月9日-13日 2015/2016 ISUグランプリファイナル(バルセロナ) 
2015年11月27日-29日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野
2015年11月6日-8日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京)
2015年10月3日-日 2015年ジャパンオープン(さいたま)
2014年世界フィギュアスケート選手権金メダル

2013-2014 シーズン
2014年3月24日-30日 2014年世界フィギュアスケート選手権(さいたま)
2014年2月6日-22日 ソチオリンピック(ソチ)
2014年2月6日-22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ)
2013年12月20日-23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権(さいたま)
2013年12月5日-8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル(福岡)
2013年11月8日-10日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(東京)
2013年10月18日-20日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(デトロイト)
2013年10月5日-日 2013年ジャパンオープン(さいたま)

2012-2013 シーズン
2013年4月11日-14日 2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦(東京)
2013年3月10日-17日 2013年世界フィギュアスケート選手権(ロンドン)
2013年2月8日-11日 2013年四大陸フィギュアスケート選手権(大阪)
2012年12月20日-24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権(札幌)
2012年12月6日-9日 2012/2013 ISUグランプリファイナル(ソチ)
2012年11月23日-25日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(利府)
2012年11月2日-4日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(上海)
2012年10月6日-日 2012年ジャパンオープン(さいたま)

2011-2012 シーズン
2012年3月26日-4月1日 2012年世界フィギュアスケート選手権(ニース)
2012年2月7日-12日 2012年四大陸フィギュアスケート選手権(コロラドスプリングス)
2011年12月23日-26日 第80回全日本フィギュアスケート選手権(門真)
2011年11月25日-27日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯(モスクワ)
2011年11月10日-13日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(札幌)

2010-2011 シーズン
2011年4月25日-5月1日 2011年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ)
2011年2月15日-20日 2011年四大陸フィギュアスケート選手権(台北)
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権(長野)
2010年11月25日-28日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ)
2010年10月22日-24日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(名古屋)
2010年10月2日-日 2010年ジャパンオープン(さいたま)

2009-2010 シーズン
2010年3月22日-28日 2010年世界フィギュアスケート選手権(トリノ)
2010年2月14日-27日 バンクーバーオリンピック(バンクーバー)
2010年1月27日-30日 2010年四大陸フィギュアスケート選手権(全州)
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権(門真)
2009年10月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯(モスクワ)
2009年10月15日-18日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ)
2009年10月3日-日 2009年ジャパンオープン(さいたま)

2008-2009 シーズン
2009年4月16日-18日 2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦(東京)
2009年3月23日-29日 2009年世界フィギュアスケート選手権(ロサンゼルス)
2009年2月2日-8日 2009年四大陸フィギュアスケート選手権(バンクーバー)
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権(長野)
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル(高陽)
2008年11月27日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(東京)
2008年11月13日-16日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ)

2007-2008 シーズン
2008年4月20日-日 2008年ジャパンオープン(さいたま)
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ)
2008年2月11日-17日 2008年四大陸フィギュアスケート選手権(高陽)
2007年12月26日-28日 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪)
2007年12月13日-16日 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ)
2007年11月15日-18日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ)
2007年11月1日-4日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ)

2006-2007 シーズン
2007年4月29日-日 2007年ジャパンオープン(さいたま)
2007年3月19日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京)
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋)
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク)
2006年11月30日-12月3日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野)
2006年10月26日-29日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(ハートフォード)

2005-2006 シーズン
2006年5月14日-日 2006年ジャパンオープン(さいたま)  
2006年3月6日-12日 2006年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(リュブリャナ)
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京)
2005年12月16日-18日 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京)
2005年11月17日-20日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ)
2005年11月3日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京)

2004-2005 シーズン
2005年2月28日-3月6日 2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(キッチナー)
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権(横浜)
2004年12月2日-5日 2004/2005 ISUジュニアグランプリファイナル(ヘルシンキ)
2004年11月20日-21日 第73回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪)
2004年9月30日-10月3日 ISUジュニアグランプリ ウクライナ記念(キエフ)
2004年9月9日-12日 ISUジュニアグランプリ スケートロングビーチ(ロングビーチ)

2000-2004 シーズン
2003年12月25日-26日 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野)
2003年11月22日-23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(京都)
2002年12月20日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都)
2002年11月23日-24日 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋)
2001年11月23日-24日 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京)

プログラム使用曲
2016-2017 バレエ音楽『恋は魔術師』より
2015-2016 素敵なあなた、歌劇『蝶々夫人』より
2013-2014 ノクターン 第2番変ホ長調 作品9の2、ピアノ協奏曲第2番、この素晴らしき世界
2012-2013 アイ・ガット・リズム、白鳥の湖、ミュージカル映画『メリー・ポピンズ』より
2010-2011 タンゴ、バラード第1番ト短調、仮面舞踏会、前奏曲「鐘」
2008-2009 月の光、仮面舞踏会、ポル・ウナ・カベサ
2007-2008 ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア、映画『ラヴェンダーの咲く庭で』より、幻想即興曲
2006-2007 ノクターン 第2番変ホ長調 作品9の2、ハバネラ 歌劇『カルメン』より、虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より
2005-2006 歌劇『カルメン』より、スノーダンス、くるみ割り人形、虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より
2004-2005 虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より、風変わりな店、ミュージカル映画『スイング・タイム』より
2003-2004 オーケストラ組曲「マイ・ガール2」、ワルツ・スケルツォ ハ長調Op. 34、ハバネラ 歌劇『カルメン』より、インカダンス&アンデス
2001-2002 セイ・ヘイ・キッズ、インカダンス&アンデス

受賞
日本オリンピック委員会
2004年度JOCスポーツ賞 新人賞
2007年度JOCスポーツ賞 最優秀賞
2009年度JOCスポーツ賞 最優秀賞
2013年度JOC杯

行政
2005年国際競技大会優秀者表彰(文部科学省)
2007年国際競技大会優秀者表彰(文部科学省)
2008年国際競技大会スポーツ功労者顕彰(文部科学省)
名古屋市スポーツ功労賞
愛知県スポーツ功労賞

マスコミ
2005年度第20回中日体育賞(中日新聞)
2005年度第40回ビッグスポーツ賞(テレビ朝日)
2005年度日本スポーツ賞 奨励賞(読売新聞)
2008年度朝日スポーツ賞(朝日新聞)
2009年度スケーター・オブ・ザ・イヤー(東京運動記者クラブ)
2013年度スケーター・オブ・ザ・イヤー(東京運動記者クラブ)
Sports@nifty フィギュアスケートアワード
2007 コスチューム・オブ・ザ・イヤー ショートプログラム『ノクターン』
2008 フィギュアスケーター・オブ・ザ・イヤー
2008 コスチューム・オブ・ザ・イヤー フリープログラム『幻想即興曲』(四大陸&世界選手権バージョン)
2009 フィギュアスケーター・オブ・ザ・イヤー
2009 プログラム・オブ・ザ・イヤー フリープログラム『仮面舞踏会』(振付/タチアナ・タラソワ)

テレビ出演
TBS系『学校へ行こう!MAX』2005年7月12日放送(「ニッポンの世界にはばたく学生」のコーナーに出演)
フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』2008年5月8日放送(「新・食わず嫌い王決定戦」、対戦相手は松本潤)
日本テレビ系『24時間テレビ』2008年8月30日放送(アイスショー「THE ICE」で義手のヴァイオリン少女が演奏する「虹の彼方に」に乗せて演技する模様が放送された)
テレビ朝日系『ドラえもん秋の1時間スペシャル』2008年10月24日放送(本人役でアフレコ出演)
TBSテレビ『浅田真央 ドリーム・ラボ』
TBS系『関口宏の東京フレンドパークII』2009年5月7日放送(共演 安藤美姫、小塚崇彦、織田信成)・2010年4月19日放送(共演 浅田舞、小塚崇彦、高橋大輔)
フジテレビ・関西テレビ系『Mr.サンデー』2010年4月18日放送
フジテレビ系『VS嵐』2010年5月6日放送(共演 浅田舞、小塚崇彦、本田武史)
日本テレビ系『天才!志村どうぶつ園』2010年5月22日・5月29日放送
フジテレビ系『run for money 逃走中』2010年6月27日放送
日本テレビ系『24時間テレビ』2010年8月28日放送(アイスショー「THE ICE」で右半身麻痺の少女と競演する模様が放送された)
テレビ朝日系『夢対決!とんねるずのスポーツ王は俺だ!スペシャル』2011年1月2日放送(「卓球対決」のコーナーに安藤美姫、高橋大輔、織田信成、小塚崇彦とともに出演)
TBS系『世界ふしぎ発見!浅田真央の華麗なるウィーン〜ブダペスト』2014年7月5日放送(スペシャルミステリーハンター)
BSジャパン『浅田真央・舞のTRY&GO 初体験!素顔のプライベート旅 完全版』2014年10月12日放送(旅人)
TBS系『炎の体育会TVSP』2016年4月16日放送(共演 浅田舞)

ラジオ出演
住友生命 Presents 浅田真央のにっぽんスマイル(2015年3月2日 - 6月29日、TBSラジオ) - パーソナリティ
番組枠は姉の浅田舞が引き継ぐこととなった(「住友生命 Presents 浅田舞のマイYOUNG JAPAN ACTION」)。

CM出演
伊藤ハム「朝のフレッシュ」
森永製菓「ウイダーinゼリー」
王子ネピア「まおレゴフィギュアプレゼント」、「ウェットントン」
オムロン「電動歯ブラシ」、「カラダスキャン」
ロッテ「ガーナミルクチョコレート」、「クリミオ」、「クランキー」、「デュアル」
佐藤製薬「ストナ」
NEC「VALUESTAR W」
日本コカ・コーラ「大豆ノススメ」
オリンパス「μ-DIGITAL」
Nestlé「エアロボックス」
花王「アジエンス」
エアウィーヴ「エアウィーヴ」
NISSAY
JAL
住友生命「ヤングジャパンアクション」
アルソア「アルソアクイーンシルバー」
アサヒビール「アサヒスタイルバランス」(2015年)
ECC「ECCジュニア開設者募集」(2015年)
スポンサー
伊藤ハム
森永製菓
王子製紙
オムロン
ロッテ
佐藤製薬
ユナイテッド航空
エアウィーヴ

公的活動
2006年3月31日、ナゴヤドームで行われた中日ドラゴンズ対広島東洋カープの開幕戦で舞とともに始球式を務めた。「くるみ割り人形」の曲をバックに特注のコスチュームで登場し、谷繁元信捕手に投球。野球観戦は初めてだったそうで再登板を希望していた。
2007年4月6日、姉の舞と日本とカナダの観光での交流を推進する「日加観光親善大使」に任命され、冬柴鉄三国土交通相とジョセフ・キャロン駐日カナダ大使と共に記者会見を開いた。
2010年4月15日、春の園遊会に招待され、今上天皇、美智子皇后と懇談した。懇談後、記者に「お会いできてすごく光栄でした。本当に優しい方だと思いました」と感想を述べた。
2010年4月23日、総理官邸に招待され、内閣総理大臣鳩山由紀夫と初対面し、地方自治体などの財源縮小でスケートリンク場が減り続けている現状などを訴えた。

書籍
浅田真央、15歳(文藝春秋、2006年)
浅田真央、16歳(文藝春秋、2007年)
浅田真央、17歳(文藝春秋、2008年)
浅田真央、18歳(文藝春秋、2009年)
浅田真央 age 15‐17(文藝春秋、2009年
真央らしく(朝日新聞出版、2009年)
浅田真央 奇跡(ミラクル)の軌跡〜ファースト・フォトブック(新書館出版、2010年)
浅田真央公式写真集 MAO(徳間書店、2010年)
浅田真央 POWER&BEAUTY(小学館、2010年)
浅田真央物語 Princess Mao(角川書店、2010年)
浅田真央 さらなる高みへ(学研教育出版、2011年)
浅田真央、20歳への階段(文藝春秋、2011年)
浅田真央 Book for Charity(学研教育出版、2011年)
浅田真央 美しく舞う言葉 (イースト・プレス、2012年11月18日)
浅田真央 そして、その瞬間へ (学研マーケティング、2013年10月22日)
浅田真央 age 18-20 (文藝春秋、2013年12月4日)- ISBN 9784167838959
浅田真央 夢の軌跡〜ドリームのきせき〜 (新書館、2013年12月26日

CD
浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック
浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2008-09
浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2009-10
浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2010-11
浅田真央 スケーティング・ミュージック2011-2012
浅田真央 スケーティング・ミュージック2012-13
浅田真央 スケーティング・ミュージック2013-14

DVD
浅田真央 20歳になった氷上の妖精(ポニーキャニオン)

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