野田洋次郎 のだようじろう

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野田洋次郎のプロフィール

野田洋次郎(のだ ようじろう)
1985年7月5日
ボーカル、ギター、RADWIMPSの全ての楽曲の作詞・作曲を担当。
血液型はA型
両利き。未婚

東京都の病院で生まれる。春光幼稚園に通っていたが、卒園まで残り3か月という時に、アメリカ合衆国テネシー州のナッシュビルに引っ越す。小学校はScales Elementary Schoolに2年間通っていたが、カリフォルニア州のロサンゼルスに引っ越し、Soleado Elementary Schoolに転校。その3か月後、本来行くはずであった自宅近くのSilver Spur Elementary Schoolに定員が一人空いたため再び転校。10歳の時に日本に帰国し、世田谷区立桜丘小学校に転入した。中学校は慶應義塾湘南藤沢中等部と桐蔭学園中学校を受験し、合格した桐蔭学園中学校に進学[6]。部活動はバスケットボール部。「ヒキコモリロリン」の歌詞にも登場している田中昌也は、中学校時代のお気に入りの教師である。その後、桐蔭学園高等学校に進学し卒業。大学は慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に進学するも中退。
父・昇はサラリーマン、母・享子はピアノの先生をしていた[6]。林太郎という名前の兄がいる[7]。「ロッキー」という名の犬を飼っていた。ライブ、ラジオ出演などでは必ずと言って良いほど帽子を着用している。手が大きく、真ん中がへこんでいる。
ベース、ドラム、ヴァイオリン、ピアノ、キーボード、シンセサイザーも演奏できる。ノエル・ギャラガーの影響が強く、これまでもギブソン・ES-335なども使用。ギターに触り始めたのは小学5年生で、木村拓哉の演奏する「夜空ノムコウ」を観たのがきっかけ。降谷建志などにも影響を受けており、当人とは『ROCKIN'ON JAPAN』2007年9月号増刊で対談している。歌詞に英語が多く登場するが、英語が堪能な理由は「英語を喋らざるを得ないような環境にいたから」と本人は語っている。また、野田本人も敬愛するMr.Childrenの桜井和寿はRADWIMPSデビュー前にデモテープを貰った際、ほとんどの楽曲が英語詞だった中に、1曲日本語での歌詞の楽曲があり、「日本語でやったほうがいいですよ」と事務所社長に伝えたという。桜井はその後、Bank Bandとして有心論をカバーしている。
2008年に、CHARAのアルバム『honey』収録曲「ラブラドール」をプロデュース。2015年に、ハナレグミに楽曲「おあいこ」を提供。2016年に、Aimerに楽曲「蝶々結び」を提供・プロデュース、さユりに楽曲「フラレガイガール」をプロデュース。
2012年、ソロプロジェクト「illion」(イリオン)としての活動を発表。2015年には、初のエッセイ本『ラリルレ論』を発売。
さらに、映画『トイレのピエタ』で主演を務め、俳優デビューを果たし、第39回日本アカデミー賞・新人賞、第70回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞。
2016年、自主映画のコンペティション「PFFアワード2016」に、最終審査員として参加。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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