「着いた?」を3時間読めなかった俺、彼女の家からの帰り道の坂で起きていたこと
坂の上から来た自転車
坂に差しかかったところで、上のほうから自転車のブレーキの音が聞こえてきました。振り向くと、小学校低学年くらいの男の子が、坂を下りてきました。スピードが出すぎて、ハンドルが大きく揺れていました。
俺はとっさに駆け寄り、倒れかけた自転車を受け止めました。そのはずみで俺も転び、両手のひらをアスファルトで擦りむきました。ポケットから飛び出したスマホが、地面の上を滑っていくのが見えました。拾い上げると画面には大きなひびが入り、電源ボタンを押しても何も映りませんでした。
男の子は膝を少し擦りむいただけで、大きなけがはありませんでした。
覚えていなかった番号
男の子は泣きながら、家はすぐ近くだと言いました。1人で帰すわけにもいかず、自転車を押して家まで送り届けました。出てきた男の子の母親は何度も頭を下げ、俺の手に絆創膏を貼ってくれました。そのまま引き止められ、お茶まで出してもらううちに、気づけば2時間近くが経っていました。
「どなたか、連絡したい方はいますか」
そう聞かれて、すぐに彼女の顔が浮かびました。けれど、俺は彼女の電話番号を覚えていなかったのです。
彼女は今頃、暗い川沿いを思い浮かべながら連絡を待っているはずでした。
3時間後の一斉既読
家に着いて、急いでパソコンを開きました。メッセージアプリにログインできたのは、彼女の部屋を出てから3時間ほど経ったころです。
画面には、未読のメッセージが並んでいました。
「着いた?」
「大丈夫?」
「連絡ください」
1つ読むたびに、彼女がどんな思いで送ってきたのかが伝わってきました。
「ごめん、スマホが壊れた。俺は大丈夫。明日、説明させて」
人を助けた話を文章にすると、言い訳がましく見える気がしました。だから、彼女が一番知りたいはずの「大丈夫」だけは、はっきり書きました。
そして...
翌日、俺は先にカフェに着き、壊れたスマホをテーブルに置いてコーヒーを頼みました。
やってきた彼女は、俺の手を見るなり「その手、どうしたの」と声を上げました。
「話すと長くなるんだけど」
坂の上の自転車の話をすると、彼女はしばらく何も言わず、「先にそれを書いてよ」と俺の手を軽く叩きました。そのあと、紙ナプキンに自分の番号を書いて渡してくれました。
あの夜、俺が最初に「着いた」のは、自分の家ではなく男の子の家の玄関でした。
(20代男性・公務員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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