「そろそろですね」を送る日を、私は1冊のノートで決めていました
初めての日に聞いた言葉
そのお客さまが初めてサロンに来たのは、1年半ほど前のことです。伸びた前髪をピンで留めたまま、椅子に座るなり「伸ばしっぱなしで、すみません」と頭を下げました。
髪が伸びるのは、誰のせいでもありません。それなのに、鏡越しに見えた申し訳なさそうな顔が、カットを終えるまで頭から離れませんでした。
その日から、記録用のノートにお客さまのページを作り、切った長さと来店した日を書き込むようになりました。
数字が教えてくれたこと
記録が増えるにつれて、分かってきたことがあります。お客さまの髪は、1か月に1cmほど伸びます。暑い時期は少し早く、短めに切った回は次までの日数が長くなりました。そして前髪がまゆを1cmほど越えると、つむじの癖で毛先が割れ始めるのです。
1か月に1cmの変化は、本人も周りの人も、まず気づきません。けれどお客さまは、割れた前髪をピンで押さえて、限界まで我慢してから来る人なのだと思いました。
ページが半分ほど埋まったころからは、割れ始める日の1週間ほど前を数えました。その日に「そろそろですね。ご都合のいい日があれば、教えてください」と送るようにしたのです。44日の回も、51日の回も、38日の回も、同じ数え方でした。4回目のメッセージに、初めてお客さまから質問が返ってきました。
「いつもすごいタイミングですよね。どうして分かるんですか?」
短い返事にした理由
ノートの数字を全部書き出せば、答えにはなります。けれど打ってみると、ただの計算の説明にしか見えず、送る手前で消しました。
本当に伝えたかったのは、数字よりも、あの日の「すみません」のほうでした。もう謝らなくていいように先に声をかけていたのだと、メッセージではなく顔を見て話したいと思ったのです。そう決めて、短く返しました。
「次にいらしたとき、お話ししますね」
ほどなくして、お客さまから「では、この日でお願いします」と予約の希望が届きました。選ばれていたのは、空いていた中で一番近い日。「お待ちしています」と返して、ノートの次の行にその日付を書き入れました。
そして...
予約の日、お客さまの前髪はまゆを少し越えたところで、まだ割れてはいませんでした。ノートを見せて話すと、お客さまは数字の並びを指でなぞりながら、しばらくページを眺めていました。「職場の人、誰も気づかないんですよ」と言って、少し笑っていました。その日、椅子に座ったお客さまの口から「すみません」は出ませんでした。
カットを終えたあと、いつもどおりお客さまのページに今日の長さを書き込みました。次の連絡をいつ送るかは、まだ数えている途中です。
(30代女性・美容師)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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