「はじめまして」で通した俺が、取引先から外された日。ロビーで後輩に話した一言
笑い話にしていた個室の一言
あの合コンで、俺は盛り上げ役のつもりでいました。入り口近くの席から、遅れて引き戸を開けた彼女を見上げて、口から出たのがこれです。
「ブスは帰っていいよ」
笑いながら言うと、何人かがつられて笑いました。幹事の子が「ちょっと」と言いましたが、気にも留めません。彼女は端の席で1杯だけ飲み、お金を置いて先に帰っていきました。
悪いことをしたとは思っていませんでした。その後の飲み会でも、本当に帰った子がいたと何度か笑い話にしていたくらいです。だから顔を覚えていました。
課長だけを見て進めた打ち合わせ
当日の会議室で、彼女はこちらを見て、すぐ手元に目を落としました。気づいていない、と俺は判断しました。彼女の前に立ち、名刺を両手で差し出します。
「はじめまして」
彼女から名刺を受け取り、「本日はよろしくお願いいたします」と頭を下げて正面の席に座りました。説明のあいだは、決裁する課長だけを見て話しました。彼女と目が合えば、何か思い出させてしまうかもしれない。納期や配送について彼女に質問されても、答えは課長に向けて返しました。
エレベーターで1階のロビーに降りると、後輩と2人きりになりました。手応えがあったぶん、気が緩んでいたのだと思います。
名刺入れを差し出したのは
「今の担当、前に合コンで帰らせた子だよ。気づいてないみたいだから助かったわ」
笑ってそう言うと、後輩は顔をこわばらせました。
「え、それまずくないですか」
「お忘れ物です」
振り向くと、先方の課長が立っていました。差し出されたのは、俺の黒い名刺入れ。課長は笑っていませんでした。受け取って頭を下げるあいだに、課長は次のエレベーターで戻っていきました。
翌日、うちの部長に呼ばれました。
「ロビーでのお前の話、先方の課長さんが聞いていたそうだ。今回は見送りになった。お前はこの件から外れろ」
それでも、彼女なら何とかなると考えたのです。何も覚えていない担当者なら、頼めば口添えしてくれるはずだと。
そして...
打ち合わせから2日後、もらった名刺の直通番号に電話をかけました。先方の課長には、何度かけても取り次いでもらえなかったのです。
「先日はありがとうございました。少し行き違いがあったようで、担当の方から課長さんにお口添えいただけないかと思いまして」
少し間があって、彼女が答えました。
「はじめまして、とおっしゃいましたよね」
「え?」
聞き返した俺に、彼女は続けました。
「1年前に1度お会いしています。そのとき帰っていいと言われたので、今回も私から申し上げることはありません」
「いや、あの」
「失礼いたします」
電話は、そこで切れました。気づいていないと決めつけていたのは、俺のほうです。彼女は1年前の一言を、言った俺よりずっと正確に覚えていました。
(20代男性・営業職)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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