「あの店、潰れるの時間の問題だよ」という声を聞いた夜から、私は毎朝一時間早く起きた
窓越しに聞こえた声
両親が30年かけて育てた店を引き継いで以来、休んだ記憶がほとんどありません。客足は少なく、余裕もない日々でしたが、毎朝生地をこねることに意味があると信じていました。
ある秋の夜、厨房を片付けていると、玄関の外で彼が電話している声が聞こえてきました。「あの店、潰れるのも時間の問題だよ」。友人との会話の中のひと言で、笑い混じりでもなく、ただ淡々とした声でした。スポンジを持ったまま、しばらく動けませんでした。
それでも続けた理由
翌朝、彼には何も言いませんでした。知っていると伝えることが怖かったのか、言葉にしたら本当のことになる気がしたのか、自分でもよくわかりません。ただ、いつもより一時間早く起きて、生地をこねました。
「また来たよ」と言ってくれるお客さんのために。親が積み上げてきたものを終わらせたくなかった。その気持ちだけで、毎日厨房に立ち続けました。涙がこぼれていることに気づいたのは、パンが焼き上がったあとでした。
行列ができた朝
2ヶ月ほど後、見知らぬ番組スタッフから、取材依頼の連絡が届きました。経緯は詳しく教えてもらえませんでしたが、放送後の朝、開店前から店の前に列ができていました。
並んでいる人たちを端から端まで見渡して、胸の奥がじわりと熱くなって、あの夜聞いた声と目の前の光景が、うまく重ならないまま、ただそこに立っていました。
そして...
しばらくして、彼から「見たよ」とメッセージが来ました。私は少し考えてから「ありがとう」とだけ返しました。
あの夜の言葉を、怒りに変えなくてよかったと思います。あの声があったから、一時間早く起きることができたからです。彼が何を感じているかは、聞かないままにしています。
(30代女性・自営業)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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