

公開から35年、名作「つぐみ」に見る市川準監督の普遍性 引きずり込まれる静かな世界観の魅力

1990年公開の映画「つぐみ」は、吉本ばななの『TUGUMI』を原作に、市川準監督がメガホンを取った青春映画だ。牧瀬里穂が病弱でわがままな少女・つぐみを演じ、その個性的なキャラクターと静かに引き込まれるような世界観が多くの映画ファンの心を捉えた。映画公開から35周年を迎える節目の2025年。市川監督の生誕77年を記念して、いまなお色褪せない同作の魅力を改めて振り返る。
市川準という映画監督
1948年、東京府中市に生まれた市川準監督。CMディレクターとして活動を始め、1987年に「BU・SU」で映画監督としてデビューを果たす。その後は多様な題材へ積極的に挑戦し、独自の視点と繊細な演出で「クレープ」や「トキワ荘の青春」などの傑作を世に送り出してきた。
市川監督は日常の静かな風景や人間の感情の機微を、必要最小限の演出で“静か”に描く。登場人物たちの内面や生活の些細なやりとりに焦点を当て、観る者にじんわりとした共感や郷愁を呼び起こすのだ。ドラマチックな展開や演出で大きな感情を揺り起こすのではなく、静かに、丁寧に紡がれる物語はとてつもない“没入感”を生む。
そんな市川監督の作品は東京を舞台にしたタイトルが多いなか、「つぐみ」は西伊豆を舞台とした作品。吉本ばななのミリオンセラー小説『TUGUMI』を映画化した本作は、第15回報知映画賞監督賞、第45回毎日映画コンクール監督賞を受賞するなど高く評価された。
2008年に59歳で早逝した市川監督。「つぐみ」は彼の4作目にあたるタイトルだが、すでに見る者を映画の世界に引きずり込むスタイルを確固としている。初監督作品「BU・SU」から続く、登場人物の“ありのまま”をきらびやかで鮮明に描いた作品だ。
少女の視点から見える世界と、世界から見た少女
映画「つぐみ」は、西伊豆の海辺の小さな町を舞台にした物語だ。病弱ゆえ過保護に育てられ、わがままな性格になった18歳の少女・つぐみと、彼女の姉・陽子(白島靖代)、そして従姉妹のまりあ(中嶋朋子)が過ごすひと夏を描く。
つぐみは自分の気持ちや欲望を抑えきれず、時に身勝手で不器用な言動を繰り返す。まりあに電話をかけた際は、「元気?」のひと言に「相変わらずバカそうだなお前。ちゃんと勉強してんの?親父さんは浮気してないか?二度あることは三度あるっつーぞ」とめちゃくちゃだ。生まれた時から身体が弱く、「あちこちの機能が壊れていた」と言われるほど。
そこで“吹っ切れ”てしまったのがつぐみで、彼女は極端に開き直った態度を取るようになる。暴言はあたりまえ、派手な格好で遅くまで外出した日に父親から叱られた際などは「ぶっとばしてみろよ!そいで…そいで私が今夜、ぽっくり逝っちまってみろ。お前ら、後味悪いぞ」と悪魔じみた表情で勝ち誇ったものだ。
それでいて、まりあが父の都合で東京へ行くことが決まると毎日のようにイタズラ電話もした。「なんでもないけど元気?」「サクラチル」といった電話は明らかに従妹が遠くへ行く寂しさからくるもので、素直になれない幼気な愛くるしさが見える。
死が身近にあったからこそ形成されたつぐみの複雑な内面。だが市川監督はそれを美化することなく、ありのままに描き出した。彼女が周囲を困らせる言動をじっくり描き、家族の困り果てた視線と表情をくっきり映す。残された時間を好き勝手に生きて、でも恋する人ができたら「私っていつまで生きてるんだっけ」と不安になったり。不器用で素直なつぐみの姿は、観る者に“共感”とは違った感情を湧きあがらせる。
豊かな自然、周りで立ち働く人々の何気ない仕草、BGMと余計な演出の少なさ…静かで些細なワンシーンごとに、引き込まれていく。つぐみの言動に呆れていたはずが、いつのまにか“つぐみに困らせられる人”の一員として世界観にのめり込んでいる。この不思議な体験が、ラスト…たった1つの言葉で驚くほど大きな感情を胸に呼び起こさせるのだ。
市川監督の演出とその魅力
市川監督は、登場人物の心情や関係性をセリフやアクションに頼らず、映像や音響、空間全体の雰囲気で伝える演出を得意としている。たとえばつぐみと美術館勤務の青年・恭一(真田広之)が恋に落ちる過程。盛大でドラマチックな告白シーンや演出はなく、静かな視線のやりとり、ところ変わってもそばにいるカットの連続、どんどん近づいていく距離感など、さりげない描写で表現される。
「つぐみ」の主人公のわがままや不器用さから、大人になっても抱え続ける弱さや孤独、そして他者との関わりの中で自分を見つめ直すべき人の本質を描く市川監督。その演出手法と描いたテーマは、時を経てもなお色あせない。それは映画公開から35年を経たいまも、多くの映画ファンや批評家から高い評価を受けていることから明らかだ。
そして2025年が市川監督の生誕から77年、「つぐみ」公開から35周年という節目にあたることで、CS放送「衛星劇場」は記念特集を放送する。7月3日(木)夜6時15分(ほか)からは映画「つぐみ」が、そして同映画にまつわる関連番組として「映画公開35周年記念特番 牧瀬里穂 あの時の記憶をたどって『つぐみ』-静岡県 賀茂郡 松崎町-」が7月3日(木)夜8時15分(ほか)から、「シネマ紀行 つぐみ」が7月3日(木)夜8時45分(ほか)からオンエア。さらに市川監督の名作「東京夜曲」(7月2日[水]朝10:00-ほか)、「クレープ」(7月2日[水]朝11:40-ほか)も放送される。
死が間近な人間は善悪に囚われない。そうした境遇にある少女が見せるむき出しの感情を、丁寧に描いた名作「つぐみ」。令和というさまざまな変化の過渡期にある時代にこそ、人の本質が垣間見える市川監督作品にもう一度触れておきたいものだ。
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