稀代の映画監督・三谷幸喜が提供し続ける丁寧で“腰の低い”映像作り 作品に共通するユーモアと人間力
現在絶賛上映中の「スオミの話をしよう」は、三谷幸喜が「記憶にございません!」以来5年ぶりに手がけた映画監督・脚本作品。長澤まさみを主演に迎え、突然失踪した女性と、彼女について語り出す5人の男たちを描いたミステリーコメディだ。新作を発表するごとに世間の話題をさらい、注目を集める三谷作品。単なるコメディとも難解すぎるミステリーとも異なる、クスッと笑えて頭をひねらされる独特の作風を、いま改めて深掘りしていく。
あふれんばかりの遊び心
三谷監督の作品を語るうえで避けられないのが、出世作ともいえるドラマ「古畑任三郎」シリーズ。田村正和による目を惹く演技と奇妙なせりふ回し、そして“犯人側から探偵を見る”という斬新な刑事ドラマとして長く愛された。
肝心なトリックは明かされないものの、視聴者は犯人を知っている状況。奇妙な刑事が素っ頓狂な質問をしてきたと思ったら、おもむろに事件の核心を突いて犯人をドキッとさせる。そして視聴者も思わず犯人の心境に立ってドキッとしてしまう…というのは、同作のファンなら経験があるのではないだろうか。
同作のユニークな点は、トリックが明かされる番組ラスト直前にある“小話”パート。数々の仕掛けが散見される同ドラマのなかでも、特に「古畑任三郎らしさ」として語り継がれる光景だ。主には周囲の時間が止まったような演出のなか、古畑が事件を振り返る…のだが、ときどきドラマの裏側や番組へ寄せられた手紙を読むなど、メタフィクション的演出が登場する。
さらに“必ず”なんらかの理由で中断されてしまう「赤い洗面器の男」に関する話など、面白い仕掛けが多数散りばめられている「古畑任三郎」シリーズ。だが三谷作品において、同様の仕掛が登場する作品がある。それがドラマ「王様のレストラン」だ。
筒井道隆が演じるフレンチレストラン「ベル・エキップ」のオーナー・原田禄郎。傾きかけた同店を救うべくやってきた千石武(松本幸四郎[現・松本白鸚])が、伝説のギャルソンとして奮闘する…という同作のある回で、原田が笑わない経済界のトップたちを和ませようと「赤い洗面器の男」という小話を始める。
例によってなにかしらの理由で中断されるところも含め、ぴったり同じ。“絶対に完結しない”というジョークでもある仕掛けが、作品を飛び越えて登場する遊び心はまさに“三谷節”というべきか。
元々喜劇専門でシナリオを書いていた三谷の味をしっかり出しつつ、全体の雰囲気を壊さないバランス力が三谷作品の大きな特徴であり、魅力といえる。
芸能界にもファンの多い三谷作品の魅力
先に出した「古畑任三郎」シリーズでは、イチローやSMAPといった超豪華メンバーを犯人役として登場させたことは広く知られる事実だ。普通では考えられない意外な、あるいは大物すぎるゲストが登場するのも三谷作品の特徴の1つ。
たとえば映画「ギャラクシー街道」では、主演に香取慎吾、ヒロインに綾瀬はるかを呼んだほか、優香、遠藤憲一、小栗旬、大竹しのぶ、西田敏行といった日本を代表する俳優陣がずらりと顔を並べた。
綾瀬は「ザ・マジックアワー」以来2度目の共演だったが、香取はのちにドラマ「誰かが、見ている」でもタッグを組む仲に。仕事のなかでお互いの仕事ぶりに感嘆したからこそ生まれた“2度目”であり、呼ばれたから仕事をした…というだけの間柄ではないことは想像に難くない。
三谷自身が過去のインタビューで語ったところによると、カメラケーブルに足を引っかけて「すいません!」と謝っていたころとそう変わらないという。年下のスタッフにも敬語で話したいところだが、60代になってからは「若いスタッフからしたらやりづらい」と思って迷走していた時期もあるそうだ。このエピソード1つとっても、三谷が「映画作りの実力」だけでなく「人間力」を身につけていることがわかる。
力はあるが人間性が伴わず、苦労を強いる監督も少なくはない。あえて極限状態に追い込むことで力を引き出すというタイプが悪いわけではないが、それを経たキャストが最後に監督へ抱く気持ちが好悪どちらに転ぶかは半々だろう。
そうした意味で、多くの人から「一緒に仕事がしたい」と思わせられる三谷の武器は“人間力”といえるかもしれない。
最新作「スオミの話をしよう」も三谷ワールド全開
三谷の最新作「スオミの話をしよう」は、豪邸に暮らす著名な詩人・寒川しずお(坂東彌十郎)の新妻・スオミ(長澤)が突如行方不明になることから始まる。刑事であり、スオミの元夫でもある草野圭吾(西島秀俊)が豪邸を訪れ、すぐにでも捜査を開始すべきだと主張する。
しかし寒川は「大ごとにしたくない」とその提案を拒否。やがてスオミを知る男たちが事情を聞きつけて次々と屋敷にやって来るのだが、彼女の安否そっちのけで「誰が一番スオミを愛していたのか」「誰が一番スオミに愛されていたのか」と激しい議論が始まってしまう。それぞれスオミの元夫である魚山大吉(遠藤憲一)、宇賀神守(小林隆、)十勝左衛門(松坂桃李)たちが振り返る彼女は、それぞれ性格や言語さえ異なる人物像で…。
シリアスな状況でも、どこかコメディチックな雰囲気が見え隠れする三谷ワールド全開の同作。骨太なミステリ要素がしっかり柱として存在しつつ、三谷作品らしい会話主体の長回しや突飛な演出にどうにもクスッとさせられる。
三谷作品のミステリ作品といえば、「古畑」のほかに「黒井戸殺し」も忘れられない。こちらはアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」を原案としたドラマで、野村萬斎と大泉洋という特色ある2人がバディを組んだ。
「アクロイド殺し」は「映像化不可能」と言われた叙述トリックが魅力のミステリで、「黒井戸殺し」は日本において初の映像化作品だという。“叙述トリック”を扱うとき、特に難しいのが視聴者側に対するフェア・アンフェア論争。本来ミステリ作品というのは、視聴者にすべてのトリックを解き明かす種を入れなければフェアではない。それは小説、映画、ドラマすべてにおいて“ミステリ”の作法ともいうべきルール。
そんななか「文字だけを読んだ読者が勘違いする」ことを意図した叙述トリックは、映像化が非常に難しい。映像は文字とは違い、視聴者に勘違いさせる余地が少ないからだ。
しかし三谷はそうした制約をきちんと受け止め、同作の魅力を丁寧に描き切る。“信頼できない語り手”を見事に作り上げ、驚きの種と同時にヒントもフェアに開陳していた。
原作のある「黒井戸殺し」だからこそ見えてくるのが、三谷監督作品が長く愛されている理由だ。「自分流に面白く」という味付けはしっかりおこないつつ、外してはいけない原作の骨子はしっかり尊重する。作品へ愛を持って向き合う姿勢は見ている側にも、演じている側にも伝わるはず。
「どうにか刺激的なことをやってやろう」「俺のすごさをアピールしよう」というエゴを感じさせない向き合い方と、ひとつまみのユーモア。それこそが三谷が多くの芸能人を惹きつけ、視聴者をトリコにする魅力の正体ではないだろうか。
最新作「スオミの話をしよう」を見終わった暁には、改めて三谷監督作品を振り返るのもいい。時代を経ても見入ってしまう各作品の秀逸なテンポ感はもとより、登場するファンをニヤッとさせる仕掛けの数々に気づけば、もう一度映画を見返したくなるはずだ。
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