東野圭吾×岸善幸が描く“罪の連鎖”と人間愛『白鳥とコウモリ』が問う「罪は誰のものなのか」
先日、惜しくも68歳で亡くなった東野圭吾。しかし、その死後間もなくガリレオシリーズ最新長編『永遠の記憶』が刊行され、さらに今後もWOWOWの連続ドラマ『虚ろな十字架』や『殺人の門』(2027年2月公開予定)をはじめとする映像化作品が控えている。作家本人がこの世を去っても、彼が遺した物語と、そこに込められた魂は、これからも小説や映画、ドラマを通して生き続けていくだろう。
監督を務めるのは、『前科者』(2022)でも、罪を犯した人間のその後と、社会の中で罪とどう向き合いながら生きていくのかを描いた岸善幸だ。犯罪そのものの衝撃ではなく、その先に残された人間へと目を向けてきた岸と東野。その両者の視点が重なる本作だからこそ、単なる犯人捜しのミステリーに終始せず、罪を背負わされた人々に向ける映画の眼差しにも、確かなものが感じられる。
人は罪から逃れることはできないのだろうか……。犯罪を犯した者、その家族、そして被害者とその家族。事件が解決したからといって、すべてが終わるわけではない。その後も残り続ける傷や罪悪感を抱えながら、人々は生きていかなければならない。
東野圭吾は、そうした“罪”に関わってしまった人々のその後を描くことに長けてきた作家だ。犯人を突き止めることだけを目的とするのではなく、一つの犯罪によって人生を狂わされた人々の感情や、それでも続いていく日常に目を向ける。本作もまた、その系譜に位置する一作といえるだろう。
物語の中心となるのは、容疑者の息子と被害者の娘である。二人は事件そのものの当事者ではない。それにもかかわらず、父親たちが事件に関わったことで、それまでの人生を大きく変えられてしまう。そして、それぞれが事件に対して抱いた疑問をきっかけに、本来であれば交わるはずのなかった二人が行動を共にすることになる。
こうした構図自体は、東野作品を数多く読んだり、映像化作品を観たりしてきた人であれば、ある意味で“鉄板”ともいえるものだろう。過去に隠された秘密が現在の事件へとつながり、その背景には、簡単に善悪だけでは割り切れない人間の感情が存在する。物語の軸だけを見れば、「東野圭吾らしい」と感じる部分は非常に多い。
しかし、本作でとくに印象的なのは、法律によって裁かれる犯罪だけを“罪”として扱っていないことだ。罪を犯していなくても、人は罪悪感を抱く。自分の行動が誰かの人生を変えてしまったのではないか。自分が別の選択をしていれば、悲劇を防げたのではないか。そうした思いは法律で裁かれることもなければ、刑期のように終わりが定められているわけでもない。だからこそ、ときとして犯罪そのもの以上に長く、その人の人生を縛り続ける。
さらに厄介なのは、その罪悪感から逃れようとした行為が、別の人間を苦しめてしまうことだ。過去を隠す。誰かを守ろうとする。真実をなかったことにしようとする。一見すると善意から生まれた行動であっても、それによって別の誰かが傷つけば、新たな罪悪感が生まれる。過去に起きてしまったことは消せない。無理に蓋をしようとすれば、かえって別の形となって現在へ受け継がれてしまう。
本作が描く「過去の負の遺産」とは、事件そのものだけではない。その影響は、事件とは直接関係のない家族にまで及んでいく。加害者の家族には責任があるかのような視線が向けられ、被害者の家族もまた「被害者遺族」という立場から逃れられなくなる。本人たちの意思とは無関係に、過去の事件が彼らの現在まで規定してしまうのである。
その意味で、容疑者の息子と被害者の娘という組み合わせは非常に重要だ。容疑者の家族は容疑者ではないし、被害者の家族も被害者本人ではない。それは当たり前のことのはずだ。それでも事件が起これば、加害者の家族にまで誹謗中傷が向けられ、被害者の家族には「こう振る舞うべきだ」という社会からの無言の圧力が生まれる。
つまり、二人の間に「加害者側」と「被害者側」という境界線を引いているのは、事件そのものではなく、むしろ周囲の人間なのかもしれない。だからこそ、容疑者の息子と被害者の娘が手を取り合い、一緒に真実を探そうとする姿に、本作のテーマが凝縮されている。
もし、その関係そのものに違和感や嫌悪感を抱いてしまうのだとすれば、それは観客自身もまた、無意識のうちに犯罪を犯した本人とその家族を結びつけ、「加害者側」「被害者側」と分類してしまっているからではないだろうか。
二人が手を取ることは、本来、何も不自然なことではない。むしろ、過去の事件によって勝手に作られてしまった境界線を越えようとする、ごく自然な人間の行為なのである。そして本作が最終的に描こうとしているのも、単に「罪からは逃れられない」という救いのない現実ではない。
過去をなかったことにはできない。罪も、傷ついた人間の記憶も消すことはできない。しかし、その罪や罪悪感まで、事件とは直接関係のない人間に受け継がせる必要はない。容疑者の息子と被害者の娘という、世間からは対立する存在として見られてしまう二人が手を取り合うことで、本作は“罪の継承”を断ち切り、それを上回る人間愛へと反転させていく。
『白鳥とコウモリ』は、事件の真相を暴くミステリーであると同時に、過去の負の遺産を次の世代へ背負わせないための物語でもある。もちろん、それは決して簡単なことではない。それでも、罪によって引かれた境界線を越え、誰かと手を取り合うことはできる――。そう感じさせてくれる作品だ。
【ストーリー】善良な弁護士・白石健介(中村芝翫)が、刺殺された事件。「私がやりました。"すべての事件"の犯人は私です」容疑者として浮上した一人の男・倉木達郎(三浦友和)。彼の自供により事件は解決したはずだった……。だが、容疑者の息子・倉木和真(松村北斗)と、被害者の娘・白石美令(今田美桜)は、互いの父の言動に違和感を抱く。「なぜ父は、殺人を犯したのか―?」「なぜ父は、殺されないといけなかったのか―?」出会ってはいけない、容疑者の息子と被害者の娘が手を取り合ったとき、"真実"が揺れ動く……。
【作品情報】原作:東野圭吾 『白鳥とコウモリ』(幻冬舎文庫)出演:松村北斗、今田美桜、柄本佑、前原滉、井之脇海、宇野祥平、松岡依都美、松尾論、丸山智己、三浦誠己、斉藤陽一郎、原田琥之佑、のせりん、漆山拓実、五頭岳夫、中村芝翫(特別出演)、井川遥、吉田羊、風吹ジュン、三浦友和ほか監督:岸善幸脚本:向井康介音楽:綱守将平主題歌:大森元貴「灰色」(ユニバーサル ミュージック / EMI Records)配給:松竹公開:9月4日(金)全国公開公式HP:movies.shochiku.co.jp/eiga-hakuchotokomori
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