アヴリル・ラヴィーン あゔりるらゔいーん

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アヴリル・ラヴィーンのプロフィール

アヴリル・ラヴィーン Avril Lavigne
出生名 Avril Ramona Lavigne
出生 1984年9月27日(28歳)
出身地  カナダ オンタリオ州
ジャンル ポップ・ロック、パワー・ポップ、ポップ・パンク
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル、ギター、ピアノ、ベース、ドラム
活動期間 2002年 - 現在
レーベル ソニーミュージック
共同作業者 ブッチ・ウォーカー、デリック・ウィブリー

アヴリル・ラヴィーン(Avril Ramona Lavigne、1984年9月27日 - )は、カナダ・オンタリオ州ベルビルの出身のシンガーソングライター。「アブリル・ラビーン」と表記されることもある。アメリカ合衆国に拠点を置いている。
モダン・ロック、パンク・ロック、ポップ・ロック、パワー・ポップなどの音楽性を持ち、2002年リリースのデビューアルバム『Let Go』は全世界で約1700万枚を売り上げ、アメリカでは6回プラチナディスクに選ばれた。2枚目のアルバム『Under My Skin』、3枚目の『The Best Damn Thing』は両方ともBillboard 200で1位にランク。シングルでは「Complicated」「Sk8er Boi」「I'm With You」「My Happy Ending」「Girlfriend」など11曲がトップ10入りを果たしている。現在、彼女のアルバムは全世界で約3000万枚のセールスを達成。カナディアン・ビジネス誌は「アメリカ合衆国で活躍する最もパワフルなカナダ人ベスト7」に彼女を選出している。
2007年12月、フォーブス誌はラヴィーンを「25歳以下の最も稼ぐ人物」の8位にランクしており、その年収は1200万ドル(約12億円)と記載している。2005年6月、20歳の時カナダのバンドSum 41のリードヴォーカル兼ギターリスト、デリック・ウィブリーと婚約、結婚したが2009年9月に別居中であることを発表、同年10月9日にロサンゼルス裁判所に「和解し難い不和」を理由に離婚を申請。2010年11月に正式に離婚が成立した。子供はいない。身長公称158cm。瞳の色はグレー。 ニッケルバックのチャド・クルーガーと2012年8月8日に婚約。

■生い立ち
・1984年9月27日、オンタリオ州ベルビルにフランス系カナダ人の両親、父ジョン・ラヴィーンと母ジュディの元に生まれた。5歳のときオンタリオ州ナパニーに引っ越し、青春期の大半をナパニーの小さな町ですごした[1][2]。両親はバプテスト教の敬虔な信者だった[3][4][5]。兄マシューと妹ミッシェルがいる。 ファミリーネームの Lavigne の読み"ラヴィーン(La-Veen)"は英語化された発音で、フランス語では"ラヴィーニュ"と発音し、"La Vigne"はブドウ園の意である。またギヴンネームの Avril はフランス語で4月(April)を意味する。

・母はいち早くアヴリルの才能に目をつけ、彼女は2歳の時から母と一緒に教会で歌い始めた。この頃から、声とキャラクターで周囲の人々を驚かせていたほか、幼少から男子と一緒に野球やサッカー、ホッケー等で遊ぶなど、風変わりで、かつ活発な側面を持っていた。12歳の頃に独学で始めたギターが、音楽の道へ進むきっかけになった[3][6]。

・1998年、14歳のラヴィーンはオーディションを勝ち抜いた末、カナダ人歌手シャナイア・トゥエインのコンサートツアーに参加。オタワでのトゥウェインのコンサートに登場しトゥウェインの曲『What Made You Say That』を披露した。また地元のフォークシンガー、スティーヴ・メッドにもその才能を見出され、レノックス・コミュニティ・シアターでの公演で彼はラヴィーンを招き、彼の1999年のアルバム『Quinte Spirit』用に自身の曲"Touch The Sky”を歌わせ、"Temple of Life" "Two Rivers"もアヴリルは彼の2000年リリースのアルバム『My Window to You』用に歌った。

・オンタリオ州キングストンの大手書店Chaptersでカントリー・ミュージックのカバーを歌っていたところを、音楽マネージャーのクリフ・ファブリ(彼はデビューアルバム『レット・ゴー』のリリースまで彼女のマネージャーを担当することになる)に見出され、2000年、16歳の時にアリスタ・レコードA&R部門代表だったケン・クロンガードにより、同レコードの社長であるアントニオ・LA・リードとプロデューサーのPeter Zizzoに紹介される。彼女のパフォーマンスを見たLAは、即契約を締結した[3][7]。

・ファーストアルバム『Let Go』の制作が終わった時、このアルバムに深く関わっていたレコーディング・チームのThe Matrixは彼女について「私達は16歳の、歌手として依然成長しうる素晴らしく新鮮な才能と出会いとてもユニークな経験をした。彼女は楽曲制作にとても熱心だし、我々は充実したレコーディングを行うことが出来た」と述べている[8]。

キャリア
■『Let Go』 (2002-2003)
・ファーストアルバム『Let Go』は2002年6月4日にアメリカで初版を発売。アメリカで2位、イギリス・オーストラリア・カナダでは1位を獲得。ソロシンガーとしてイギリスのアルバムチャート1位に最年少の17歳でランクインした[9]。アルバムはポップ・ロックをベースとしながらオルタナティヴ・ロックやポスト・グランジなどの要素が取り入れられた作品となった。

・発売から1か月経ち、8月末には複数のプラチナディスク候補となり、その2週間後には3つのプラチナを授与されている[10][11]。2002年末にはデビューからわずか半年でRIAAより4つのプラチナを獲得するに至った[12]。2007年12月時点で同アルバムはアメリカ国内で660万枚、全世界で1600万枚を売り上げている[13][14]。
このアルバムからは4曲がシングルカットされ、「Complicated」はアメリカのBillboard Hot 100で2位、オーストラリアで1位を獲得。2002年の「最も売れたカナダの曲」に選ばれた。同曲がContemporary Hit Radioのチャートで11週にわたり1位を独占する中、ラヴィーンはナタリー・インブルーリアの『Torn』のレコーディングにも挑戦していた[15]。「Sk8er Boi」はアメリカ・オーストラリアでトップ10入り、「I'm With You」はアメリカ・イギリスでトップ10入りを果たした。「Losing Grip」は台湾とチリなど欧州・北米エリア外でもトップ20に食い込んだ。

・2002年、このアルバムの功績が認められMTV Video Music AwardsのBest New Artistに選出され、2003年には他の5人のノミネートを打ち負かしジュノー賞を受賞。ワールド・ミュージック・アワードで「World's Best-Selling Canadian Singer」(カナダ人歌手最大のヒットメーカー)を授かり、グラミー賞では『Complicated』が "Song for the Year"、自身が "Best New Artist" など全8部門にノミネートした。

■『Under My Skin』 (2004-2006)
・セカンドアルバム『Under My Skin』は2004年5月25日アメリカでリリースされた。このアルバムはアメリカ・イギリス・ドイツ・オーストラリア・カナダ・メキシコ・アルゼンチン・スペイン・アイルランド・タイ・韓国・香港、そして日本の計13カ国で1位を獲得し、アメリカでは第1週目に38万枚を売り上げ、総合で800万枚を売上げた[16][14]。
このアルバムの大半をカナダ人女性シンガーのシャンタール・クレヴィアジックと制作し、他にも元エヴァネッセンスのギタリスト、ベン・ムーディー、Marvellous 3のブッチ・ウォーカー、ラヴィーンの元バックギタリスト、エヴァン・ターバンフェルド、元ドラマーのマット・ブラン、クレヴィアゼックの夫でOur Lady Peaceのリーダー、レイン・マイダ、プロデューサーとしてドン・ギルモアが参加した。前作に比べ「He Wasn't」「I Always Get What I want」などの曲調はオルタナティヴ・ロック色を濃くし、「Freak Out」や「Who Knows」ではソフトなポスト・グランジとして聞かせた。

・シングルカットされた「Don't Tell Me」はアルゼンチン・メキシコで1位、イギリス・カナダで5位、ブラジル・オーストラリアでトップ10入り、「My Happy Ending」はメキシコで1位、アメリカでトップ10入りとなり彼女のシングルで3番目に最も売れた曲となった。しかし3枚目のシングルカット「Nobody's Home」はアルゼンチンとメキシコで1位になったが、アメリカではトップ40にすら入らなかった。この売上不振が響いたのか4枚目のカット「He Wasn't」はイギリス・オーストラリアでのランクはトップ40、アメリカではリリースすらされなかった[17]。最後のシングルカット「Fall to Pieces」は前作にもましてランクで健闘しなかった。

・2004年、ラヴィーンはワールド・ミュージック・アワードにて "World's Best Pop/Rock Artist" と "World's Best-Selling Canadian Singer" を受賞。ジュノー賞には5部門でノミネート。"Fan Choice Award" "Artist of the Year" "Pop Album of the Year"の3部門を受賞した。19周年目を迎えたキッズ・チョイス・アワードには "Favorit Female Singer"(最も好きな女性歌手)に選出された[18]。

・ラヴィーンはカナダ人プロデューサーマシュー・ガードと共にケリー・クラークソンの「Breakaway」を共作し、同曲は映画『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』のサウンドトラックに収録された他[19]、クラークソンの2枚目のアルバムにも入り同アルバムからのシングルカット第1作目となった。同曲はアメリカチャートでトップ10入りしクラークソンの出世作になった。

・2004年 "Live and By Surprise" を決行。3月4日ミネソタ州ミネアポリスより『Under My Skin』のプロモーションを兼ね21箇所のシティーモールツアーをアメリカとカナダで行った。パフォーマンスはアコースティックベースの短時間のライブで、上記アルバム中心に選曲が行われた。ライブは開始の48時間前まで誰にも知らされないシークレットライブの形態をとっていたが、同ツアーは非常にポピュラーな存在となりアルバムのプロモーションに一躍買うこととなった。

・2004年3月25日のインディアナポリスのセットでは「He Wasn't」「My Happy Ending」「Don't Tell Me」「Take Me Away」「Nobody's Home」「Sk8er Boi」「Complicated」などが披露された。これらのライブパフォーマンスは『Avril Lavigne Live Acoustic』としてアメリカのディスカウントストア「ターゲット」で発売された。

・2005年は通年、主にツアーを行い、モデルや女優業などにも従事した。また同年6月28日にはカナダのロックバンドSum 41のボーカルデリック・ウィブリーと20歳で婚約を発表。2006年7月15日、ロサンゼルス郊外、サンタバーバラ東隣のモンテチトで挙式。

・2006年のトリノオリンピック閉会式ではカナダ代表として登場し、2010年のバンクーバーオリンピックへの引継ぎイベント8分間に『Who Knows』を歌った[20]。

■『The Best Damn Thing』 (2006-2010)
・3枚目のアルバム『The Best Damn Thing』は2007年4月17日にリリースされアメリカで1位を記録した。同アルバムはドクター・ルーク、ロブ・カヴァロ、ブッチ・ウォーカーと彼女の夫がプロデューサーを務めた他、ブリンク 182のドラマー、トラヴィス・バーカーがドラマーとして参加している。またジャケットやブックレットの写真も、デリックが撮影したという[21][22]。

・最初のシングルカットは今やラヴィーンの代表曲となった「Girlfriend」で初めてBillboard Hot 100で1位を獲得した(シングルランキング)。ライアン・シークレストのラジオで2枚目は「When You're Gone」と発表。3枚目は「Hot」、最後は「The Best Damn Thing」となった。

・「Girlfriend」は日本テレビ制作のバラエティ番組『カートゥンKAT-TUN』のオープニングテーマとなり、2007年5月2日に同番組にゲスト出演し、KAT-TUNと共にダーツを行った。

・2007年当初、アルバムに関してのプロモーション規模は非常に小さく、ライブチケットも彼女のファンクラブ会員限定となった[23]。ツアーはアルバータ州カルガリーよりスタートし、200人規模の聴衆の前でパフォーマンスを行った。この模様は2007年4月2日にCBC系列で放送された。4月にはプロモーションで来日。Yahoo!の独占生中継ライヴや『ミュージックステーション』、『Music Lovers』などに出演。新宿駅前で極秘コンサートを開催し、4000人もの観客が集まった。8月にはSUMMER SONICに出場のため再び来日。『めざましテレビ』などの番組に出演した

・2008年3月には世界ツアーをスタート、北米・欧州・アジアを回った。8月には29日開催予定だったマレーシア公演が公演禁止になったと大々的に報じられた。最終的に22日に開催を承諾されたとMTVが報じた[24]。

・2008年10月時点での同アルバムのセールスは全世界で540万枚。

・2010年のバンクーバーオリンピックにおいても、前回冬季の2006年トリノオリンピックに引き続いて閉会式に登場、地元カナダの歌手として、「My Happy Ending」と「Girlfriend」を歌った[25] 。冬期オリンピック2大会連続閉会式で歌った初の歌手となる。

■『Goodbye Lullaby』 (2011-現在)
・2010年公開の映画『アリス・イン・ワンダーランド』の主題歌として「Alice」を作詞・作曲。同映画のためのミュージック・ビデオも撮影した。

・4枚目のアルバム『Goodbye Lullaby』は日本で2011年3月2日にリリースされた。(世界最速・日本先行発売)同アルバムでは前作までのプロデューサー(ブッチ・ウォーカー、デリック・ウィブリー等)に加え、先行シングル「What The Hell」ではマックス・マーティンがプロデュースを行っている。また、ラヴィーン自身のプロデュースによる楽曲も収録された。2作目のシングルカットは「Smile」、3作目は「Wish You Were Here」である。

・先行シングル「What The Hell」のプロモーションのため、2011年1月に来日。『ミュージックステーション』に出演し、「What The Hell」を披露した。また『めざましテレビ』にも出演し、渋谷109で買い物を楽しむ姿が放送された。3月にはアルバム『Goodbye Lullaby』のプロモーションのため再来日。3月1日には赤坂BLITZにて完全招待制、一夜限りの必勝パワーアップライヴに出演。5曲を披露した。TV番組は『スッキリ!!』や『笑っていいとも!』、『ミュージックステーション』に出演した。

・2011年4月にはワールドツアーをスタート。中国・北京よりスタートし、北米・欧州・アジアでのツアーを行った。福島原発事故の影響か、日本での公演はすべて2012年2月へ延期となった。だが2011年8月にはSummer Sonic 2011へ出演する為再来日した。めざましテレビに生出演し「Smile」を披露し、8月16日にはめざましライヴにも出演した。

・2011年、日テレ系番組『ザ!世界仰天ニュース』のエンディング・テーマに「What The Hell」が起用されていた。11月5日には、深夜にデート中に酔っ払いに襲われ顔に怪我を負った。

・大晦日は中国の番組にでるために中国で新年をむかえた。

・2012年2月4日、5日にさいたまスーパーアリーナでライヴを行った。

■ジャンルについて
ラヴィーンはMy Spaceで自身の音楽はポップ・ロックだと述べている。しかしオールミュージックや他のビューアー達の見解はパンク、ポップ・パンク、ポップ・ロック、オルタナティヴ・ロック、オルタナティヴ・ポップ・ロック、ポスト・グランジなど多岐に渡る。この様な結果となるのは彼女の反抗的なイメージや大雑把にガンガン弾き鳴らすギターの音色などが考えられ、彼女自身も初期のパンクに影響を受けており1970年代のパンクに多少似たテイストの曲もいくつか見受けられる。しかし再三、彼女は自身の音楽ではパンクではないし、そう言ったこともない、と言及しているがインタビューで自分のジャンルはパンクだ、と言ってる動画が何個も残ってる。

■盗作騒動
・2007年5月25日、彼女と彼女の所属するレーベル、作曲家のドクタールークがミュージシャン、ジェームズ・ギャングワーとトミー・ダンバーに告訴される。告訴人はラヴィーンの「Girlfriend」は1979年リリースの告訴人の楽曲「I Wanna Be Your Boyfriend」(パフォーマーはThe Rubinoos)の盗作だと主張[26]。

・2007年6月、「Under My Skin」でラヴィーンと共に楽曲制作を行ったシャンタル・クレヴィアゼックはパフォーミング・ソングライター誌のインタビューに応じ、ラヴィーンについて「アヴリル・・・あの娘は作曲家なのかな?彼女は座りながら自分で曲を書くことなんて絶対にしない。それに彼女は道徳的にも問題あり、でも誰も何も言わないんだよね。だから私は二度とあの娘と曲作りなんてしないよ。2年前に「Contagious」って曲を彼女に贈ったんだけどさ、それでアルバムのトラックを見たらそこには「Contagious」があるわけ。でも私の名前はどこにもないんだよ。まったく何を考えてんだろうね。ほらアヴリルちゃんよ、私どうよ(「私はあなたを告訴してない」の意)私はあんたにただ言いたいわけ。アートはこんなことで訴えられるべきじゃないってさ」と痛烈に批判した[27]。

・同年7月6日、ラヴィーンは上記の2つの主張をウェブサイト上で完全に否定。まず彼女は「The Rubinoosなど一度も聞いたことが無い」と前者を否定、後者については根拠無き主張を名誉毀損で法的措置を取ることを検討するとした[28]。

・同年7月10日、クレヴィアゼックは公的に謝罪文を発表、6月のインタビュー内容を取り下げ「アヴリル・ラヴィーンに関して誤解を招く発言をしたことをお詫びいたします。それらの誤解は私が応じたパフォーミング・ソングライター誌の内容から生じたものです。私はアヴリルの作曲や人間性について疑問を投げかけたわけではありません。私の発言が彼女を否定するものであったなら私の配慮不足であり、内容を取り下げたと思います。アヴリルは人気ソングライターであり、彼女と仕事を出来たことは私の名誉となっています。」と述べた[29]。実はこの二人はネットワーク・マネージメント社の同じマネージャーが担当している[30]。

・2008年1月、ギャングワーとダンバーは盗作の告訴を取り下げた[31][32]。

その他の活動
■カバーソング
・BBCのラジオ番組ジョー・ワイリーの「Live Lounge」でコールドプレイの「The Scientist」を披露。

・ジョン・レノンの曲を様々なアーティストがカバーした曲が収録されたアルバム『Instant Karma: The Amnesty International Campaign to Save Darfur』にレノンの「Imagine」を提供[33]。

・グー・グー・ドールズの大ヒット曲「Iris」をカバー。2004年のエリック・ブック主催のファッション・ロックス・コンサートにてドールズのボーカル、ジョン・レズニックと同曲をデュエットした。

・ボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's Door」をチャリティー団体War Childのピースソング集に提供[34]。

・『The Best Damn Thing』の欧州ツアー中にレニー・クラヴィッツの「It Is Time for a Love Revolution」[35][36]とリアーナの「Umbrella」をカバー。

・ジョーン・ジェットの「Bad Reputation」をシングル「The Best Damn Thing」の中でカバー。

・MTVにてブリンク182の「All the small things」のカバーを披露した。

・2003年5月3日、LAで収録が行われたMTVの特別番組「MTVIcon:METALLICA」のライブで、メタリカの「FUEL」を本人達の前で披露。

■映像出演
・パンクバンドTreble ChargerのPV『Hundred Millon』に出演。

・ハードロック歌手ブッチ・ウォーカーのPV『Bethamphetamine (Pretty, Pretty)』に出演。

・アニメの『Avril Lavigne's Make 5 Wishes』というテレビに本人役で出演。自身がプロデュースも出がける同作品内で彼女は完全なアイドル化がされている[37][38]。

■主演歴一覧
年/タイトル/役名/役柄

2002/Sabrina, the Teenage Witch[45]/本人役/スターゲスト・『Sk8er Boi』披露
2004/Going the Distance/本人役/カメオ出演・『Losing Grip』披露
2004/Saturday Live/本人役/歌披露
2004/マッドTV!/本人役/カメオ出演・歌披露
2006/ファーストフード・ネイション/アリス/学生運動家
2006/森のリトル・ギャング/ヘザー/声優
2007/消えた天使/ベアトリス・ベル/容疑者の彼女
2009/不明/不明/主演

人物
■私生活
・ベジタリアンと思われていた彼女だが、2003年1月のSeventeen誌で時々チーズバーガーを食べる、と認めた。ラヴィーン曰く肉を食べるのはあまり好きではないがベジタリアンといった覚えは無いとし「肉を食べている私を非難しないように」[46]。好きな食べ物はピザ、得意な料理はパスタ類。家では家事もするとテレビで発言しており母が毎日料理をしていてそれを見ていたから大体なんでも作れると言っている。

・右手首に小さなタトゥーがあり、デザインはファーストアルバムのジャケットとマッチするようになっている。ベン・ムーディーやその他友達と同時期に入れたのだという[47]。また2004年末には右手首に夫のデリックのイニシャルDを象った新たなタトゥーを入れた[48]。

・夫デリックとは2004年2月より交際が始まり[49]2005年6月27日に婚約。デリックはイタリア・ヴェネツィアに彼女を誘いゴンドラやピクニックをしてプロポーズしたという。2006年7月15日に、ロサンゼルス郊外、サンタバーバラ東隣のモンテチトで挙式。参列者は110人と地味婚を選んだ。若くして結婚したことについては「たまたま早い時期に出会っただけ」と述べ「幸せ。結婚はオススメ」と言っていたが[49][50][51][52]、2009年9月デリックと別居中であることを自身のHPで発表。10月9日に正式に裁判所に離婚を申請。2010年11月に正式に離婚が成立。婚前にある程度の協定を交わしていたことからビバリーヒルズの邸宅や楽器コレクションなどは彼女がキープし、比較的穏便な離婚となった。尚、ミュージシャンとしては互いに尊敬し合っており今後も協力体制を執っていくという。

・別居後の2010年からはMTVの『The Hills』に出演するモデルでタレントのブロディ・ジェンナーと交際。互いの名前をタトゥーする熱愛ぶりを発揮している。

・ラヴィーンは某インタビューにて好きなパーティーソングはアウトキャストのHey Ya!と言っており、サード・アイ・ブラインド、オアシス、マリリン・マンソン、システム・オブ・ア・ダウン、ブリンク 182などが好みで、特にブリンクの『I Miss You』が好き。好きな男性に聞かせたい曲は?という質問にはグー・グー・ドールズの『Iris』、コールドプレイ、オアシス、レディオヘッド(アルバム『The Bends』がフェイバリット)と答えている[53]。その他好きなミュージシャンはロストプロフェッツ、Sum 41、インキュバス、P.O.D.、マッチボックス・トゥエンティ、アラニス・モリセット、グリーン・デイ、リンキン・パーク(2004年に行われ自身も参加したロック・フェスティバル、Rock Am Ringの映像でリンキン・パークの演奏をステージ横で観覧している様子が映っている)。ジャンルはポップス。またイギリスのロックバンド、ザ・ダークネスについて「ダークネスは私が一緒にレコーディングしたい世界で唯一のバンドです」と公言している。

・趣味はスケートボード(14歳の頃から)、ホッケー、狩り、キャンプ。 結婚前は好きな男性のタイプをインタビューでしばしば聞かれていたが、ほぼ毎回「パンクロッカー、もしくはロックスターみたいな人」と答えていた。日本でもベッキーから同じ質問を受け同じ答えを返していた。ベッキーは"ロックスター"を 「ローリングストーンズ?」と聞き間違えラヴィーンは「もっと若いロッカーがいいわ」と返答していた。

・身長は公称158cm。この値が事実ならば、同年代ではクリスティーナ・アギレラやニコール・リッチー、ヒラリー・ダフなどよりは高く、ジェシカ・シンプソンとほぼ同じ高さである。ただし実際には公称より低いと言われている(156cmのクリスティーナ・アギレラと双方靴の無い状態で並んだところ、アヴリルのほうが低いという状況が確認されている)。

・パパラッチが大嫌いである。2006年10月にナイトクラブから出てきて写真を撮るパパラッチに夫婦揃って、唾をかけた。この行動は問題となり、後にアヴリルはパパラッチに謝罪の言葉を述べたが、その後「2年前からやっていることなのに、あの時だけ大事件になった」と発言した

・カリフォルニア州ビバリーヒルズに400万ドル(約4億円)のイタリア様式の豪邸を所有している[54]。その他、ドラマーのトラヴィス・バーカーが高級住宅街ベルエアに所有していた邸宅を950万ドル(約9億5000万円)で購入[55]。

・2007年の新曲「Girlfriend」のPVではダンス・演技(二役)・バンド演奏と今までに見たことが無い姿が見ることができる。またこの曲はドイツ語、フランス語、イタリア語、中国語、ポルトガル語、英語、スペイン語、日本語を含めた8カ国語版もレコーディングされており、レコーディングに悪戦苦闘しながらも着々とこなしている模様がExclusiveコンサートの曲の合間に放送された[38]。この曲の英語、日本語、スペイン語、中国語版はレースゲーム「バーンアウト ドミネーター」に収録されている。またCBSのトークショー"Late Late Show"に出演した際、この曲について「たくさんの言語で覚えたんだよ」と語りドイツ語と日本語をGirlfriendのリズムに乗せて披露した(トークで)。アヴリルの日本語Girlfriendは(HeyHeyあの娘はイマイチ、YoYo新しい娘必要)と歌った、司会者のクレイグ・ファーガソンに「I love that! That's great!」と絶賛された。彼女は「ちょっと言葉が間違っているかも」と付け加えた。

・一時期彼女のトレードマークともなっていたピンクのエクステはアルバム『The Best Damn Thing』の製作に合わせて付けられた。

■慈善活動
ラヴィーンは Make Some Noise、AmericanCPR.org、Music Clearing Minefields、U.S. Campaign for Burma、War Child、メイク・ア・ウィッシュなどのチャリティーグループのメンバーでもある。またALDOの広告にてエイズの世界的予防と献金を募った。2006年11月28日、カナダ・ケベックで行われた、ALDO、ユニセフ主催の「Unite Against Aids」コンサートにも参加。このコンサートのスペシャルゲストには彼女の他にマリー・マイ、サラ・マクラクランなどが登場した[56][57]。2005年の東海岸ツアー中、環境NGOのReverbに参加[58]。

バックバンド
■現在のメンバー
・Al Berry — ベース, コーラス(2007年 – )

・Rodney Howard — ドラム、パーカッション、コーラス(2007年 – )

・Steve Ferlazzo — キーボード、コーラス(2007年 – )

・Jim McGorman — リズムギター、コーラス(2007年 – )

・Steve Fekete — リードギター、コーラス(2008年 – )

■過去のメンバー
・Mark Spicoluk — ベース、コーラス(2002年4月 – 2002年9月)

・Jesse Colburn — リズムギター(2002年 – 2004年1月)

・Evan Taubenfeld — リードギター、コーラス(2002年 – 2004年9月)

・Craig Wood — リズムギター、コーラス(2004年 – 2007年1月)

・Matt Brann — ドラム、パーカッション(2002年 – 2007年2月)
・Charlie Moniz — ベース(2002年 – 2007年2月)

・Devin Bronson — リードギター、コーラス(2004年 – 2008年)

・Sofia Toufa — コーラス、ダンサー(2007年 – 2008年10月)

・Lindsay Bluafarb — コーラス、ダンサー(2007年 – 2008年10月)

ディスコグラフィ
■アルバム
枚/タイトル/初版発売日/売上

1st/Let Go/2002年6月4日・米国/約1600万枚(2008年10月)
2nd/Under My Skin/2004年5月25日・米国/約800万枚(2008年10月)
3rd/The Best Damn Thing/2007年4月17日・米国/約540万枚(2008年10月)
4th/Goodbye Lullaby/2011年3月8日・米国

■シングル
枚/タイトル/発売日/収録曲1/収録曲2/収録曲3/収録曲4

1st/Complicated/2002年4月・米国/Complicated/I Don't Give/Why/Complicated(ビデオ)
1st/Complicated/2002年7月10日・日本/Complicated/I Don't Give
2nd/Sk8er Boi/2002年8月27日・米国/Sk8er Boi/Get Over It/Nobody's Fool(Live)/Sk8er Boi(ビデオ)
3rd/I'm With You/2003年3月13日・米国/I'm With You/I'm With You(Live)/Unwanted(Live)/I'm With You(ビデオ)
4th/Losing Grip/2003年4月1日・米国/Losing Grip/I'm With You(Live)/Unwanted(Live)/Losing Grip(ビデオ)
5th/Don't Tell Me/2004年4月27日・米国/Don't Tell Me/Don't Tell Me(Acoustic)/Take Me AwayDon't Tell Me(ビデオ)
5th/Don't Tell Me/2004年4月28日・日本/Don't Tell Me/Take Me Away
6th/My Happy Ending/2004年7月7日・米国/My Happy Ending(ラジオVer)/My Happy Ending(アルバムVer)/Don't Tell Me(Live)
7th/Nobody's Home/2004年11月4日・米国/Nobody's Home/My Happy Ending(Acoustic)/Take Me Away(Acoustic)/Nobody's Home(ビデオ)
8th/Girlfriend/2007年3月21日・米国/Girlfriend(ラジオVer)/Girlfriend(Inst)
9th/When You're Gone/2007年6月20日・米国/When You're Gone/When You're Gone(Inst)/Girlfriend(日本語)
10th/Hot/2007年10月10日・米国/Hot/When You're Gone(Acoustic)/Girlfriend(Lemix)
11th/The Best Damn Thing/2008年4月25日・米国/The Best Damn Thing/Priceless/The Best Damn Thing(Inst)/Bad Reputation
12th/Alice/2010年1月27日・米国/AliceWelcome to Mystery/Alice(ビデオ)
13th/What The Hell/2011年2月2日・日本/What The Hell/Alice(Extended Ver)/What The Hell(Inst)

■コンピレーション
・Tribute to Avril Lavigne -Master's Collection- (2006年10月25日)
ラヴィーンの楽曲を日本のアーティストがカヴァー。
1.Complicated(misono)
2.Mobile(けちゃっぷmania)
3.Losing Grip(yukki)
4.Tomorrow(I-lulu)
5.He Wasn't(THE TIPSIES)
6.My Happy Ending(Mi)
7.Nobody's Home(杏子)
8.I'm with you(橘いずみ)
9.Anything But Ordinary(ソニン)
10.Sk8er Boi(ベッキー)

・Essential Mixes (2011年3月2日)
リミックスやライブ音源が収録されている。
1.Complicated (The Matrix Mix)
2.Girlfriend (Dr. Luke Remix featuring Lil Mama)
3.Hot (Wolfadelic Remix)
4.Sk8er Boi(Live Acostic Version)
5.My Happy Ending (Live Acostic Version)
6.Take Me Away (Live Acostic Version)
7.Nobody's Home (Live Acostic Version)
8.He Wasn't (Live Acostic Version)
9.When You're Gone (Acostic Version)
10.Girlfriend (JunkieXL Extended Mix)

来日公演
・2002年
8月8日 - 赤坂BLITZ

・2003年 Try To Shut Me Up Tour
1月28日 - 渋谷タワレコ インストアイベント
5月29日 - 日本武道館

・2004年
5月15日 - お台場 VenusFort内 教会広場
8月7日 - 千葉マリンスタジアム
8月8日 - WTCオープンエアスタジアム

・2005年 Bonez Tour 2005
3月1日, 2日 - 大阪城ホール
3月4日 - 名古屋レインボーホール
3月6日 - 横浜アリーナ
3月7日 - 広島グリーンアリーナ
3月8日 - マリンメッセ福岡
3月11日 - 浜松アリーナ
3月12日 - 神戸ワールド記念ホール
3月14日, 15日 - 日本武道館
3月16日 - 愛知県体育館
3月18日 - 北海道立総合体育センター きたえーる
3月20日 - Zepp Tokyo

・2008年 The Best Damn Tour Japan 2008
9月10日 浜松アリーナ
9月11日 朱鷺メッセ
9月13日, 14日 国立代々木競技場
9月16日 東京ドーム
9月17日, 18日 日本ガイシホール(旧レインボーホール)
9月20日, 21日 インテックス大阪
9月23日 マリンメッセ福岡
9月24日 広島サンプラザ

・2011年
3月1日 赤坂BLITZ
8月13日,14日 summer sonic 2011
8月16日 めざましライヴ

・2012年 The Black Star Tour 2012
2月4日,5日 さいたまスーパーアリーナ
2月6日 日本ガイシホール
2月8日 マリンメッセ福岡
2月9日 大阪城ホール

■出典
[1]Thorley, Joe (2003). Avril Lavigne : the unofficial book. London: Virgin. ISBN 1852270497.
[2]Izon, Lucy. At 13 Avril Lavigne won a radio contest to perform with Shania Twain, Canada Cool (2006).
[3]a b c bmgjapan.com アヴリル・ラヴィーン | Profile
[4]IMDb Avril Lavigne Biography
[5]WomanCelebs Biography
[6]音楽サイト BARKS - Avril Lavigne - バイオグラフィー
[7]Thorley, Joe. Avril Lavigne The Unofficial Book, Virgin Books, [2003]
[8]“Smells like teen spirit”. The Guardian. (2003年3月7日)
[9]Bill Lamb. “Avril Lavigne”. About.com. 2008年1月1日閲覧。
[10]“Nothing 'Complicated' About It...Avril Is Double Platinum!”. RIAA. (2002年9月4日)
[11]“Chicks Rule!”. RIAA. (2002年10月2日)
[12]“E = 2K2”. RIAA. (2002年12月20日)
[13]“Avril Lavigne Ends North American Run of Shows with Two Dates In Washington Beginning May 9”. transworldnews.com (2008年5月4日). 2008年5月29日閲覧。
[14]a b Avril Lavigne Official Website
[15]“Avril Lavigne Trivia”. tv.com. 2008年1月1日閲覧。
[16]David Jenison (2004年6月2日). “Avril "Skins" Usher”. Yahoo! Music
[17]“Avril Lavigne Biography”. The Canadian Pop Encyclopedia. 2008年1月1日閲覧。
[18]Corey Moss (2005年4月4日). “Usher, Hilary Duff, SpongeBob Take Home Orange Blimps From Kids' Choice Awards”. MTV News
[19]The Princess Diaries 2 DVD extras.
[20]Ben Carbonaro (2006年2月27日). “Winter Olympics end with glittering closing ceremony”. Sports Australia
[21]SUM41 Artist News 「デリックが、妻アヴリル・ラヴィーンのニュー・アルバムに全面的に協力」 (2007年4月4日)
[22]Kaufman, Gil (2006年6月27日). “Butch Walker Works With Avril, Hot Hot Heat, Says Solo LP Won't Be 'Emo-Tastic'”. MTV News (MTV News) 2006年12月13日閲覧。
[23]“Special TV Taping” (プレスリリース), AL Associated, (2007年2月13日)
[24]poponthepop.com |
[25]Nick Patch (2010年2月28日). “Canucks show sense of humour at Games closing”. Toronto Star
[26]Aidan Malley (2007年7月3日). “Apple sued for duping Apple TV image, hosting iTunes track”. Apple Insider
[27]Bob Cannon (2007年6月). “Next to ice hockey, Canada's greatest export may well be singer-songwriters” (PDF). Performing Songwriter. pp. 66–68
[28]Lavigne, Avril (2007年). “To My Dear Media, Friends, and Fans on The Wayback Machine”. Avril Lavigne. 2008年12月10日閲覧。
[29]LeBlanc, Larry (2007年7月10日). “Kreviazuk Retracts Lavigne Songwriting Comments”. Billboard.com 2007年7月12日閲覧。
[30]Nettwerk
[31]Dunbar and Gangwer drop lawsuit
[32]Songwriters 'Completely Exonerate' Avril Lavigne
[33]“Make some noise to save Darfur”. Amnesty International. (2007年6月25日)
[34]War Child | Music
[35]“Kohl's Unveils Six Celebrity Inspired Clothing Lines”. starpulse.com (2008年7月30日). 2008年8月15日閲覧。
[36]“Financial reality lures artists to commercials”. newsok.com (2008年8月8日). 2008年8月15日閲覧。
[37]Official make5wishes Website
[38]a b CTV.ca / Avril Lavigne heavily marketed to Asian fans
[39]“Abbey Dawn: Avril Lavigne’s New Clothing Line” (2008年3月5日). 2008年7月1日閲覧。
[40]“Ok! Interview with Avril Lavigne”. okmagazine.com (2008年7月30日). 2008年8月28日閲覧。
[41]a b “Avril Lavigne Launches Abbey Dawn Clothing Line”. vh1.com (2008年8月25日). 2008年8月28日閲覧。
[42]“Kohl’s Signs Avril Lavigne”. wwd.com (2008年7月1日). 2008年7月1日閲覧。
[43]“Avril Lavigne's Clothing Line is Rock Glam”. usmagazine.com (2008年3月5日). 2008年8月28日閲覧。
[44]“Creating a Musical Buzz Online”. npr.org (2008年8月17日). 2008年8月28日閲覧。
[45]Avril's appearance on Sabrina
[46]Seventeen Magazine, (January 2003)
[47]Avril Lavigne: No Looking Back [1]
[48]Late Late Show, (June 19, 2007)
[49]a b “Avril Lavigne engaged”. AskMen. (2005年6月28日)
[50]“Avril Lavigne Weds”. SFgate.com
[51]“Avril Lavigne weds her Sk8er Boi, Whibley”. CBC News. (2006年7月16日)
[52]“Avril Lavigne Marries Sum 41 Frontman Deryck Whibley”. FOX News. (2006年7月16日)
[53]“Q&A: Avril in Action”. RollingStone. (2004年6月3日)
[54]http://images.google.com/imgres?imgurl=http://www.hotgossip.com/wp-content/uploads/2008/02/avrillavigne2.jpg&imgrefurl=http://www.hotgossip.com/avril-lavigne-2/361/&usg=__-Po4WhtI_yxxJqBkPyTHo_7-0A4=&h=400&w=400&sz=100&hl=en&start=647&sig2=iibMzbP44EPX9plNeHWjhg&um=1&tbnid=ugx-sFLPiU4ePM:&tbnh=124&tbnw=124&ei=FBiSSYfTBqX6NKmmkOgL&prev=/images%3Fq%3DAvril%2BLavigne%26start%3D630%26ndsp%3D18%26um%3D1%26hl%3Den%26client%3Dfirefox-a%26rls%3Dorg.mozilla:en-US:official%26sa%3DN
[55]http://hollywoodcelebnews.blog51.fc2.com/blog-entry-735.html
[56]Unite Against AIDS Concert
[57]YouTube - Broadcast Yourself
[58]“Reverb Projects”. 2008年1月1日閲覧。

※出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
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