「子どもの声がうるさい」と言われるのが怖くて謝り続けた私→ポストに入っていた便箋一枚
集合ポストの前で言われたこと
このマンションに越してきて2か月ほどたった頃のことです。集合ポストの前で、真下の部屋に住む年配の女性に声をかけられました。
「上の部屋の方よね。走り回る音、下まで響くのよ」
隣では、息子が私の手を握ったまま女性を見上げていました。
「すみません、気をつけます」
頭を下げると、女性はうなずき、郵便物を手に部屋へ戻っていきました。怒鳴られたわけではありません。それでも部屋に帰ってからしばらく、フローリングの木目ばかり目で追っていました。
その週のうちにリビングへジョイントマットを敷き詰め、息子が駆け出すたびに「歩こうね」と声をかけるのが私の役目になりました。夫には気にしすぎだと笑われても、やめる気にはなれなかったのです。
焼き菓子の箱と「すみません」の毎日
翌日には、焼き菓子の箱を持って下の部屋を訪ねていました。
「先日は本当にすみませんでした」
「ご丁寧に、どうも」
女性は箱を受け取ると、短くそう言ってドアを閉めました。
それからは、エントランスでもエレベーターでも、女性に会うたびに頭を下げました。息子の手を引いて、足早に通り過ぎることもありました。今度会ったら「子どもの声がうるさい」と言われるのではないか。そう思うと、先に謝っておかないと落ち着かなかったのです。息子もいつの間にか、人差し指を口に当てるしぐさを覚えていました。
ある日、エレベーターで女性と乗り合わせました。扉が閉まると、息子が指を口に当てて私を見上げました。
「しーっ、だよね」
「すみません、うるさくて」
女性は扉の上の数字を見たまま、2階で降りていきました。
それから数日後、集合ポストを開けると、チラシの上に折りたたまれた便箋が1枚のっていました。外側には、ボールペンで「202」とだけ。真下の部屋の番号でした。
便箋に書かれていた一行
部屋に戻り、息子が積み木で遊び始めたのを確かめてから、便箋を開きました。叱る言葉が並んでいるはずだ、と思いながら。ところが、書かれていたのは一行だけ。
「もう謝らないでください」
差出人の名前はありません。整った字を何度読み返しても、どんな気持ちで書かれたのかが読み取れませんでした。謝られるのが迷惑だったのか。それとも、もう顔も合わせたくないということなのか。便箋を折り目どおりにたたみ直し、キッチンの引き出しにしまいました。
そして...
あれから、エントランスで女性と会っても、軽く会釈されるだけです。私も「すみません」をのみ込んで、頭だけを下げるようにしました。息子が走り出しそうになると、つい腕をつかんでしまうのは相変わらず。引き出しを開けるたび、たたんだ便箋が目に入りました。あの一行は、もう関わらないでほしいという意味だったのでしょうか。それとも、私に別の何かを伝えようとしていたのでしょうか。
(30代女性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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