「そんなところ行って何になるの?」と笑った彼が、コスモス畑まで私を探しに来て残したひと言
毎年の約束に向けられた笑い
「女子同士集まっていくところがコスモス畑?」
「そんなところ行って何になるの?」
彼はそう言いながら、自分のスマホに目を戻しました。
花を見て、写真を撮って、売店のソフトクリームを食べる。それだけの1日でも、3人と過ごすと不思議と気持ちが軽くなりました。前に一度そう話したことがありましたが、彼の相づちはどこか上の空。それからは行き先だけを伝えて、中身は話さないようになっていました。
当日は友だちの車で、慌ただしく家を出ました。
コスモスの間を歩いてきた人
畑には、背の高いコスモスの間に細い道がいくつも延びていました。入場料は運転役の友だちがまとめて払ってくれて、スマホはトートバッグの底。白いカーディガンの袖をまくって写真を撮り合っていると、友だちの1人が「ねえ、あれ彼氏さんじゃない?」と道の先を指さしました。
花の間を歩いてきたのは、家にいるはずの彼でした。片手には、見覚えのある財布。
「何しに来たの?」
「財布、玄関に置きっぱなしだったから」
トートバッグの中に、財布はありませんでした。友だちが「わざわざ届けに来てくれたんだ」と声を弾ませるなか、差し出された財布を受け取ると、うれしさより先に照れくささが立って、こんな言葉が出ていました。
「何になるのか、見に来たの?」
彼は畑の奥に目を向けて、「奥の丘のほう、もう行った?」と聞きました。
「まだだけど」
「じゃあ、先に帰る」
彼はそれだけ言うと、来た道を戻っていきました。
初めて上った奥の丘
友だちに「優しい彼氏じゃん」と言われて、照れながらも少し誇らしい気持ちになりました。あれだけ笑っていた場所に、私のために来てくれたのです。
トートバッグからスマホを出すと、不在着信が5件。「財布忘れてる。届けに行く」というメッセージも届いていました。この広い畑の中を、私を探して歩いてくれたのだと思うと、あんな言い方をしたことが申し訳なくなりました。受け取った財布は、トートバッグの内ポケットにしっかりしまいました。
そのあと友だちと、畑の奥の丘へ上りました。上からは、畑全体がピンクと白に染まって見えました。毎年来ていたのに、ここまで上ったのは初めて。彼はなぜ、この丘のことを聞いたのだろう。そう思いながら、何枚も写真を撮りました。
そして...
家に帰ると、彼はいつもどおりの顔で「おかえり」と言いました。「財布、ありがとう」と伝えると、彼は少し間を置いてから言いました。
「コスモス、思ったより良かったかも」
写真を見せる前に彼のほうからそう言われて、つい顔を見返しました。彼は、それ以上何も言いませんでした。
私を探していた間、彼は畑のどこを歩いて、何を見たのでしょう。「思ったより良かった」の中身を、私はまだ聞けていません。
(20代女性・事務職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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