「昨日の、単語帳?」定時で帰る後輩を呼び止めた翌日、給湯室で私が聞いたこと

「昨日の、単語帳?」定時で帰る後輩を呼び止めた翌日、給湯室で私が聞いたこと

2026.10.03 20:30
提供:ハウコレ

「残っている人」が私の基準でした

後輩は入社2年目で、同じ営業事務の課にいます。席は斜め向かいで、電話の声も独り言も、お互いに聞こえる距離でした。彼女は定時になると、パソコンを閉じて鞄を肩にかけます。締めの週でも、課長が「今週きついね」とこぼした日でも、それは変わりませんでした。

残った私たちは見積の差し戻しを分け合い、退勤の打刻を1時間ずつ遅らせていきます。誰かが「若い子は割り切ってるよね」と笑い、同じ調子で返しました。そのうち、後輩の帰る背中を見送るたびに、頭の中で採点をしていることに気づきました。熱意が薄い。人に任せる前提でいる。そういう項目に、勝手に丸をつけていたのです。

2年目の頃の自分は、残ることでしか安心できませんでした。見積の番号を取り違えて課長に頭を下げた日も、遅くまで残って、それで帳消しになった気でいたのを覚えています。

「私の分は終わっています」

締めの週の、定時の少し前に、後輩が鞄を引き寄せるのが見えました。差し戻しの山はまだ机の上にあります。声に棘が混じるのを、止められませんでした。

「これ、残りどうするの?」

「私の分は終わっています。共有欄にも入れてあります」

共有欄を開くと、彼女の担当分は全部に処理済みの印がついていました。差し戻しの理由も、1件ずつ短く書き添えてあります。抜けを探すように上から下まで見て、見つからないまま画面を閉じました。

それでも、納得はできませんでした。自分の分が終わっていても、周りが残っているなら手伝うものではないのか。そう思う一方で、彼女に手伝ってと言った覚えは、1度もありませんでした。言わずに残っている側が、勝手に期待だけをしていたのです。

「お先に失礼します」

その背中を見送りながら、次に同じ場面が来たら、今度は聞こうと決めていました。仕事ぶりではなく、姿勢の話として。

「あのさ、やる気」まで出ました

数日後、後輩が鞄を肩にかけた瞬間に、笑顔を作って席を立ちました。

「ちょっといい?」

「はい」

振り返った後輩は、鞄の口を閉めきらないまま、こちらに体を向けました。言おうとしていたのは「やる気ある?」でした。冗談の顔で言えば、角が立たないと思っていたのです。

「あのさ、やる気」

そこまで出たところで、視線が下に落ちました。鞄の口から、リング式の単語帳がのぞいています。その横には、黄色い付箋の束が、輪ゴムで留められていました。一番上の1枚には、丸い字で「請求の締めは20日」と書いてあります。新人の頃、何度も確認しに行った締め日でした。

単語帳のリングは使い込まれて、金具の色が薄くなっています。付箋の束は、指で押さえないと広がるほどの厚みでした。見えたのは、それだけです。それでも、言いかけた言葉と目の前の束とを、同じ場所に置くことができませんでした。続きの代わりに出たのは、まるで別の言葉です。

「なんでもない。お疲れさま」

「お疲れさまです」

後輩は鞄の口を閉めて、フロアを出ていきました。自分の席に戻り、開いたままの見積画面を見ていました。

次の日、休憩で給湯室に並んだとき、迷った末に聞きました。

「昨日の、単語帳?」

「はい。仕事の用語です。覚えきれなくて」

それだけでした。彼女は自分から続けようとはせず、私も深くは聞きませんでした。ただ、締め日の付箋が束の一番上にあった理由は、なんとなく分かりました。あの日、彼女が請求の締め日の確認で声をかけてきたとき、画面から目を離さずに「20日」とだけ返したからです。彼女はそれを書きとめて、持ち帰っていた。短く答えた側の記憶が、こんなに薄いことの方に、居心地の悪さを覚えました。

残った時間の長さを、ずっと熱意の目盛りにしていました。共有欄で終わっていると確かめたあとでさえ、目盛りの方を信じていたのです。会社に残ることで安心していた自分と、別の時間を使って覚えていた彼女。やり方が違うだけなのに、片方だけを努力と呼び、もう片方には名前すらつけていませんでした。

そして...

その週のうちに、共有フォルダにファイルを1つ増やしました。支店コードと締め日、差し戻しで多い理由をまとめた一覧です。ファイル名を伝えると、後輩は短くお礼を言って、それきりでした。

それからしばらくして、定時の前に後輩が席まで来ました。

「これ、明日でも大丈夫ですか?」

以前なら、みんな残っているのだから今日やればと、口に出さなくても思っていたはずです。

「うん、それなら明日で大丈夫だよ」

彼女が帰ったあと、自分の画面に並んだ仕事を見直しました。今日中でなくていいものを閉じていくと、残ったのは2件だけでした。その2件を片づけて、いつもより2本早い電車に乗りました。共有フォルダの一覧には、先週、彼女の追記が増えていました。

(30代女性・営業事務)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

関連リンク

関連記事

  1. <恋愛診断>29歳女子が彼氏なしから一転 出会いから5ヶ月でプロポーズされた理由とは
    【PR】<恋愛診断>29歳女子が彼氏なしから一転 出会いから5ヶ月でプロポーズされた理由とは
    ツヴァイ
  2. 男性の恋愛対象に!「彼女にしたい」と思う女性の特徴4つ
    男性の恋愛対象に!「彼女にしたい」と思う女性の特徴4つ
    モデルプレス
  3. 恋愛傾向を6つの項目で診断 自分の魅力や欠点がひと目で分かるレーダーチャートがすごい
    【PR】恋愛傾向を6つの項目で診断 自分の魅力や欠点がひと目で分かるレーダーチャートがすごい
    株式会社ツヴァイ
  4. 気になる彼に誘われたい!男性から誘われる4つの方法
    気になる彼に誘われたい!男性から誘われる4つの方法
    モデルプレス
  5. 10年ぶりに再会した同級生からまさかの告白 5年彼氏ナシの29歳沙友理を変えた性格診断とは【恋愛小説】
    【PR】10年ぶりに再会した同級生からまさかの告白 5年彼氏ナシの29歳沙友理を変えた性格診断とは【恋愛小説】
    株式会社リクルートキャリア
  6. 彼氏の浮気疑惑を確かめる方法4つ 疑う前にチェックしたいこと 
    彼氏の浮気疑惑を確かめる方法4つ 疑う前にチェックしたいこと 
    モデルプレス

「コラム」カテゴリーの最新記事

  1. 【星座別】2026年10月上旬、知らないカフェへの小さな冒険が、運命の人につながる女性ランキング<第1位~第3位>
    【星座別】2026年10月上旬、知らないカフェへの小さな冒険が、運命の人につながる女性ランキング<第1位~第3位>
    ハウコレ
  2. 【星座×星座】2026年10月、小さな嫉妬で絆が深まるカップルランキング<第4位~第6位>
    【星座×星座】2026年10月、小さな嫉妬で絆が深まるカップルランキング<第4位~第6位>
    ハウコレ
  3. 「昨日の、単語帳?」定時で帰る私に「やる気ある?」と言いかけた先輩が、翌日の給湯室で聞いたこと
    「昨日の、単語帳?」定時で帰る私に「やる気ある?」と言いかけた先輩が、翌日の給湯室で聞いたこと
    ハウコレ
  4. 【星座別】2026年10月上旬、知らないカフェへの小さな冒険が、運命の人につながる女性ランキング<第4位~第6位>
    【星座別】2026年10月上旬、知らないカフェへの小さな冒険が、運命の人につながる女性ランキング<第4位~第6位>
    ハウコレ
  5. 「早く寄こせ!」息子を奪いにきた【元義母】がカフェで暴走!?しかし直後⇒『しーん…』地獄の空気になったワケ
    「早く寄こせ!」息子を奪いにきた【元義母】がカフェで暴走!?しかし直後⇒『しーん…』地獄の空気になったワケ
    愛カツ
  6. 妻の貯金から【250万円】を無断使用する夫「俺が稼いで返すから怒るな」反省ゼロの夫に妻が下した決断とは…!
    妻の貯金から【250万円】を無断使用する夫「俺が稼いで返すから怒るな」反省ゼロの夫に妻が下した決断とは…!
    愛カツ
  7. 「ダメ嫁には水がお似合いね♡」義妹に頭から水をかけられた嫁!?しかし⇒「ありがとう」笑顔で返したワケ
    「ダメ嫁には水がお似合いね♡」義妹に頭から水をかけられた嫁!?しかし⇒「ありがとう」笑顔で返したワケ
    愛カツ
  8. 【星座別】10月前半、一緒にいるほど彼が本気になる女性ランキング<最下位~第10位>
    【星座別】10月前半、一緒にいるほど彼が本気になる女性ランキング<最下位~第10位>
    ハウコレ
  9. 【星座別】2026年10月上旬、秋色の服をまとった日に、好きな人が思わず目を留める女性ランキング<第1位~第3位>
    【星座別】2026年10月上旬、秋色の服をまとった日に、好きな人が思わず目を留める女性ランキング<第1位~第3位>
    ハウコレ

あなたにおすすめの記事