母の味を守っているつもりだった俺が、自分の言葉の出どころを知った食卓
実家の煮物が食卓にあると、家が回っている気がした
妻の作る煮物は、俺の知っているものより薄い味でした。責めるつもりはなく、事実として何度か口にしています。それで、
「母さんに教わってきてよ」
と言いました。妻はしばらく黙ってから、分かったと答えました。月に1度、実家へ通うようになったことは、後から母に聞いています。教わって帰ってくればそれで済む話だと考えていました。妻がその場ですぐにうなずかなかった理由を、あの頃の俺は考えていません。実家の煮物が食卓にあると、その日が片づいた気がしていたからです。
俺が覚えていたのは、味ではなく言い方だった
妻が通いはじめてから、子どもの頃の食卓を思い出すようになりました。父は煮物を口に入れると、
「実家のと違うな」
とよく言っていたのです。母はそのたびに何も返さず、次の週には味が変わっていました。俺はその流れを、母の腕が上がっていく過程だと思って見ていたのです。母が小皿に取って味を見る場面を、俺は思い出せません。父と同じ言い方を自分がしているとは、妻に頼んだ日には気づいてもいませんでした。
「これ、母さんのだ」
妻が実家から帰った日、食卓に出てきた煮物は、実家で食べてきた味そのものでした。1口食べて、
「これ、母さんのだ」
と言うと、妻は、
「次からは、私の作り方に戻します」
と答えました。俺が守りたかった味は、母が自分の作り方をやめていった先にできたものです。何をどれだけ足していったのかを、俺は台所で見たことがありません。妻が持ち帰ってきたのも、その分量ではなかったのだと思います。
そして...
今は、食卓で味の話をしません。妻が作ったものを、出された分だけ食べています。母にはまだ何も聞けていませんし、妻にもあの頼み方を謝れずにいます。皿が空になったことだけを、毎回伝えるようにしました。
(30代男性・会社員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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