「入れてないだけだよ」と妻に返した俺が、助手席の物入れから出した折り目だらけの紙
目的地を入れない日がありました
車は俺の名義で、平日は勤め先の往復にしか使いません。妻は運転をしないので、出かける日は俺がハンドルを握り、妻を左に乗せます。8年、そうしてきました。
下見で通った道は、交差点の名前と曲がる向きを紙に書いて、助手席の物入れにしまっておきます。当日は目的地を入れません。だから一覧に残るのは、勤め先とホームセンターと実家と、下見のときに折り返した角の住所だけになります。
買い物の帰り、信号待ちで妻が画面に触れました。
「この履歴、消してる?」
「たまに整理してる」
整理などしていません。説明すると長くなるので、短く答えました。
運転席に妻が座っていました
風呂から上がって、車の鍵が無いことに気づきました。窓の外を見ると、駐車場の車の中だけが明るくなっています。
助手席側から乗り込むと、妻は運転席で画面を消さずにいました。
「私と行ったところだけ、ないの」
「入れてないだけだよ」
妻はこちらを見ませんでした。その2日、家で妻が何を考えていたのかに、俺は気づいていませんでした。画面には、引き返した交差点の名前ばかりが並んでいます。妻から見れば、行った覚えのない場所だけが残った一覧です。
言い損ねたのは、最初の1回でした
物入れから紙を出して、妻の手に渡しました。
「前の日に、1回走ってる」
「なんで言わないの」
「言うほどのことじゃないと思ってた」
そう返してから、答えになっていないことはわかっていました。
「調べてから来てよって、言われたことがあって」
「渋滞に入って、着いたころには閉まってた」
「そんなこと、言った?」
付き合って最初の年のことです。妻はその日のことも、自分の言った一言も覚えていません。俺のほうは、次に出かける前に地図を広げて、曲がる角を数えるようになりました。言わずにきたのは、最初の1回で言い損ねたからです。次の休みも、その次も、紙は物入れの中にありました。
そして...
今は、車を出す前に、妻の隣で目的地を入れています。案内の声が入るぶん、話は途中で切れます。それでも、一覧に残る名前が2人で行った場所になるほうがいいと、俺は思っています。前の日に走るのは、まだやめていません。
(30代男性・会社員)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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