木製の調味料入れを動かし続けた私が、掃除のふりをやめた夜
入れ物に伸びる手
半年前から、同い年の彼女とシェアハウスの一室ずつを借りて暮らしています。彼女がコンロの横に置く木製の塩と胡椒の入れ物を目にするたび、私の頭には実家の台所がよみがえります。
高校生の頃、コンロの横に置かれた紙袋に火が移りかけたのを、私はすぐそばで見ていました。あの時の焦げたにおいが残っていて、火の近くに物があると、確かめるまで落ち着かなくなったのです。
掃除のふり
最初のうちは、掃除の流れを装って入れ物を棚へ寄せていました。理由を話せば済むことだと、頭では分かっていました。それでも、火が怖いから置き場所を変えてほしいと頼んで、神経質な人だと引かれるのが怖かったのです。
棚に「ここが定位置です」というメモが貼られて、気づかれていると分かりました。それでも私は打ち明ける代わりに、メモの真下から入れ物を移し続けました。頼めない弱さの分だけ、手を動かしていたのだと思います。
強い声
その夜、リビングでお茶を入れていた私の前に、彼女が入れ物を持ったまま立ちました。
「私の物、勝手に動かさないで」
いつもより強い声でした。ごまかす言い訳を探す間もなく、私は下を向いて、「コンロの横だけは、どうしても置けないの」と口にしていました。実家の台所のことを順番もばらばらのまま話して、最後にようやく言えました。
「ごめん。細かい人だと思われるのが怖くて、ちゃんと言えばよかった」
彼女は問い詰める口調を途中でやめて、私の向かいの椅子に腰を下ろし、終わりまで聞いてくれました。
そして...
今は、彼女の入れ物は腰の高さの棚にあって、コンロの横には何も置いていません。動かしたくなったら、先に声をかけると決めています。頼み事を口にする方が、掃除のふりを続けるよりずっと楽なのだと、今の私は知っています。
(20代女性・看護師)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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