「これで、よかったかな」と聞いてきた彼の前で、私はうまく笑えませんでした
連絡を減らしていたのに、祝ってもらえた席
彼と付き合って二年、二人で誕生日を祝うのは久しぶりでした。仕事の繁忙期が重なって、私からの連絡もずいぶん減っていました。返事が遅くなるたび、私はそのことに少しずつ後ろめたさを感じていました。それでも彼が予約してくれたこの席で向かい合えたことが嬉しくて、私はメニューを開く彼の横顔をうかがっていました。
けれど、その横顔は何か言いたげで、メニューを一度閉じて、また開いて、結局何も言わずにグラスに口をつけていました。今日はただの誕生日じゃないのかもしれない。そんな気が、ふと頭をよぎりました。
彼は一度、席を立ちました
食事の途中、彼は「ちょっと」とだけ言って入口のほうへ歩いていきました。店員と何か話しているようでしたが、背中越しでは聞き取れません。戻ってきた彼は、落ち着かない様子でおしぼりをいじっていました。やがて運ばれてきたのが、あのプレートです。隣の席には名前の入ったプレートが届いていて、私のものだけが、ただのお祝いの文字でした。彼は私の顔を見て、「これで、よかったかな」と聞きました。
名前より、飲み込まれた言葉が気になった
軽く見られているのかな、と最初は思いました。けれどそれより気になったのは、彼の言いかけた言葉のほうでした。私が「ううん、ありがとう」と返すと、自分の声がいつもより硬いのが自分でも分かりました。彼は「あのさ、今日は…」と言いかけて、そのまま口をつぐみました。
聞き返せばよかったのに、聞いてしまえば、私たちの間で曖昧にしていた何かが壊れてしまう気がして、私はフォークでスポンジの端を崩していました。祝ってもらっているのに、フォークを置いた音が、いつもより大きく聞こえました。
帰り際、お手洗いから戻る途中、私はレジの向こうで店員さんが小声で別のスタッフに確認しているのを耳にしました。「あちらのお席、ご予約ではお名前入りで承ってましたよね?」。聞き間違いかと思って、私は足を止めました。名前入りのプレートが、もともと用意されていた。それを途中で外したのだと、その一言で分かってしまったのです。
そして...
家に帰る道のあいだ、私はずっと彼の今夜の様子を思い返していました。メニューを一度閉じて、また開いていた指。「ちょっと」と席を立ったあと、戻ってきてからおしぼりをいじっていた手。「あのさ、今日は…」と言いかけて、私の顔を見て引っ込めた声。あれは、何か大事なことを切り出そうとして、私の様子を見て引っ込めた人の顔だったのだと、夜風の中でようやく気づきました。
連絡を減らしていたのは私のほうでもあったのです。彼が引っ込めた言葉のうしろに何があったのか、完全な答えはまだ分かりません。それでも、家に着いた私は短いメッセージを送りました。「今夜のお店、本当はありがとう。私から、ちゃんと話したいことがあります」。画面が明るくなるのを待ちながら、私は今度こそ自分から、あの飲み込まれた言葉を迎えに行こうと決めていました。
(20代女性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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