「すぐ返すから」と借りていった好きな人が→私の傘を、知らない女性にそっと差し出していた
貸した傘が、私の小さな期待でした
数日前、急な雨で帰れずにいる彼に、私は自分の傘を貸しました。ちょうど鞄にもう一本、予備の折り畳み傘が入っていたので、自分が濡れる心配はありませんでした。「よかったら、これ使って」と差し出すと、彼は「ごめん、助かる。すぐ返すから」と受け取ってくれました。
返してもらうそのときに、また少し話せる。たったそれだけのことが、私には小さな楽しみだったのです。貸した傘が、彼と私をつないでくれている気がしていました。
その傘は、知らない女性の手に渡っていきました
会社から駅に向かう途中、バス停でバスを待つ彼の姿が目に入って、思わず足が止まりました。向かい合っているのは、見たことのない女性でした。
彼は傘を軽く持ち上げ、その人へ差し出すように傾けます。女性が会釈をして傘を受け取ると、彼はその後ろ姿を目で追っていました。
私が貸したあの傘は、こんなにあっさり、別の誰かのものになっていくのだと知りました。彼にとっては、ただの忘れ物のような傘だったのかもしれません。女性のほうへ体を向けたままの彼の姿が、どこか親しげに見えて、それがいちばんつらかったです。
私の片思いは、雨と一緒に流れていきました
私はその場を離れ、ふたたび雨の中を歩き出しました。返してもらうときにまた話せる、なんて期待していた自分が、急に子どもみたいに思えました。
彼にとって私の傘は特別でも何でもなく、ただ手近にあったから誰かに渡しただけ。そう考えると、これまで大きくしてきた気持ちを、どこに向ければいいのか分からなくなりました。
明日からは、いつもどおりに振る舞おう。好きだと気づいてしまう前の自分に、戻ればいいだけだと言い聞かせました。
そして…
それからしばらく経って、彼はあの傘を返しに来ました。「これ、ずっと借りたままでごめん。本当に助かったよ」と差し出す彼に、私は「ううん、気にしないで」とだけ答えました。
彼は「あのさ、」と言いかけて、そのあとを続けず、「いや、ありがとう。それだけ」と笑います。
何か言いたげに見えたのは、きっと私の願望でしょう。私は受け取った傘をそっとデスクの脇に置き、それ以上は尋ねませんでした。返ってきた傘と一緒に、この気持ちもしまっておけばいい。そう思い直して、いつもの仕事に戻りました。
(30代女性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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