彼女の作品を一番きれいに見せたくて展示台を下げた。なのに本心が言えず、そっけない態度をとった僕
彼女の作品だけ、見え方が違った
僕が参加しているのは、ミニチュア作りの趣味のサークルです。展示の準備を手伝うことが多く、その日もメンバーの作品を一つずつ台に並べていました。
ほかの人の作品は、押し花の額や刺繍のパネルなど、正面から眺めるものがほとんどです。目線の高さの台に置けば、ちょうどよく見えます。けれど、彼女の作品だけは違いました。
天井のない小さな部屋は、上からのぞき込んで初めて、中の作り込みが見えてきます。机に並んだ小さなカップも、床に広げた豆粒のような本も、横からでは気づけません。半年ほど前から通い始めた彼女が、毎回どれだけ丁寧に作り込んでいるか、僕はずっと見てきました。だからこそ、この作品を一番いい形で見てほしかったのです。
本当の理由が、言えなかった
台を下げ終えたころ、彼女が近づいてきました。下げられた自分の作品を見つめる表情には、戸惑いがにじんでいます。
「私のだけ、どうして低くしたんですか?」
本当は、こう言いたかったのです。きみの作品が一番きれいだから、みんなにちゃんと見てほしくて下げたんだ、と。でも、その言葉を口にすれば、ずっと彼女の作品ばかり見ていたことまで知られてしまう気がして、急に怖くなりました。
だから僕は、「気にしないで」と言って、「そのほうがいいと思っただけだから」と、それだけ返しました。ちょうどほかのメンバーに呼ばれたのをいいことに、僕はその場を離れてしまったのです。
振り返ると、彼女がうつむいているのが見えました。あんな顔をさせるくらいなら、正直に話せばよかった。そう悔やみながらも、僕は呼ばれたメンバーのほうへ歩いていきました。臆病な自分が、心底嫌になりました。
人だかりを、遠くから見ていた
展示会の当日、僕は会場の隅から、彼女の展示台のほうをうかがっていました。低い台の前には、来場者が次々と腰をかがめ、彼女の部屋をのぞき込んでいます。背の低い子どもたちも、夢中で中を指さしていました。
やっぱり、この高さで正解だった。そう思う一方で、どこかすっきりしない気持ちが残っていました。作品を一番いい形で見せることはできたのに、肝心の彼女には、何ひとつ本当のことを伝えられていない。あのそっけない一言のせいで、彼女はきっと、自分の作品が低く扱われたと思ったままなのです。
ほんの少し正直になるだけで、彼女を悩ませずにすんだはずでした。それができなかったのは、作品のことより、自分が傷つくのを恐れた僕の弱さでした。
そして...
人だかりが途切れたころ、僕は彼女の作品をもう一度見に行きました。低い台の上で、小さな部屋は変わらず光をためていて、やっぱりこの人の作るものはすごいなと、あらためて思いました。
今度こそ、ちゃんと伝えようと思います。低くしたのは、きみの作品が一番きれいだと思ったからだと。そっけない態度をとったことも、きちんと謝りたいのです。
言葉ひとつで人を悩ませてしまうなら、言葉ひとつで、その人を笑顔にすることもできるはずだから。次に会ったら、今度は逃げずに話しかけよう。そう決めて、僕は会場を出ました。
(30代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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