「使いやすいんだよ」彼女に嘘をついてまで、俺がペアマグを職場へ持っていった理由
新しい部署で、ひとりだった俺
部署を異動してから、職場での毎日が重くのしかかっていました。やり方も人間関係も一から、頼れる相手もいません。気を張りっぱなしで、家に帰る頃にはくたくたでした。そんなとき、ふと思いついて、家を出る前に自分のマグを鞄に入れました。彼女と二人で選んだ、紺色のマグです。
慣れない給湯室でそれにコーヒーを注ぐと、彼女と過ごす何気ない時間が、少しだけ近くに感じられたのです。情けない話ですが、あのマグは俺にとって、知らない場所で踏ん張るためのお守りのようなものでした。
本当の理由が、言えなかった
あるとき、彼女に聞かれました。
「ねえ、ペアのマグ、片方どこにいったの?」
荷物を置きながら、俺はとっさにこう返しました。
「ああ、それ、職場に持っていった」
彼女のことを思って持ち出したなんて、面と向かって言うのは、なんだか気恥ずかしかったのです。
「二人で選んだやつなのに」
彼女の声に、戸惑いがにじんでいました。本当のことを打ち明ければよかったのに、やっと振り返って俺の口から出たのは「使いやすいんだよ」という、心にもない一言でした。彼女の表情がふっと曇ったのはわかっていましたが、お守りにしているなんて照れくさくて、コーヒーをすするふりでごまかしました。
お揃いを、片方にした意味
それから、彼女がどこかよそよそしくなった気がしていました。理由がわからないまま、職場でマグを手にするたびに、あの曇った表情が浮かびます。そこでようやく、気づいたのです。
二人で選んだお揃いを、俺は黙って片方だけ持ち出した。彼女にとってそれは、ただの食器が一つ減ったのではなく、二人の何かが欠けたように見えたのかもしれない。お守りにするくらい彼女を想っていたはずなのに、その想いが、まるで逆の意味で伝わっていたのです。
そして...
帰ったら、ちゃんと話そうと決めました。マグを職場に持っていった本当の理由を。照れくさくても、ごまかしの一言でやり過ごしてはいけなかったのだと、今でははっきりわかります。お守りのつもりが、彼女を不安にさせていた。お揃いは、片方だけ大事にしても意味がないのだと、紺色のマグが教えてくれた気がします。
次の休みには、二つのマグでコーヒーを淹れて、あらためてあの時間を彼女と分かち合おうと思います。
(20代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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