ライブ中「すみません、うちわを少し下げてもらえますか」「今、いいところなんで」→推しがマイクで放った言葉
見えないステージ
半年前から楽しみにしていたライブでした。やっとの思いで取れた座席は、ステージから少し離れた場所。それでも推しに会えると思うと、会場に着いてからずっと心が弾んでいました。ところが開演と同時に、前の席の人がうちわを高く掲げ、ペンライトを顔の高さよりも高く、大きく振り始めたのです。私の目に入るのは、揺れるうちわの裏側ばかり。背伸びをしても、首をかしげても、肝心のステージはほとんど見えませんでした。
届かなかったお願い
数曲が過ぎても、うちわが下がる気配はありませんでした。せっかくの時間が、目の前のうちわ一枚で奪われていく。そう思うと、悔しくてたまりませんでした。意を決して、私は前の人にそっと声をかけました。「すみません、うちわを少し下げてもらえますか」。けれど前の人は聞こえていないかのように、うちわを掲げたまま身じろぎもしません。もう一度、少し声を大きくして同じお願いを繰り返すと、その人は面倒そうにこちらを振り返り、「今、いいところなんで」と言って、すぐにまたうちわを高く戻しました。私はうつむいて、揺れるうちわの裏側を見つめるしかありませんでした。
ステージから降ってきた言葉
曲と曲のあいだ、推しがマイクを手に客席を見渡しました。そしてにこやかに、会場全体へこう呼びかけたのです。「うちわは胸の高さで、後ろの人にも見えるようにね」「ルールを守ってみんなで楽しもう!」。その言葉で、会場の空気がふわりとほどけました。あれだけ頑なだった前の人が、はっとした様子でうちわを下ろし、肩をすぼめて小さくなったのです。こちらを振り返ることもできないのか、前の人はうつむいたまま、それきりうちわを高く掲げることはありませんでした。ふさがれていた私の視界は、ようやく開けました。
そして...
それからのライブは、これまでが嘘のようによく見えました。推しの表情も、衣装のきらめきも、ぜんぶ私の目に届いていました。あんなに頑なだった前の人が小さくなっている姿に、少しだけ溜飲が下がる思いがしました。それでも、きっとあの人も推しに夢中だっただけなのだと思うと、不思議と憎めませんでした。譲り合えば、みんながちゃんと推しを見られる。当たり前のことを、大好きな人の言葉で思い出せた一日でした。そのことが、私にはいちばんのごほうびのように感じられました。
(20代女性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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