「どうせ死ぬしな」24歳で“余命1週間”を宣告されたコスプレイヤーモデル・若葉希人、全身の皮膚が壊死する難病との闘い
「ミスアサ芸シークレット2026」ファイナリストに選ばれたコスプレイヤーモデル・若葉希人(わかば・きと)。明るい笑顔が印象的な彼女には、24歳のときに突然「余命1週間」と告げられた過去がある。原因とみられたのは、薬の副作用によって全身の皮膚が壊死する難病、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と中毒性表皮壊死症(TEN)だった。激しい痛みに襲われ、眠ることさえできない日々の中で、「どうせ死ぬしな」と思ったこともあったという。絶望の淵に立たされた彼女は、そこからいかにして生き抜き、奇跡的な回復を遂げたのか。前編では、壮絶な闘病の日々を本人の言葉で振り返ってもらった。(前後編の前編)
――現在はモデルとして活動されていますが、24歳のときに命に関わる病気を経験されたそうですね。
若葉 社会人4年目の頃です。もともと帯状疱疹が長引いていて、2~3カ月くらい治らなかったんです。さすがにおかしいということで、家族も一緒に大きな病院を紹介してもらって受診しました。その日は専門の先生がいなかったので、別の先生が応急処置として点滴を打ってくださって。「明日の朝一番で来てください」と言われて、一度帰宅したんです。でも、点滴を打って家に帰った瞬間から、全身に症状が一気に出てしまって。
――もともとの帯状疱疹が悪化したと思ったのでしょうか。
若葉 私も家族も、最初はそう思っていました。帯状疱疹が急激に広がったんだと。尋常じゃない痛みでしたが、症状が似ていたので、まさか薬が原因だとは思いませんでした。むしろ「広がりきる前に病院で診てもらえてよかったね」と、その日の夜は家族と話していたくらいです。でも、翌朝に病院へ行くと、「これは帯状疱疹ではない」となって。すぐに救急で入院することになりました。
――そこで告げられた病名が……。
若葉 「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)、もしくは中毒性表皮壊死症(TEN)の可能性がある」と言われました(実際はSJSとTENを併発)。そこからの進行が本当に早くて、あっという間にほぼ全身の皮膚に症状が広がってしまって。診てくださったのが、その病院の院長先生だったんですけど、ここまで全身に症状が出ていて、一つひとつの症状もひどいとなると、内臓にまで影響している可能性が高いと。「余命1週間」と言われました。「1週間を乗り越えられれば死ぬことはないけど、そこがリミットかな」と。ああ、私、死ぬんだ……と思いました。
彼女を襲ったのは、薬の副作用によって皮膚が壊死し、剥がれ落ちていく最重症の皮膚障害だった。原因は、前日に受けた点滴か、同時に処方された飲み薬のいずれかと考えられたが、複数の薬を同時に使用していたため、特定することはできなかったという。誰の目にも、命に関わる深刻な状態であることは明らかだった。
――余命宣告を受けても、あまりに突然のことで、すぐには受け止めきれなかったのではないでしょうか。
若葉 もう、どんな気持ちで病室に戻ったのかも分からないくらいでした。体は激痛で動かせないし、意識もほとんどないような状態で。特に夜が一番つらくて、痛くて眠れないんです。痛み止めを点滴で入れてもらうんですけど、1日に使える量が決まっているので、昼間のうちに全部使い切ってしまう。夜になると、もう使える薬がなくて、錠剤の痛み止めは全然効かないんです。激痛に耐えながら、ずっと唸って、ただ朝が来るのを待っていました。
――想像を絶する苦しみですね。
若葉 看護師さんたちが本当に優しくしてくださって。私が痛がっていると、ナースステーションから皆さんが来てくれて、氷でずっと体を冷やしてくれたり、痛み止めの軟膏を塗りながら肌をさすってくれたり。「少しでも痛みを紛らわせられるように」と、いろいろしてくださったんです。でも、私は「こんなに良くしてもらっても、どうせ死ぬしな」って思っていました。ただ、苦痛の絶頂で亡くなるのだけは嫌だなって。どうせなら、痛み止めが効いている間に穏やかに死にたいって、そればかり考えていました。
――病気を特定するために、皮膚を採取する手術も受けられたそうですね。
若葉 はい。でも、それが本当に怖くて。手術室に運ばれる途中で、ストレッチャーから転がり落ちてでも逃げてやろうって、本気で考えていました(笑)。もう歩ける状態ではなかったですけど、這ってでも逃げようって。それで当日、手術の時間になると、先生と看護師さんが手術着のまま病室に入ってきたんです。部屋の天井にあった、よく分からない電気がパッと点いて、「え、ここでやるの!?」って(笑)。私の病室は診察も手術もその場でできる個室だったので、逃げる隙もありませんでした。
壮絶な痛みと恐怖に耐えながら、若葉さんは宣告された「1週間」を乗り越えた。
――命の危機を脱してからは、どのような治療を受けたのでしょうか。
若葉 1週間を越えたことで、治療方針が変わったんです。「生きるための山は越えたから、ここからは治すための治療に切り替えよう」と。薬の成分が変わったりして、本格的な治療が始まりました。退院できたのは、入院してから1カ月半くらい経った頃です。痛みは完全になくなっていましたが、皮膚の状態はまだ治っていませんでした。
――皮膚の症状が残った状態での退院だったんですね。
若葉 命に関わる症状がなくなったから退院、というだけだったんです。皮膚に残った痕については、「あとは皮膚科の先生にお願いします」という感じで。退院してすぐ、かかりつけの皮膚科の先生に診てもらったんですが、「これまでの症例を見る限り、きれいに治ることはないでしょう」と言われました。一番ひどかったお腹や背中については、皮膚移植を勧められました。
ネットで検索しても、症状がきれいに治った人の症例は見つからなかった。それでも、若葉さんは諦めなかった。
若葉 皮膚移植はお金もかかりますし、何より、また痛い思いをするのが怖くて。やれるところまで、自分でケアしてみようと決めました。保湿をしたり、処方された内服と塗布剤、本当に必死でしたね。
――その結果、今では痕がほとんど分からないほど、きれいになっています。
若葉 ありがとうございます。それが直接効いたのかどうかは分からないんですけど、先生も「ほぼ奇跡」と言っていました。5年くらい前に、気づいたら治っていたんですよね。一番ひどかった背中は自分では見えないので、ある日、お風呂上がりに母から「あれ、背中きれいになったね」って言われて。鏡で見てみたら、本当に痕がなくなっていて、私も驚きました。腕や足など、自分から見える部分は、発症から2~3年ほどでかなりきれいになりましたね。
▼若葉希人(わかば・きと)中学生の頃、母の手作り衣装でコスプレを始める。24歳のときにスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と中毒性表皮壊死症(TEN)を発症し「余命1週間」を宣告されるも、奇跡的な回復を遂げた。現在はコスプレのほか、ポートレートやグラビアのモデルとしても活動し、「ミスアサ芸シークレット2026」ファイナリストに選出。「同じ病気で苦しむ人の希望の症例になりたい」と、自身の経験の発信を続けている。
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