<イシヅカユウ『片袖の魚』インタビュー>トランスジェンダー役を当事者が演じる意味とは?映画に対する想いも語る「バリアフリー化で“みんな”が楽しめるように」
2022.10.17 19:30
トランスジェンダーであることを公表し、モデルや女優として活動しているイシヅカユウ。オンライン劇場<THEATRE for ALL>で現在公開されている映画『片袖の魚』は、国内で初めてトランスジェンダー役を当事者が演じていることで大きな話題を呼んだ。なぜイシヅカはトランスジェンダー役を演じようと思ったのか。そして彼女が考える“みんな”が楽しめる映画とは。たっぷり語ってもらった。
イシヅカユウ主演の『片袖の魚』
日本で初めて一般公募のオーディションでトランスジェンダー当事者の俳優を募集した映画『片袖の魚』。多数の応募者の中から主役に選ばれたイシヅカは、今回が映画初主演となった。本作はバリアフリーオンライン劇場<THEATRE for ALL>で開催されているイベント「まるっとみんなで映画祭 2022」で視聴することができる。
「まるっとみんなで映画祭 2022」は“いろいろな人が一緒に楽しめるオンライン劇場”をテーマに、目が見えない方のための音声ガイドや、耳が聞こえない方のためのバリアフリー字幕を付け、良質な映像作品や話題作を提供している。
海外で賞を獲得するなど、国内外から支持を集めている本作の魅力や、マイノリティ役を当事者が演じることの意味について考える。
トランスジェンダー当事者が演じる重要性とは
― 「片袖の魚」はトランスジェンダー当事者の俳優を募集した作品ですが、イシヅカさんが応募しようと決めた想いなどをお聞かせください。イシヅカ:東海林毅(ショウジ・ツヨシ)監督の前の作品で振り付けをしていた友人がいまして、その友人から「こんな応募があるけど受けてみない?」と誘われたのがきっかけでした。“トランスジェンダー役はトランスジェンダーが演じるべき”と思っていたわけではないですが、社会全体が少しでもマイノリティについて考えるきっかけになればと思い応募しました。
― 実際に応募して、当事者がトランスジェンダー役を演じることへの考え方も変わりましたか?
イシヅカ:正直最初は「当事者が演じることはどういった意味があるんだろう…」と思っていました。自分とは違う役を演じるのが俳優だとも思っていました。ただ監督のお話を聞いて考え方はすごく変わりましたね。まずは雇用の問題になるのですが、トランスジェンダー役のオーディションにトランスジェンダー当事者が呼ばれないという現状があります。こういった状況から、トランスジェンダーの方は事務所に所属するのも難しくて、「オーディションに呼ばれないから所属できない」ということにも繋がっていきます。そしてもう一つが“表象”の問題です。非当事者がトランスジェンダー役を演じる上で、演技プランにトランスジェンダー当事者が介入しないことが普通でした。そうなってしまうと、悪気は無かったとしても偏見や持っているイメージで誇張された演技へと繋がってしまいます。その誇張された表現がトランスジェンダーのイメージとなってしまい、それを見た俳優さんが別の作品でもそのイメージでトランスジェンダー役を演じてしまう、という負のスパイラルになってしまうんです。
― 当事者が演じないことで、リアルから離れてしまっているんですね。
イシヅカ:そうですね。当事者が演じることで、「実際はこうだよ」と演じることができるのは大きいと思います。ただ、当事者ではない方が演じることに反対してはいません。雇用の問題やトランスジェンダーへの偏ったイメージなどが生まれなければ、誰が演じてもいいと思っています。
― トランスジェンダー役が出ている作品を観ていると、違和感を覚えることもありますか?
イシヅカ:正直ありました。例えば一時期から“オネェ”という言葉がメディアに多く出てきました。トランスジェンダー、ゲイ、ストレートだけどフェミニンな服装や話し方をする人などを、一括りにして“オネェ”と呼ぶのは違和感を覚えました。
― トランスジェンダー当事者の方が演じることでそういったイメージも変わっていくかもしれませんね。
イシヅカ:そうなっていくと嬉しいです。ただ偏ったイメージを持っている方も、悪気があるわけではないので。メディアを通して知らず知らずのうちに偏見を持ってしまっている方に、この映画が考えるきっかけになればなと思います。
― 映画についてもお聞きできればと思います。主役のひかりを演じてみて、本作の魅力をイシヅカさんはどういった部分だと感じますか?
イシヅカ:トランスジェンダー役を当事者が演じているのはもちろんですが、誰でも共感できるようなストーリーになっているのが本作の魅力だと感じます。主人公のひかりは自信が持てずにくすぶっていますが、少しずつ成長して一歩踏み出す姿はトランスジェンダーではない方も楽しめるはずです。すごく大きな事件や出来事があるわけではないけど、それが良い意味でリアルな姿を伝えられているかなと思います。
― ひかりを演じる上で大切にしたことなどはありますか?
イシヅカ:モデルということもあり私はすごく自信のある歩き方をするのが得意なんです(笑)。ただ、ひかりの自信の無さが歩き方にも出るように、街中の人を見て姿勢などを勉強しました。身体表現の部分からこだわって、他にも電車で座っているシーンでも、普段の私が出ないように背中を丸めてひかりらしさを出すように意識しました。
― イシヅカさんが提案して採用されたシーンなどもありますか?
イシヅカ:提案ではないんですが、エンドロールで新宿を歩くシーンがあるんですけど、そこは割と自由に私らしく歩いています。ひかりではあるけど、作中で成長した姿になればなと思ってやってみました。
― 今回が初主演ですが、演技は苦労されましたか?
イシヅカ:まず台本を覚えられるかすごく不安でしたが(笑)、34分の短編というのもあってなんとか覚えることができました。それと最初の撮影が原日出子さんとの共演シーンで、ものすごく緊張したのを覚えています。仮面女子の猪狩ともかさんも一緒のシーンだったのですが、皆さんすごく優しい方で、そこからはのびのび撮影することができるようになりました。
― そうだったんですね!本作はどういった方に観てもらいたいですか?
イシヅカ:一番はトランスジェンダー当事者で、自信が無くて生きづらいと感じている方に観て欲しいです。本作の中では様々な差別表現でひかりは傷付きますが、その先にきっと希望を感じてもらえると思います。またトランスジェンダー当事者じゃない方も共感できるストーリーになっているので、多くの方に観てもらいたいと思っています。この機会にトランスジェンダーに対する理解も深まると嬉しいですね。毎日辛いことばかりじゃないし、同じ人間なんだよと伝わればなって。
― 今作でひかりを演じ、イシヅカさんご自身の中でもトランスジェンダーや差別についての考え方や感じ方に変化はありましたか?
イシヅカ:ありましたね。トランスジェンダーやLGBTQではなくてもマイクロアグレッション(無意識の攻撃・差別)を受けることってかなり多いと感じました。例えば女性ですと、結婚や出産について何気なく聞かれることもありますよね。聞く方にとっては悪いと思っていないけど、その人のセクシュアリティについて知らないのに聞くのはマイクロアグレッションになってしまうこともあります。
― 聞いている側は良かれと思っていることも多いかもしれませんね。
イシヅカ:そうなんです。例えば話のフックとして聞く場合もあると思うし、私はすごく軽い感じで「身体はどうなってるの?」と聞かれたこともあります。悪気が無ければ聞いてもいいと思っている方は多いと思いますが、決してそうではない。『片袖の魚』はトランスジェンダーのひかり目線で話が進んでいくので、映画を通して「もしかしたら私も知らないうちにマイクロアグレッションをしていたのかも」と考えるきっかけになればなと思います。
イシヅカ「“みんな”が楽しめて、感想を共有できる場所」
― 現在<THEATRE for ALL>では『片袖の魚』を観ることができる「まるっとみんなで映画祭 2022」が開催されています。どのように楽しむのがおすすめだと感じますか?イシヅカ:音声ガイドや、バリアフリー字幕があるので、いろいろな方と映画について共有したいなと思いました。基本的に邦画は日本語字幕がつかないので、耳の聞こえない方にとっては不便に感じていたと思います。そういった部分もバリアフリー字幕で観ることができるようになるのは素敵ですよね。話題の作品だと、友人と「もう観た?どうだった?」って共有するのも楽しいので、多くの方と映画について共有・共感できるのが「まるっとみんなで映画祭 2022」の魅力であり楽しみ方なのかなと感じます。
― 『片袖の魚』の細かな表現も字幕になっていたので、作品への理解は深まりそうですね。
イシヅカ:そうですね。それに音声ガイドやバリアフリー日本語字幕で映画を観れば、障害を持っている方がどんなことで悩んでいるのかなども少しは気付けるきっかけになるのかなと感じました。もちろん、そこまで深く考えなくても障害を持っている方と一緒に映画を楽しんだり共有できる事自体が素晴らしいなって。映画『カメラを止めるな!』も音声ガイドとバリアフリー日本語字幕が配信されているので、一度観たことはありますがもう一回観てみようと思います。
― 日本で大きな話題になった映画ですが、より多くの方が観るきっかけになりますね。
イシヅカ:そう思います。元々邦画はほとんどに字幕が無いし、「バリアフリー化」と銘打っていれば安心して観ることもできるんじゃないかなと感じます。「まるっとみんなで映画祭 2022」というイベントをきっかけに、いろいろな当事者の方と「一緒に映画を観よう」と思う方も増えるんじゃないかな。
― 「まるっとみんなで映画祭 2022」を開催している<THEATRE for ALL>の魅力はどういった部分だと感じますか?
イシヅカ:<THEATRE for ALL>という名前の通り、「みんなのための劇場」であるということだと思います。“みんな”という言葉はよく使われますが、その“みんな”に含まれていない人っていっぱいいると思うんです。そういったことを考えても、<THEATRE for ALL>は「みんなのための劇場」だなって。バリアフリー化で本当の意味で“みんな”が楽しめるようになっていると感じます。
― 確かに障害のお話に限らず、住んでいる地域で上映されない映画も多くありますね。そういった場合も“みんな”からは省かれてしまう。
イシヅカ:『片袖の魚』も日本各地で上映してもらえましたが、まだ上映できていない地域もたくさんあります。上映していても様々な事情で足を運べない方もいるだろうし、どんな方であっても楽しめるのが<THEATRE for ALL>らしさかなって。もちろん配信プラットフォームはたくさんあるけど、“みんな”が楽しめて、感想を共有できる場所ってなかなかないんじゃないかなと思います。
― 自動でテキスト化されるものはありますが、俳優が演じるニュアンスや表現までを伝えらえるのは他にないかもしれませんね。
イシヅカ:そうですね。『片袖の魚』にバリアフリー日本語字幕をつけるのも結構大変な作業だと監督から聞きました。例えば耳が聞こえない方は口元が見えないと誰が話しているのか分からないので、セリフの前に役名を入れるなどの工夫もあって「そっか、確かに!」と新たな気付きにも繋がりました。
― ありがとうございます。それでは最後に、<THEATRE for ALL>で注目している作品があれば教えてください。
イシヅカ:『チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ』が気になっています。これはアイヌ民族の祭祀を記録したドキュメンタリーなんですが、1986年に75年ぶりに行われたものが映像にまとめられています。私は元々お祭りが大好きで、小さい頃は地元のお祭りにも毎年参加していたんです。実は私の実家の隣が神社なんです。
― そうなんですね!
イシヅカ:「どうしてこのお祭りは昔から行われているのだろう?」と考えるのが好きで。アイヌ民族も偏見や差別を受けてきたけど、その中でもアイヌの伝統であるお祭りを守ってきた。『チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ』はアイヌにルーツの無い北村皆雄さんが映像に残してくれていて、それを後世に伝えることが出来るのってすごく貴重で大事だなと感じます。「どういう想いでこのお祭りをしていたのか」「どういった風土で誕生したお祭りなのか」ということを考えながら観たいと思っています。
― 映像に残っているからこそ伝わる空気感はありますし。
イシヅカ:そうですね。映像がなければ本当にお祭りがあったのかもわからない。記録映像としてもそうですが、アイヌの歴史や風土を伝える作品にもなっているんじゃないかと。それにこの作品もバリアフリー字幕がつくので、より多くの方が楽しめるんじゃないかなと期待しています。
― たくさんお話いただきありがとうございました!
(modelpress編集部)[PR]提供元:株式会社precog