「CHANEL Nº5 L’EAU」の香りからインスピレーション 表現したパラドックスとは?
2017.06.28 21:30
伝統を継承しながら革新を続ける香水「CHANEL Nº5」。ブランドを語る上で欠かせないほどの存在感を放つ「CHANEL Nº5」は、「女性そのものを感じさせる、女性のための香水を作りたい」というココ・シャネルのこだわりが凝縮されたブランド史上初となる香水。1921年の登場以来、時代に寄り添うように一新され、女性の自由を牽引する存在として君臨し続けた。
目次
上品なフローラルの香りにスモーキーなノートが潜む、複雑で革新的なパフュームは、まるで彼女自身が抱えるパラドックスだ。
「CHANEL Nº5 L’EAU」の世界観をバレエダンサー・飯島望未が体現
「CHANEL Nº5 L’EAU」をインスピレーションに、初めて自身へのコレオグラフィー(振り付け)を創作した飯島氏は、自分自身の内面と香りが持つ世界観を照らし合わせた。6歳でクラシックバレエを始め、16歳の時に入団したヒューストン・バレエ団ではソリストに昇格した。愛してやまないバレエだが、枠にとらわれない自己表現を望む彼女にとって、規律の多いクラシックバレエの世界は窮屈だった。コンテンポラリーバレエの豊かな可能性を追ってチューリッヒ・バレエに入団したのが2016年の夏。
しかし1年を待たずにヒューストンへ戻ることを決意した。葛藤に直面しつつも、熱意をもって立ち向かっていく勇敢な“バレエダンサー飯島望未”。香りのように変幻自在で魅惑的、直感を信じて高く空へ舞い上がる彼女の深層心理の物語を、フランス人のディレクター、ローラ・ラバン・オリビア(Lola Raban-Olivia)が描き出した。
― 劇中では香水にインスパイアされたオリジナルのダンスを表現されましたが、「CHANEL Nº5 L’EAU」の香りを体感した感想はいかがでしたか?
飯島:フローラルな中にスモーキーな香りが漂う、ユニークな香りだなと感じました。フレッシュでありながらも華やかで上品なノートに隠れる様々な香りのエッセンスが複雑に組み合わされているところから、二面性を表現しようと思いました。
私は裏表がかなりはっきりしているタイプですが、世の中も人も矛盾やパラドックスが常にありますよね。強いけど弱い、綺麗だけど不恰好、自分の中でこうなりたいという想いがあるけれどできないとか、こうしたいのにやらない自分がいたりとか。
そうした矛盾を踊りで表現してみたかったんです。クラシックは大好きで得意だったけれど、コンテポラリーをもっと追求したくてチューリッヒに行ったのに、実力がなくてできない。そんな矛盾や焦燥を踊りでどのように表現したら良いかに注力しました。
― ディレクターのローラ・ラバン・オリビアとの作品作りはいかがでしたか?女性同士だから分かり合える部分などがあったのでしょうか?
飯島:女性だからというわけではなく、シンプルに彼女とはやりやすかったです。とにかくとても可愛らしくフレンドリーで優しい人でした。以前女性のコンテンポラリーの振付家とご一緒したときに、女性の振り付けのほうが難しいと感じたことがあったので、どうなるのかと思っていました。ディレクターと振付家は違いますが、カメラマンへの指示や細かいところを何度も撮影しているのを見て、ローラの強いこだわりを感じましたね。
ヴィジュアル部分で日本らしさを取り入れていたので、私のアイデンティティを象徴してくれたのだと思いますし、彼女はいつも私の意見を優先してくれて、ダンサーが動きやすいように働きかけながらも、彼女自身の世界観の中でどうよく見せようかというのを考えてくれていました。
フランス人の女性で活躍している彼女は“かっこいい女性像”という枠に入ると思いますが、すごくスイートで人柄が素晴らしいんです。彼女が監督で本当によかったと思っています。
自分自身への挑戦――初めてのコレオグラフィーに想うこと
― 初めてのコレオグラフィーそして本格的な映像制作に挑戦されました。創作はどのように進められたのでしょうか。飯島:まず、ローラからラフ案のようなものが送られてきて、「チャプター1のここはこういうパラドックスを表現して」というような指示をもらいました。それに対して自分で振り付けを考えて撮影に挑みました。ローラは、リハーサルのときから「ここはこうしてほしい」とか「ここはもっとダイナミックに」などと細かいことも伝えてくれたので振り付けもしやすかったですね。
もし向こうの意見ばかりだったり、わたしの意見に対するフィードバックがなかったら自信をなくしていたと思います。初めてのことだったので、周りのスタッフには本当に助けられました。カメラや音声などいろんな仕事の人たちがいて成り立っているんだな、とつくづく思いましたね。
― ご自身の振り付けを評価するといかがでしたか?
飯島:実はいざ現場で踊ろうとしたらプランしていたことがほとんど飛んじゃったんです。ロケーションやシチュエーションによって勝手が違い過ぎて、結果的にほぼ即興になりました。即興はそんなに経験がなかったので、完成を見るまで少し怖い部分もあります。でもコンテンポラリーバレエには正解がないのかもしれませんし、踊りがどうというよりも観ている人に伝わればいいと思っているので、わからなくても何か感じてもらえれば嬉しいですね。
クラシックバレエは、物語もポジションも衣装も決まっているからこうあるべきというのがわかりやすいし、踊っている側もこうしなきゃいけないというのがありますが、コンテポラリーは振り付けの人によってそれぞれ。「自由」にという人もいれば「言われた通りに動いて」というのもある。でもそこに正解はなくてコンセプトも決まっていない作品もあって、それが面白いんです。振り付けがわからなくても、観ているお客さんがどう感じるかが大切なんですよね。
― 双子の小学生ダンサーが登場しますが、当初の予定は1人でした。望未さんとローラさんが彼らをとても気に入ってキャストを決めたとか?
飯島:オーディションでは、技術がまだ未熟な子やシャイで踊れない子などたくさんいました。その中であの双子ちゃんたちは「私の真似をして」というと必死でついてきてくれたんです。踊るのが好きでバレエが好きというのが溢れ出ていて、全員一致でこの子たちにしようと決まりました。
バレエで子役と共演することも多いですけれど、指導は初めてです。さらに今回は振り付けとバレエの指導を同時に行ったので大変さを感じましたね。子どもってとにかく話をきかないし、やめてっていうまで双子で同じ動きをしているんですから(笑)。とてもいい経験になりました。
― クラブのシーンが出てきますが、望未さんはクラブで踊ったりしますか?
飯島:テクノが好きで普段もよく行きます。今回の撮影で訪れたのは初めて行くクラブでしたが、友人を呼んでの撮影だったので楽しかったです。海外のバレエダンサーはよくクラブに行くのでヒューストンにいた頃は、ゲイの子たちとゲイクラブによく行って踊っていましたね。女性でも安全ですし、みんなクレイジーだから楽しいんです。
ザ・アメリカといったカルチャーのヒューストンはトランプ大統領の支持者が多いので、差別が多いという意見もありますが、私にとっては第二の故郷ですから、戻るのがとても楽しみです。
クラシックバレエからコンテンポラリーダンスへ
― クラシックバレエから、コンテンポラリーダンスへ。表現の幅を広げることに対するご自身の気持ち、今後の目標について教えてください。飯島:ヒューストン・バレエは実は結構レパートリーが多く、コンテンポラリーやモダンなど今までも色々踊らせてもらっていたのですが、より広げたいと思ってチューリッヒに行ったんです。幅広いけれども有名な演目しか公演しないアメリカに対して、ヨーロッパのカンパニーは振付家の作品や新しくオリジナル作品を創作することが多いんです。
チューリッヒ・バレエではクラシックの公演は1シーズンに1回程度で、あとはほとんどコンテンポラリー。それでもヒューストンに戻ると決めたのは、チューリッヒのカンパニーの監督にとって私はクラシックバレエダンサーだからです。
彼の目には、コンテポラリーを頑張って真似して踊っているように映ったのでしょう。私は自分なりにヒューストンで経験を積み、挑戦もしてきたけれど、それではまだまだダメなんだなと痛感しました。踊らないと成長はないですし、私はクラシックバレエダンサーじゃなくてマルチなダンサーになりたいから踊らせてほしいと懇願してみたのですが、あまり役をもらえなかったんですよね。
カンパニーの方針もあるだろうから頑張ってみようと思いとどまったんですが、この状況はずっと続く気がしましたし、「あなたはクラシック」とボックスに入れられたと感じました。それであればなぜ私をとってくれたんだろうとも思いましたが、バレエ界はそういう矛盾もたくさんありますし、きっとどの世界もそうだと思います。
ショーに出演させてもらえないなら難しいと思い退団を決意しました。ヒューストン・バレエにはコンテンポラリーもクラシックも両方踊れる方が多く、ダンサーのレベルも高いんです。一度私から退団を決めたのにもかかわらず戻れることは光栄ではありますが、今まで以上のものを見せないといけないというプレッシャーはあります。最近のヒューストンでは、コアなコンテンポラリーも取り入れていますし、ダンサーも振り付けやワークショップなども数多く行っているので色々と挑戦していきたいと思います。
― 望未さんにとってクラシックとコンテンポラリーダンスのそれぞれの魅力は?
飯島:クラシックバレエは大好きなんです。まったく違う人物や白鳥にだってなれる。ドラマチックな物語が多いので、観ている人も映画のように楽しめるのも魅力のひとつだと思います。
クラシックは日々練習を積み重ねて基礎や技術、経歴が伴わないと踊れないのも魅力です。対して、コンテンポラリーやモダンは技術よりもセンスが生きる場合もあります。
コンテンポラリーの魅力はとにかくその自由さ。ディレクターの世界観がはっきり作品に出るのが面白いんです。クラシックに比べて比較的リラックスして踊っている気がしますね。
― 女性アーティストとしてご自身の役割をどのように考えますか?
飯島:女性だから、ということはあまり考えません。女性が強くなっていると言われていますが、正直言ってまだまだ全然、とも思っています。「女性初」という枕詞は歴史的で素晴らしいことかもしれないけれど、どこか差別に聞こえてしまう。
ただ、女性のほうが自己アピールする力が弱いのか、男性よりも良いものを作っていても焦点を当てられないことが多いですよね。私の母親は4人、祖母は3人の子どもを必死に育て、守ってきた。それをみているから、私も強い母になりたいですし、女性がもっと暮らしやすくなる環境ができるといいなと思います。
男女平等である、というのは必ずしも同じことができることではなく、役割を尊重することでもあるとも思います。男性の活躍が目立つ中、女性のクリエイターの活躍は脚光を浴びるし、だからこそ価値があるのかもしれない。男女平等になると女性が貴重じゃなくなるのかもしれない。そう思うと、それはそれでラッキーなことなのかも知れないですね。
飯島望未とってダンスとは?日本のダンサーの環境を変えるために
― ダンスをするにあたり、五感で最も大切にしているのは?飯島:音感ですね。私、昔から音楽性だけは必ず褒められるんです。間を開けてアクセントをとるとか、音に遊びを取り入れるのが好きなんです。美しかったとしても音楽と遊んでない人の踊りは退屈だと感じてしまいます。
実は、私の兄がブレイクダンサーで、彼らのハウスダンスなどいろいろなステップをよく見ていました。ハウスダンスは足のステップが巧妙ですし、彼らは音楽の取り方がうまくてカッコイイんです。アクセントの使い方などバレエでもできることは挑戦してきました。この感覚は兄のおかげですね。
― 今回の舞台は東京でしたが、海外の他の都市と比べたときの東京の魅力は?
飯島:東京の街は特別ですよね。夜渋谷のスクランブル交差点をわたるときは毎回ワクワクします。表面的な明るさに反して、暗く包まれた人々がうごめいているような、明るさと闇が混在している街。そんなダークな側面を持っている東京に惹かれます。
― 地元大阪から15歳で渡米したときの街の感覚を覚えていますか?
飯島:私ホームシックになったことがなくて。一日中バレエができる素晴らしい環境だとしか思わなかったんです。言葉の壁や文化の壁もありましたけれど、楽しみしかなかったですね。
バレエの中では、日本人がアメリカ人の中にポツンといて、どう思われているんだろうとは思っていましたし、自分の実力が全然見えなかったというのはありました。15歳で渡米した当時、英語がわからなくて役を降ろされたりしたこともあったんですが、その後、腕を組んで立ち去る私を見て、度胸があると監督に思われたようです。私はまったく覚えてないんですけどね。
― 当時に比べて、バレエやダンスそのものに対する考え方の変化を聞かせてください。
飯島:私はとにかく踊るのが大好きで、家に帰っても音楽をかけて毎日ずっと踊っていたほどです。踊りが大好きなことは今も変わらないんですが、以前よりもバレエに対する執着がなくなっていて、正直いつ辞めてもいいと思っているんです。なぜなら、踊りそのものが好きだから。バレエダンサーというのは特殊で、ストイックでないとやっていけいない職業。私は好きなものや興味が多すぎて、それが性格上無理なのかもしれない。
だから今後は日本のダンサーの環境を変えるために動きたいと思っています。海外に行ったことで、日本のバレエ界の現状に気がついたんですよね。日本には素晴らしいカンパニーがたくさんあるのに、いいダンサーはみんな海外に行ってしまう。なぜなら日本のダンサーは歩合制だったり、スポンサーがつきづらかったり、パフォーマンスする期間が短かったりと、色々なことが原因でバレエダンサーにとってあまり好ましくない状況になっているんです。小さな頃からコツコツと積み上げてきたものをいつ発揮できるのかわからないような悲しい環境の改善に今後は情熱を注いでいきたい。日本のバレエ界を見直す架け橋になれたらいいなと思っています。
日本人のダンサーは世界的に見てもレベルが高いし、日本人は何でもできるから海外では大切にされます。対して日本にいると、日本人であることがどれだけ素晴らしいのか気づかずにコンプレックスをかかえるほうが多い。かくいう私も渡米前はそうでしたが、今は日本人でよかったと思います。海外で私はポケットサイズダンサーと呼ばれるんですが、実際に会うと思ったより小さいねともよく言われます。この華奢さって舞台で見ると奇妙で独特な雰囲気・美しさがあるんですよね。
― 望未さんを一言で表すと?
飯島:モーリス・ベジャールという振付家の「伝統あってこそのモダン」という言葉が大好きです。クラシックがあるからこそ、崩すことができる。私はクラシックバレエが好きだし、そこから進化していくコンテンポラリーが好きなんです。伝統はどんなことにも共通してあるもの。正統を知ることで革新が生まれる、そう思っています。
― ありがとうございました。
(modelpress編集部)[PR]提供元:i-D
※本内容はVice Media Japanのインタビュー記事をもとに作成しております