中目黒『nou』は看板のない隠れ家フレンチ!プレハブ小屋の奥に、洗練されたビストロ空間が広がっていた
2020.10.14 18:00
2020年7月、中目黒と池尻大橋の中間にオープンした看板のない料理店
秘密めいたこと、謎めいたことに心惹かれるのは人間の性だろうか。中目黒駅と池尻大橋駅のちょうど中間ほど、大通りから一本路地を入った場所にぼんやりと明かりが灯るプレハブが見える。看板もないその店は外から見ると、オフィスなのか店舗なのかもわからない。
好奇心にかられ階段を上ると、扉の前に『nou』という店名が掲げられている。
勇気を出して扉を開けた人だけが、この秘密基地の全貌を知ることができるというのだから心憎い造りだ。
目に飛び込んでくるのは、100年以上の樹齢を誇る大木から作られた一枚板のダイニングテーブルとオープンキッチン。そして屈託のない笑顔と料理、お酒で来る人の心を穏やかにほぐす二人の青年だ。
二人は同郷で大学時代からの友人。先輩後輩という関係性ながら、卒業後も一時期アパートの一室に一緒に暮らし、「自分たちのセンスを固めたお店をやりたい」という夢とともに苦楽を共にした仲だ。そんな夢を現実のものとしたのがこちらのお店。
宮地大介さん(写真上・左)は地元千葉での居酒屋アルバイトから飲食の道に入り、『ミシュランガイド東京』でビブグルマンに掲載されことがある神泉の『ぽつらぽつら』をはじめ、系列店の『うつらうつら』などで6年ほど料理長や店長などの経験を積む。
板垣亮さん(同・右)はアパレル企業で接客やPR、マーケティングを学んだのち、現在もう一店舗バルを経営しながら2店舗目を出店。それが学生時代から夢を語り合った宮地さんとの店『nou』だ。
野菜をテーマにしたジャンルレスで丁寧な仕立てのコースが4,500円〜
料理のテーマは野菜。店名を『nou』と名付けたのも農家や農業に敬意を払い、また四季折々の味わいを“脳”で感じてほしいという想いを込めてだ。二人の出身地でもある千葉県の有機野菜をメインに据え、和食やフレンチ、イタリアン、中華や日本の郷土料理などジャンルレスな料理を日替わりで提供している。
唯一定番メニューとして提供している『nou』の水餃子
コースは4品4,500円、8〜10品のフルコースが6,500円でおまかせのみ。オープンしてから2カ月あまりだが定番メニューとしてコースで出しているのはこの「水餃子」(写真上)だけだ。水餃子の中には、国内で唯一、ホロホロ鶏の飼育・加工から販売まで一貫して手掛けている岩手県『石黒農場』のホロホロ鶏をミンチにしたものと、1週間ほど発酵させたタマネギ、香りの良いキクラゲ、食感も楽しめるようにともち米が入っている。プルップルの生地をひと口頬張ると、ホロホロ鶏や発酵タマネギのうまみが噛むほどにじんわり広がる。
スープはホロホロ鶏のガラと香味野菜を二日ほど煮込んでこした白湯(パイタン)スープ。真っ黒になるまで低温でじっくりローストして攪拌した自家製マー油が視覚と嗅覚を楽しませてくれる仕掛けだ。
白湯スープに浮かぶツヤツヤの水餃子に、水玉模様のマー油がなんともアイコニック。
「料理にこだわっているからこそ、それを引き立てる器なども日本のいいものを選びました」(板垣さん)というように、水餃子だけでなく使う器すべて丁寧に厳選されたものだ。
ちなみにこの水餃子、コースメニューには「ホロホロ鶏と発酵野菜」としか記されていない。メニュー表には、食材しか記載しないのが『nou』流。「音楽アーティストのアルバムに記載された曲名のように、キーワードから想像力を膨らませてもらいたい」という想いが込められている。
和食や中華、フレンチまで多種多様! 二人の地元・千葉県産食材を使った創作料理
すべての料理に共通しているのが千葉県産をはじめとした有機野菜を使っていること。ある日のコース料理で提供された「クエの酒蒸し」(写真上)には、千葉県東金市にある『みろく農園』の空芯菜とトマト、黒米を使っている。クエをはじめとした魚介は宮地さんが前職時代の先輩に紹介してもらった、豊洲の仲買人から仕入れたもの。毎朝宮地さんが仲買人と連絡を取り合い仕入れた魚介は、質の良さと鮮度の良さでお客さんからの評判も高い。
そんな質の良いクエを酒蒸しにし、空芯菜やトマトをバターで炒めクエのだしで炊いた黒米を合わせている。
「酒も米、黒米も米なので合うんですよ」(宮地さん)というように、芳醇な酒の香りとうまみをまとったクエにオリエンタルな黒米がよく合う。苦味と酸味、食感の良い空芯菜がまたアクセントになっていて味に奥行きが出ている。
中華な趣の料理もあれば、和洋折衷な料理も登場するのが『nou』。
この日のコースで登場したこちらの「天ぷら」(写真上)は、ウニ、毛蟹、キャビアなどの海鮮をタルタルのようにしてから大葉で巻いた一品。さらに、一般的な湯葉よりかためな食感の「たぐり湯葉」を巻いて揚げることで、サクサクの衣をまとった湯葉の中から、レアな状態の濃厚な海の幸があふれ出る。
素材の味を生かし、味付けはほとんどしておらず、添えてある塩とニラの花を好みでかけていただく。可憐な見た目の花からは、ほんのり鼻腔をくすぐるニラの香りがして面白い。
出逢えたら幸運!餌罠で捕獲したクセのない上質なジビエ料理
『nou』ではなるべくメイン料理に日本のジビエを使うようにしている。この日のコースで提供された「千葉県産イノシシのハンバーグ、クレピネット包み」(写真上)もその一つだ。クレピネット(豚の網脂)で包まれたイノシシのハンバーグの中には肝やレバー、プリプリの脂身が入っている。
ジビエは宮地さんが最初に働いていた居酒屋時代の同僚に教えてもらったという『房総いのかジビエセンター』から仕入れており「銃ではなく餌を使って罠にかける手法で捕まえているので傷がなく、肉へも血が回りにくいのが特徴です。解体の現場も見学しに行ったのですが、捕まえてから大体1時間以内に捌くので臭みがない。なるべく冷凍物ではなく、血抜きして二日ほど熟成したものを提供してもらうので、タイミングが合う時しかお出しできないんです」というように、出逢えたら嬉しいレアものだ。
修業していた『ぽつらぽつら』の米山有シェフがフレンチ出身だったということもあり、スープやだしの作りが丁寧なのも宮地シェフの強み。イノシシのハンバーグに添えるソースは、タマネギやマッシュルームを攪拌して長時間弱火で火入れしたデュクセルソース。これに加え、同じくタマネギやマッシュルームを攪拌して弱火で火入れしたのち、オーブンで乾燥させてさらに粉状にしたマッシュルームパウダーを添える。
ソースとパウダーと形状を変えることで、キノコの香りの広がりやコク深い味わいがより力強くなり、イチジクとともにイノシシのうまみを引き立ててくれる。
日替わりの自家製パンは、酵母から手作り
コースでは板垣さんが作る自家製パンも提供される。内容は日替わりで、イチジクとクルミ、トリュフと胡椒などさまざまだが、この日は人気のレーズンパン(写真上)。レーズン酵母から二日かけて自家製で仕込み、北海道産小麦の「キタノカオリ」やライ麦を使い焼き上げている。外はガリっと香ばしい食感だが、高加水パンのため中はモッチモチ。優しい甘さと酸味が心地よく、そのままでもおいしく、料理にもよく合う。そのおいしさから、パンのみ持ち帰りを申し出る常連客も少なくない。
自然派ワインをはじめ、日本酒、焼酎、サワーなんでもござれ
ドリンクは板垣さんがセレクト。「その時の気分で選んでほしい」という想いから、常時100種類以上自然派ワインを揃えるほか、ビール、日本ウィスキーや焼酎、自家製シロップを使ったサワーなども豊富に揃う。またお酒のチェイサーとして供されるのはお水ではなく、板垣さんブレンドの自家製ハーブティー。
「普通のお水だと面白くないので、野菜を使った料理に合うようなハーブティーにしてみました」(板垣さん)
千葉県産のレモングラスにその日によってカモミールやラベンダーなど色々なハーブをブレンドして煮出し、冷やして提供してくれる。透明な急須やグラスを置く蓮のコースターもいちいち素敵だ。
「カウンターの木材屋や工務店、照明は知り合い、ドライフラワーはフラワーアーティストである僕の妹、名刺などのデザインはアパレル時代のグラフィックデザイナーというように、友人や知り合いの力を借りて作り上げました」(板垣さん)と二人のこだわりが空間にも料理にも詰まっている。
気さくな接客で楽しそうにコミュニケーションを取り合う二人を前にすると、こちらもだんだんと心がほぐれていく。おそらくお店を一緒に作り上げた仲間や先輩たちも、彼らの良い意味での“人たらし”な人柄に惹かれてしまったのだろう。
「自分たちが思う最高の店は、いい料理やお酒を出すだけでなく、フランクな話が飛び交って笑顔溢れる楽しいレストラン。新型コロナウィルス感染拡大で人間離れした世の中になってしまったからこそ、より一層人間味のあるお店にしていきたいと思うようになりました」(板垣さん)
丁寧で上質な料理だけでなく、リラックスした雰囲気と心持ちになれる場でこそおいしい時間が過ごせるというもの。無機質なプレハブの扉の向こうには、人間の温かさが灯る食の秘密基地が広がっていた。
【メニュー】
▼コース
・季節のコース 4品一人4,500円、フルコース6,500円〜
▼ドリンク
・グラスワイン 800円〜
・ボトルワイン 5,000円〜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。また、価格はすべて税別です
撮影:小野千明
(ハーブティーの写真のみ店舗提供)
nou
〒153-0043 東京都目黒区東山1-9-11 2F03-6303-0034
https://r.gnavi.co.jp/h2w3w9br0000/
この記事の筆者:中森りほ(ライター)
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