常連客に凄まれる新人から目を逸らした俺が、それでも口を開いた理由
長く通ってくれた客だった
駅前で小さな焼き鳥屋を始めてから、長い年月がたちます。
あの人は開店した頃からの客でした。店を畳もうか迷った時期にも変わらず顔を出してくれて、そのことには今でも感謝しています。
ただ、店に慣れてくるにつれ、少しずつ要求が増えていました。
注文を急かしたり、混んでいても自分の好きな席へ座ろうとしたりすることがあります。気になってはいました。
それでも俺は、そのたびに大きな問題にはせず流してきました。
昔からの客だから。店を支えてくれた人だから。
そう考えることで、自分が注意できない理由を作っていたのだと思います。
新人に向けられた言葉
その日、あの人がいつも座るカウンターの奥には、すでに別のお客さんがいました。
新人は空いている端の席へ案内しました。
「すみません。今日はこちらのお席にご案内しています」
すると、「いつもの席だろうが」という声が聞こえました。
俺は焼き台の火加減を見るふりをしました。
新人がもう一度説明しようとしたところで、「席替われよ」と聞こえました。
先に座っている客を動かせということです。新人は「申し訳ありません」と頭を下げました。
それでも相手は、「だから替わってもらえばいいだろ」と続けます。
俺はすぐに止めませんでした。注意すれば、あの人はもう来なくなるかもしれない。そう考えていたからです。
結局その瞬間まで、俺は新人を守ることより、昔からの客との関係を壊さないことを優先していました。
それでも口を開いた理由
新人が頭を下げたまま、次の言葉を探しているのを見て、ようやく考えました。
ここで俺まで黙っていたら、この店では常連客の言うことが優先されると、新人にも、今座っているお客さんにも伝えることになる。
それは違う。俺は串を置きました。
「席は、うちが決めます」あの人がこちらを見ました。
「先に座ってるお客さんを動かすことはしません」言えたのは、それだけです。
常連客はしばらく黙ったあと、端の席へ座りました。
「……いつもの」
「はいよ」俺もそれ以上は何も言わず、注文された串を焼き始めました。
新人が困る前に止めるべきだった。もっと前に、あの人の振る舞いへ線を引くこともできた。そのことは、閉店後まで頭に残っていました。
そして...
閉店後、厚紙に、
「お席はスタッフがご案内します」
と書いて、カウンターから見える位置へ置きました。
新人には、
「困ったら、客を動かす前に俺を呼べ」
と伝えました。
あの常連客は、それからも店に来ています。
奥の席が空いている日はそこへ案内します。空いていなければ、別の席へ座ってもらいます。
昔から来てくれていることへの感謝と、何をしても許すことは別でした。
俺は相変わらず口数の多い店主ではありません。それでも、店で誰かが無理を言われているときに黙らないことだけは、自分の仕事だと思うようになりました。
(50代男性・飲食店経営)
本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。
(ハウコレ編集部)
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