昇進祝いを楽しみにしていた私に、父が渡したのは角の擦り切れた名刺入れでした
母から聞いていた話
主任への昇進が決まり、私は久しぶりに実家へ帰りました。帰る前の電話で母が「お父さん、デパートに行ってたわよ」と教えてくれていたので、正直なところ、少し期待していたのです。父は口数の少ない人で、私の進学にも就職にも「そうか」としか言わなかった人でした。その父が売り場に立っている姿を想像すると、夕食の席に着いてからも、つい紙袋を探してしまいました。
使い込まれた革
食器を下げ終えた頃、父が席を立ち、戻ってきて名刺入れをテーブルに置きました。「使うか、これ」。差し出されたのは、見覚えのある黒い革でした。父が長年スーツの内側に入れていたものです。角は白く擦り切れ、金具には細かい傷が並んでいました。「……ありがとう。使う」。そう答えながら、頭の中では別の言葉が回っていました。デパートまで行って、どうして新品ではなく自分のお古なのか。帰りの電車で、膝の上の名刺入れを何度も裏返しました。
内側に残っていた紙
持ち帰って自分の名刺を移そうと内側のポケットに指を入れると、奥に1枚だけ紙が残っていました。名刺かと思って引き出すと、クレヨンで描かれた似顔絵でした。大きな眼鏡の、たぶん父の顔。名刺と同じ大きさに切ってあり、4つの角がどれも丸くなっていました。描いた記憶はありませんが、左下のひらがなの署名は、間違いなく子どもの頃の私の字でした。絵を机に置いたまま、私は父に電話をかけました。「名刺入れの中に、紙が入ったままだったよ」。父の返事は短いものでした。「ああ。返さなくていい」。それきり、母に代わってしまいました。
そして...
新しい部署での初めての名刺交換の日、私はあの名刺入れを持って出ました。自分の名刺の一番奥に、あの紙はそのまま入っています。父がどんな気持ちで革を磨いていたのか、本人の口から聞ける日は来ない気がします。それでも、名刺を差し出す手が定まらなくなるたび、角の丸くなった紙のことを思い出すのです。
(20代女性・営業職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
関連記事
「コラム」カテゴリーの最新記事
-
「悔しくないわけがないだろ」と言い張った俺は、息子の話を最後まで聞いていませんでしたハウコレ -
妻から【丁寧にラッピングされた離婚届】を渡された…?⇒真意に気づき…息が止まりそうなほどゾッとした話愛カツ -
緊急搬送された妻の病室で土下座する医師!?直後⇒【ガラッ】遅れて駆けつけた夫が「え…?」立ち尽くしたワケ愛カツ -
仕事を言い訳に浮気相手と“密会”する夫。しかし⇒「ルームサービスです」訪ねてきた【まさかの人物】に…「お、お前!」愛カツ -
【星座別】「爪の先まで手を抜かない」自分磨きが丁寧な女性ランキング<第1位〜第3位>ハウコレ -
【星座×血液型別】朝のニュースを一言で要約できる♡頭の回転が速い女性ランキング<第1位〜第3位>ハウコレ -
【誕生月別】秋までに、恋の悩みが解消する女性ランキング<第1位~第3位>ハウコレ -
一緒に暮らし始めてから減った"触れ合い"、放置してない?同棲カップルのボディタッチ事情のリアルハウコレ -
「リレー、出ないんだ」息子がそう言ってから、夫は登校前の公園で走らせ始めましたハウコレ