「ワレモノ」の箱を滑らせた作業員、空き箱の底で知った理由
食器だけは自分で包んだ
結婚してはじめての引っ越しでした。夫は仕事で立ち会えず、当日は私1人で業者を迎えました。来てくれた作業員は2人で、年配の方が指示を出し、若いほうの作業員が運ぶ役でした。食器の箱だけは業者の資材を使わず、私が数日かけて1枚ずつ紙に包んだものでした。祖母から譲られた皿が入っていたからです。玄関から運び出される荷物を見ているうちに、気になりはじめたのは作業員の速さでした。箱を2つ重ねて抱え、廊下を早足で何度も往復していきました。
その箱の番が来たとき
食器の箱の番が来たとき、作業員は床から離さず雑に奥まで押すように滑らせて、壁際に寄せたのです。中身は全部食器でした。私は荷台の下から声をかけました。「ワレモノって書いてあるんですけど」。作業員は手前まで戻ってきて、「すみません」とだけ言い、軽く頭を下げました。理由の説明はありませんでした。そのまま次の荷物を取りに、私の横を通り過ぎていきました。訴えたいことの半分も伝わっていない気がして、私は残りの積み込みを、腕を組んだまま見ていました。
最後まで解けなかった警戒
新居での搬入は、拍子抜けするほど順調でした。作業員はあの箱を両手で水平に持ち、歩幅を狭めて廊下を進み、台所の床に音を立てずに置きました。見られているからそうしているのだろうと、私はまだ思っていました。全部の荷物が運び込まれ、確認書にサインをして、2人を見送りました。若いほうの作業員は去り際にもう一度深く頭を下げましたが、私は短くお礼を言っただけでした。
そして...
荷ほどきは数日後になりました。祖母の皿は、1枚も欠けていませんでした。ほっとして空の箱をたたもうと裏返したとき、底に目が留まりました。私が貼ったテープの上から、幅の広い布テープが、十字に貼り足されていたのです。あの日の荷台が頭に浮かびました。持ち上げなかったのは、持ち上げられなかったからかもしれません。中身はあれだけ包んだのに、底に貼った私のテープは、細い1本きりでした。新居の引き出しには、あの十字と同じ幅の布テープを1本、買い足して入れてあります。
(30代女性・事務職)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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